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「言葉の力」を信じる爆笑問題・太田光、祈りのような書き下ろしエンターテインメント 『笑って人類!』 #2

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画面が世界地図に変わる。

シルバードームの近くに新設されたホテルのスイートルームで大型テレビを見つめているのは、フロンティア合衆国(ステート)のロック・ホワイト大統領65歳と、側近達だった。ワイシャツ姿で赤のネクタイをゆるめたホワイトはテレビの向かいのソファーに深く腰を落としていたが、その姿勢でも上背があるのは充分わかった。曇りのない白髪をきっちり七三に分け後ろへ流している。年齢を感じさせない潑剌とした生気がみなぎっている。

両サイドのソファーにはそれぞれ、右に副大統領マシュー、国防長官ローレンス、左に国務長官ダイアナ、安全保障長官アンドリューが座っている。低いテーブルに置かれたグラスには氷とスコッチが入っていたが、誰も手をつけてはいなかった。彼らはテレビが伝える暴風雨やレポーターの絶叫とは裏腹に穏やかな静けさに包まれ、部屋にはリラックスしたムードと張り詰めた空気が拮抗し、微妙なバランスを保つ形で同時に存在していた。レポーターの演技過剰な声が響く。

「人類が誕生してから現在に到るまで、この星に争いが絶えることはありませんでした。大国間同士の戦争を経て、世界中に分散したテロリストと我々“安全な球連合(セーフテイーボウル)”との殲滅戦争は50年あまりの期間続いたのです!」

画面の世界地図が赤と黒に色分けされていく。赤く染められているのは“安全な球連合”と呼ばれる同盟に参加している国々である。大陸の大半は赤だが、所々に黒く塗られた塊がある。俗に“テロ国家共同体ティグロ”と呼ばれる組織同盟だ。黒い塊は世界中に点在している。元々は国家を解体されるか、あるいはそこから追放された思想も人種も違う人々が分散し、それぞれ武装した集まりに過ぎなかったものが、デジタル端末を通して繋がり、破壊という共通の目的のもと“ティグロ”という名を掲げ、自らが拒否したはずの共同体としてまとまりつつあるのは皮肉でもあった。

「この半世紀、幾つかの和平交渉は行われましたがことごとく失敗してきました」

地図上の各所に爆音とともにキノコ雲が上がるアニメーションが表示される。

「しかしここに二人の歴史的ヒーローが現れたのです!」

レポーターの声のトーンが一段と上がると画面が2分割され、二人の人物の写真が映る。右側はこのスイートルームの主その人であった。

「フロンティア合衆国ホワイト大統領と、テロ国家共同体ティグロ代表ブルタウ将軍です!」

ホワイトはスコッチのグラスに手を伸ばす。カランと氷の音。満面の笑みで手を振る自分自身の姿が映し出された画面を見つめる瞳は、空のように青かった。

「ヒーローらしく見えるか……?」

誰にともなく呟いた言葉に答えたのは国防長官のローレンスだ。「もちろん、申しぶんないです」目はテレビに向けたままだった。やけに白い肌に薄い眉、金髪の頭は両脇を残してかなり禿げ上がっている。ずんぐりとした猫背で上目遣い。

いや、少し偽善的だ。内心呟いたホワイトはスコッチを一気に空けるとテレビに目を戻し自分の左に映る写真の男を見つめた。軍服の胸にたくさんの勲章がある。顔は勇ましい灰色のヒゲに覆われ、眼光は鷹のように鋭い。左肩に乗せたオウムは男のトレードマークだ。まっ白で、冠羽だけが黄色い。目は小さな黒いビーズのようだ。

威風堂々としたその態度は自分よりもヒーローと呼ばれるのにふさわしく見える。

テレビレポーターが絶叫する。

「この二人の和平への努力により、今世紀中には不可能と言われていたホワイト大統領を始めとする安全な球連合代表9カ国首脳にティグロ代表ブルタウ将軍を加えた“9プラス1・マスターズ和平会議”が、ここ南海の孤島ハンプティダンプティ島で実現するのです!」

