見出し画像

リーダーを孤独にしない意思決定…ビジネスハウツー満載の異色ファンタジーノベル #5 異世界コンサル株式会社

突然、異世界に転移した経営コンサルタントのケンジ。チートもなく、魔術も使えないケンジは、所属していたパーティーをクビになってしまう。やむなく「冒険者サポート業」への転職を決意したケンジは、現世での経験を活かし、まわりのパーティーの問題を次々と解決。頭角を現していくが……。

ウェブ小説投稿サイト「小説家になろう」で、部門別ランキング第1位に輝いた異色のビジネス・ファンタジーノベル、『異世界コンサル株式会社』。楽しく読めて、しかもためになる。そんな本書から、冒頭部分をお楽しみください。

*  *  *

リーダーであるキンバリーの説明義務


「それで、一体なにがあったんだ?」
 
治療が一段落したのを見計らって、日頃の相談と同じように尋ねると、魔術師のジンジャーが説明役を買って出た。

「キンバリーが、俺達も中堅冒険者になったのだから上の依頼を選ぼう、と言い出したんです。知っての通り、僕達のパーティーは4人組で戦力も足りないですから、無理だ、とみんな反対したんです。そうしたら、戦える奴を連れてくるから、と言って人喰巨人討伐の経験があるという、2人の冒険者を連れてきたんです」
 
「それが、こっちの2人か」
 
俺が視線を向けると、2人組の冒険者は少し視線を逸らした。
 
「それで人喰巨人の討伐依頼を受けたんですが、ゴブリンを狩るのとはまるで勝手が違って……。俺の魔術は少しだけ効いたんですが、弓も剣もまるで歯が立たなくて」
 
それはそうだろう。俺も現役冒険者の時は、人喰巨人には手を出さなかった。
 
ゴブリンを狩るのと人喰巨人を相手にするのとでは、野犬を狩るのと熊を狩るぐらいの違いがある。そもそもの狩り方も違うし、必要とされる装備も違う。ゴブリンは巣に踏み込んで狩り立てるものだが、人喰巨人は罠を張って誘き出すのが基本だ。
 
ゴブリンを狩るのに必要な装備が剣や弓だとすれば、人喰巨人を狩るのに必要な装備は、槍、弩、斧である。“狩る”のではなく“闘う”ための装備が必要だ。
 
「そこの2人も、口先ばかりで役に立たなかったし。結局、食料の入った荷物を放り出して逃げてきました。依頼は失敗したし、大損害です」
 
ジンジャーは、憤懣遣る方無い様子で、話を締めくくった。
 
「さて、リーダーの話も、聞いてみようか」
 
俺は先ほどから俯いているキンバリーに水を向けた。
 
このパーティーは初めて大きな依頼に失敗し、動揺している。放っておけば、キンバリーを糾弾するだけの不毛な論争になるだろう。行き着く先は、パーティーの解散だ。それは避けたい。
 
「お、俺は、そうするのがいい、と思ったから受けたんだ。冒険者になってゴブリンだって倒せるようになった。装備だって良くなってきた。だけど、このままずっと、ゴブリンを退治して暮らすのは嫌だと思ったんだ」
 
そう言うと顔を上げて、一人ひとりの顔を覗き込むようにして訴えた。
 
「依頼を請けて、すぐにゴブリンを倒せればいいさ。村の人達も歓迎してくれる。だけど何日も巣が見つからなかったり、ゴブリンが襲ってこなかったりすると、途端に手のひらを返して無駄飯食らい扱いさ。あげくに、別の冒険者に任せるんだった、とか言いやがる!
 
俺達が、こんな扱いを受けるのは弱いからだ。有名じゃないからだ。だから、一日も早く有名な冒険者になりたかったんだ」
 
キンバリーの想いを聞いて、残りのメンバー達の表情には迷いが見えた。
 
駆け出し冒険者の暮らしは辛い。自分達の実力に自信が出てくれば、そこから一刻も早く抜け出したい、と思うのは当然のことだ。
 
「失敗は誰にでもある。どんな一流のクランでも、失敗しないことはない。だが、失敗してパーティーがこうなった責任は、キンバリーにある」
 
「俺に?」
 
「そう。リーダーとして、パーティーの意思決定をするにあたり、キンバリーには説明義務があった。なぜ、人喰巨人討伐の依頼を受けようと考えたのか。なぜ、外部から人を入れて戦力を補おうと思ったのか。なぜ、その戦力で討伐できると思ったのか。他に戦い方はなかったのか」
 
キンバリーは唇を嚙み締めて聞いている。
 
「パーティーはお互いの命を預けるんだ。命を懸けるからには、納得したい。失敗する可能性があるからこそ、理由の説明が必要なんだ」
 
俺のありがたい話を聞いて、キンバリー達は、なんとなく納得した雰囲気になっている。だが、ここで話を終えてしまえば、俺はただの説教をして満足する先生になってしまう。
 
コンサルタントは、お説教をしてありがたがられる先生になってはいけない。現場に下りて、具体的な解決策を示すから、問題解決をして飯を食っていけるのだ。
 
気分を変えるため、俺は両手を叩いてみせる。
 
「というわけで、依頼を請ける際の意思決定のやり方を変えよう」

役割を分担してリスクを下げる


「まず、弓兵のキンバリーは依頼を請けるか請けないか最終的に決定する役割」
 
「俺が?」キンバリーが戸惑っている。

「魔術師のジンジャーは、依頼に失敗する可能性を調べる役割」
 
「え、ちょっと待ってください」ジンジャーが慌てている。
 
「剣士のガランは、依頼を請ける競争相手の冒険者を調べる役割」
 
「な、なんだ?」ガランはついてこれていないようだ。
 
「罠師のゴラムは、依頼を金銭面で請けるか請けないか考える役割」
 
「お、おう……」ゴラムは、一応頷いた。
 
戸惑うキンバリー達に説明する。

「依頼を請けるかどうかの判断ってのは、難しいもんだ。依頼失敗のリスク、競争相手のパーティーの動向、持ち金と報酬のバランス、それを総合的に考えるのは、経験を積むか、動物的な勘に優れているか、すごく頭が良いかのどれかでなければならない」
 