二人の写真の下からアニメーションの手が出てきて握手すると画面は再び世界地図に戻り、南の海にある小さな島が点滅し、クローズアップされる。南国特有の軽快なBGMが流れ、目が覚めるようなまっ青な海と白い砂浜が映し出される。

「ハンプティダンプティ島は本来の人口わずか500人あまりの小さな島。マスターズ会議開催が決まってからは観光収入目当ての入植者や各国建設事業者などが急激に増え、現在は50万もの人々がいるものの、海抜が低く、50年後には島の全てが海に沈むだろうと言われております。俗に“置き去りの島”と言われ、世界で唯一、安全な球連合にも、テロ国家共同体ティグロにも加盟しない完全に中立の自治国であります。海そのものを国家元首と定め他国への移住を拒否し、いずれ島とともに海に沈むことを選択した国民は、漁と農業により自給自足の生活をし、他国との交流はわずかな観光業を通してのみというまさに置き去りにされた島なのです」

ホワイトは画面を見つめたままスコッチをグラスに注いだ。ろくな資源もない、近い未来消滅することがわかっている小国に投資しようとする国はこれまでどこにもなかった。島民は必要最低限の文明以外拒否する姿勢をとった。どの大陸からもポツンと離れた場所に位置する小さな島は、世界中が通信で繋がった現代社会においても断絶されており、あらゆる意味で忘れ去られた孤島と言えた。

この島をマスターズの開催地にすることを条件に挙げたのはブルタウ将軍だった。現在発行されている地図の中では既に記載されていないものも多くある島を、人類の将来を決定する場として提案された時は、ホワイトを始めフロンティア合衆国首脳陣も戸惑った。しかし冷静に考えればどちらの連合、共同体の影響も受けず、情報を外部に漏らさず会議を成立させられる場所は世界で唯一この地域しか考えられず、これほど適切な場所は他にない。ホワイトはブルタウという男の底知れぬ抜け目のなさを思い知らされた気がした。

BGMがやむと画面は再び嵐の中で吹き飛ばされそうなレポーターに切り替わった。勢いを増した豪雨のせいで後ろのシルバードームはより霞がかり、不気味に光っていた。マスターズの為だけに造られた建物の建築に関わった技術者は、安全な球連合、ティグロ両者からそれぞれ等分に選出された。これもまたどちらかに有利に細工がなされないよう、お互いに監視し合える状況を作る為のブルタウからの提案だった。

ホワイトは再び空になったグラスにスコッチを注ごうとして、ふと後ろからの視線を感じ手を止める。振り返ると皆から少し離れた椅子にアン・アオイが座り自分を見つめていた。短くまとめた髪に大きな黒い瞳は東洋系ということもあり、少女のようにも見え、実際この中では33歳と一番若いスタッフだったが、真っ直ぐに人を見つめる目は彼女の意志の強さを表していた。彼女の卓越した頭脳から出されるアイデアはしばしばホワイトの予想を上回り、それが一部の反対を無視してアンを首席補佐官に任命した理由だった。ホワイトは娘のようなアンの、人懐こい瞳が好きだった。

ホワイトは少し笑って言った。

「わかってる、これを最後にするよ。だが今夜は前祝いだ。あと一杯ぐらいいいだろ。明日の会議には遅れないようにするよ」

周りから笑いが起きる。

「もちろんです大統領」とアン。

ホワイトは安心して一口飲み、テレビ画面に目を戻す。レポーターの絶叫は風の音をマイクが拾うせいで途切れ途切れになっている。

「ここでもう一度……マスターズ参加10カ国を確認しておきましょう! ……フロンティア合衆国、テロ国家共同体ティグロに加え……ユナイテッドグリーン! グレートキングス! コミュンネイション! レヴォルシア共和国! WE連邦! ロマーナ国! ジンミン大国! ……ええと……それから……ん? ……ええと……」