「俺はそんなタマじゃない」
 
キンバリーは首を左右に振った。
 
「だから、役割を分担して助け合うんだ。そうすれば、自然と、いろいろな面から依頼を見ることができる。納得もできるし、依頼に失敗する確率も下がる。いいことずくめさ。依頼を請ける前からパーティーで協力したっていいじゃないか。そうだろう?」
 
俺が笑顔で言い終えると、キンバリー達は狐につままれたように、ぽかんとしていた。
 
「俺を降ろすって話じゃないのか」キンバリーは言った。
 
「そんなことしても無益だろうよ。客観的に見て、このパーティーではキンバリー以外にリーダーは務まらない」
 
サラもキンバリーを擁護する。
 
「あたしも、キンバリーがいいと思う! ずっとパーティーのこと考えて、悩んで、頑張ってたのを見てたもの」
 
キンバリーの目に、少し光が戻ったように見える。
 
「完璧なリーダーなんていない。だけど、凡人でも力を合わせれば、マシな意思決定はできる。みんなでリーダーに足りない部分を補完するんだ。心配なことを調べたり、よそのパーティーの動向を聞いたり、お金の計算をしてキンバリーにアドバイスをするんだ。キンバリーは、それを受けて依頼を請ける理由を説明し、全員に納得させる責任がある。そういうリーダーを目指さないか?」
 
まあ、話だけじゃわからんよな。実践あるのみだ。

討伐依頼の選び方


「じゃあ、一緒に依頼を選んでみるか」
 
そう言って、ギルドから持ってきた人喰巨人討伐の依頼が書かれた羊皮紙を取り出す。
 
「お、おい……」キンバリーはうろたえた。
 
「実際に請けたりはしないさ。これで依頼を選ぶ練習をするんだ。しばらくは聞くだけで黙っててくれ」
 
キンバリーが1歩下がったのを確認し、メンバーとやり取りを始める。
 
「ジンジャー、人喰巨人討伐の依頼だけど、どんなリスクがある?」
 
「そうだね。まず火力が不足してる。奴らの皮膚は固いし頑丈さは相当なものだ。武器も斧や槍なんかの、攻撃力が高いものか、遠くから仕留められる装備に変えないとね。それから、奴らに関する知識が不足してる。頑丈だとは聞いてたけど、剣が立たないほど頑丈だとは思わなかった。それから人数が不足してる。あいつとやり合うには、俺達の腕なら10人近くが必要になると思う」
 
「ガラン、人喰巨人討伐の依頼を請けるのは、どんなパーティーだ」
 
「あ、あんまり他所のパーティーについては詳しくねえ。それに、どうやって調べたらいいんだ?」
 
「まずは受付で聞いてみるといい。他に依頼を請けてる奴らはいないか? とか。あるいは、この依頼はいつから貼り出されてるものか? とかな。他に請ける奴がいなかったり、ずっと貼り出されてる依頼には裏があるもんだ。酒場で奢るなりして、周囲から話を聞くようにするんだ」
 
「わ、わかった」
 
「ゴラムは、数字が読めるか? 今回の依頼料は幾らだった?」
 
「銀貨5枚だった」

「それで、今回の損害は?」
 
「まだ計算してねえからわかんねえけど、依頼失敗の損害を除いても銀貨13枚か、もっとかかるかも」
 
「どの費用が大きかったんだ?」
 
「多分、鎧の修理が一番かかる。金具や革具を直して銀貨6枚はいくかも」
 
「そのあたりは、以前教えた通りに原状回復費用をみんなで出せるな」
 
俺がそう言うと、ゴラムは頷いた。
 
それを見届けて、キンバリーに向き直る。
 
「さて、キンバリー。この依頼を請けるか?」
 
「……今ならわかる。この依頼は割に合わない。リスクが高過ぎるし、依頼の裏も怪しい。金額も低い」
 
「そうだな。みんなは、キンバリーの判断を支持するか?」
 
一斉に頷く。
 
「次回からは、こうやって依頼を決めるんだ。そうしたら、大失敗することはないだろうし、悔いも残らない。そうだろ?」

この節のまとめ

リーダーを孤独にしない意思決定

経営者というリーダーは孤独なものです。成功するか失敗するかは、その双肩にかかっています。
 
自分が経営者やリーダーという立場になったら、孤独にならないための仕組みを整備し大いに人の力を借りましょう。良い結果を導くために他人の力を借りることは恥ではありません。立派な経営者の仕事です。
 
責任や権限を分担し、情報やリスクを共有することで精度の高い意思決定ができるようになります。

◇  ◇  ◇

連載はこちら↓
異世界コンサル株式会社


紙書籍はこちらから

電子書籍はこちらから

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!