レポーターは言葉に詰まった。口にしたのは9カ国。あともう1カ国あるはずだ。今度は指を折りながらもう一度繰り返す。

「フロンティア合衆国、ティグロ、ユナイテッドグリーン、グレートキングス、コミュンネイション、レヴォルシア、WE連邦、ロマーナ、ジンミンと……ええと……」折れた指は9本。「……ええ……ここで一度、昨日到着した時のブルタウ将軍の様子をごらんください」

映し出されたのは黒い軍用機から登場したブルタウ将軍だった。報道陣に白い手袋をした手を振っている。肩に乗せたオウムは一瞬威嚇するように大きく翼を広げ、閉じた後はおとなしくなった。

マイクをオンの状態にしたままであることに全く気づいていないレポーターとスタッフの会話がテレビから聞こえる。

「おい、もう1カ国はどこだった?」

「もう1カ国? さっきので全部だろ?」

「いや、9プラス1でもう1カ国あったはずだ。どこだ? ……クソ! いつも出てこなくなる」

「いや、あれで全部だよ。他にはない」

「数が足んないんだよ! あと1カ国あるはずだ! ちゃんと確認しろ!」

「知らねえよ! あったら忘れるわけない!」

スイートルームの面々はテレビ局の失態に呆れながらも、視線はブルタウ将軍の笑顔に注がれていた。右の口角だけが上がり、笑顔というより歪んだ顔と言った方がしっくりくる。

「……いつ見ても嫌な顔だ。正直言って信用出来ないな」思わず呟いたホワイトの言葉に側近達が笑う。

「大統領……」

いさめるようなトーンで言ったのはアンだ。ホワイトは笑って右手を上げる。

「確かに今のは失言だ、アン。私だってここまできて今までの和平交渉を無駄にしたりしないさ。明日の会議は必ず成功させる、何が何でもな」

長い道のりだった。ブルタウを和平のテーブルへ引っ張り出すまで何度交渉し根回しをしたか知れない。人類は何十年もの間テロリズムという恐怖に打ち震えてきた。他の国々は9プラス1というホワイトの提案に懐疑的だった。硬化した姿勢を見せる各国のリーダーをなだめすかすように丁寧に説き伏せ、ようやくここまでたどり着いたのだ。マスターズはまさにチームホワイトの悲願だった。ホワイトが掲げた公約“テロリズムとの和解”が達成されれば、この惑星の歴史にホワイト大統領の偉業が残るのはもちろん、その名は人類史に存在する全ての偉人の頂点に刻まれることになるだろう。

ホワイトが立ち上がると側近達も皆立ち上がった。

「私は歴代大統領の中でも最高だと自負してる。優秀な部下に恵まれたという点においてな」

そう言うと彼は側近一人一人と握手をした。「よくやってくれた。君達のおかげだ」政治家として脂の乗りきった堂々たる大統領と比べ、70代後半の副大統領のマシューは老いてぜい弱にも見えたが、ホワイトにとって政治家としてもプライベートの面でも父親のような存在だった。長身で猫背のマシューは、ホワイトの差し出した右手を両手で包み込みうなずいた。次に国防長官ローレンスが固く握りしめるような握手。国務長官ダイアナは、ニックネームが“ダイヤモンドハート(ダイヤの心臓)”というほど強い女だったが、異名とは裏腹に軽く膝を折り会釈しながらの握手。その姿はエレガントだった。安全保障長官アンドリューは冷静な彼らしく儀礼的ともとれる仕草だったが、知る者から見ればそれが彼なりの充分な感情表現であることがわかる握手だった。ホワイトはアンドリューの左手をポンポンと軽く叩き手を離すと、思い出したように呟いた。

「……ところで、さっきのレポーターが忘れてた国だが……」

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