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討伐失敗は何が原因だった?…ビジネスハウツー満載の異色ファンタジーノベル #4 異世界コンサル株式会社

突然、異世界に転移した経営コンサルタントのケンジ。チートもなく、魔術も使えないケンジは、所属していたパーティーをクビになってしまう。やむなく「冒険者サポート業」への転職を決意したケンジは、現世での経験を活かし、まわりのパーティーの問題を次々と解決。頭角を現していくが……。

ウェブ小説投稿サイト「小説家になろう」で、部門別ランキング第1位に輝いた異色のビジネス・ファンタジーノベル、『異世界コンサル株式会社』。楽しく読めて、しかもためになる。そんな本書から、冒頭部分をお楽しみください。

*  *  *

(3) リーダーの意思決定のあり方


キンバリーの悩み


こうして始めた相談業は、まあ順調なスタートと言っていいだろう。他のパーティーの依頼も増えたし、俺の初めてのお得意さんになったキンバリーのパーティーは、依頼が赤字か黒字かがわかるようになり、収支がぐっと改善しているようだ。

もともと、キンバリー達は、そこそこ能力のあったパーティーだ。
 
依頼を請けて金銭を貯め、パーティーメンバーの装備に投資する。するとパーティーの戦力が上がり、難度の高い依頼を請けることができるようになる。それで依頼から得られる報酬が上がる。正のサイクルが回り始めたというわけだ。
 
キンバリーにすれば、俺とサラへの感謝の気持ちがあるのかもしれない。もう買い物や依頼後の公平な報酬分配の勝手はわかるだろうに、依頼のたびに律儀に俺のところにやってきて同行を頼み、収支の分配について報酬を払っていく。
 
俺としてはありがたい話だが、正直なところ「報酬の無駄ではないか?」と思うこともある。
 
一度、本人に聞いてみたのだが「いろいろと相談したいこともあるからな」とのことで、そのまま報酬を受け取ることになった。銅貨数枚程度であれば、さほどの負担ではなくなっている、という事情もあっただろう。
 
装備が充実したおかげかキンバリー達も中堅パーティーの仲間入りを果たしつつあるようだ。
 
そんなある日、キンバリーが一人で俺を訪ねてきた。
 
「相談に乗ってほしい」
 
何やら顔色がすぐれない。
 
宿の親爺に無理を言って湯を沸かしてもらい、茶を淹れてもらう。相談に乗るときは、相手の面子もあるだろうから、1対1がいい。たまたま一緒に朝食を摂っていたサラには席を外してもらう。熱い茶が微温くなり出す頃、キンバリーが口を開いた。
 
「ケンジのおかげで、俺達のパーティーは確かに以前より金回りが良くなった。装備も良くなったし、依頼も受けられるようになった。報酬の分配も公平になったから、パーティーの結束も強まった」
 
俺は頷き、先を促した。
 
「だが、最近は伸び悩んでる、と思う」
 
「ふむ」
 
「確かにゴブリンは簡単に倒せるようになった。魔狼の群れから村を守ることもできる。最近ではゴブリンの集落や洞窟を探し出して、巣を根こそぎにする依頼もこなせるようになった」
 
「問題ないじゃないか」
 
数匹のゴブリンを追い払うことと、ゴブリンを襲撃して根絶やしにすることは依頼の難易度において格段の差がある。それだけのことができれば、立派に中堅の冒険者と言える。
 
「だが、俺はもっと上に昇りたい」
 
キンバリーは、一流の冒険者になりたい、という欲が出てきたのだ。
 
なるほど、冒険者は秩序の外に生きる者達だから、公的補助はない。代わりに、力をつければ、どこまでも上に行ける。
 
この街にも一流の冒険者のクランは幾つかあるが、彼らはただの冒険者とは一線を画す武力を持っている。そして、それに見合ういい暮らしをしている。
 
「どうしたらいいと思う?」
 
キンバリーに言われて、彼らのパーティー編制と役割について、もう一度考えてみる。
 
弓兵のキンバリー、剣士のガラン、初級魔術師のジンジャー、罠師のゴラム。
 
人数は少ないが、編成のバランスは取れている。だが、それだけだ。バランスが取れているということは、爆発力がない、ということでもある。様々な依頼がこなせる、ということは、幾らでも替えがきく、ということでもある。
 
俺は慎重に答えた。
 
「戦力を強化するか、専門性に特化するか。2つ、方向性があると思う」

「大丈夫かな……」
 
迷いが晴れて、晴れ晴れとした顔で去っていくキンバリーを見送って、俺は嘆息した。
 
キンバリーにアドバイスはしたが、くれぐれも焦らないように、と念を押した。何しろ、キンバリーのパーティーは最近、腕を上げてきているとは言え、まだまだ中堅冒険者の入口に立ったばかりだ。俺のアイディアを実行に移すには時間が必要だ。
 
だが、キンバリーの浮かれようを見ていると、果たしてその忠告が守られるのか、かなり怪しい感じはした。
 
その懸念はすぐに現実となった。

討伐失敗で仲間割れ


「ねえケンジ、たいへんたいへん!」
 
朝、宿屋で茶を飲んでいると、サラがバタバタと飛び込んできた。
 
キンバリーのパーティーが依頼に失敗し、しかも分裂寸前だという。
 
「とにかく、すぐにギルドまで来て!」
 
「いや、まだ茶が途中なんだけど……」
 
「そんなのいいから!」
 
そんなわけで、しぶしぶ朝からサラにギルドまで引っ張られていくことになった。
 
 
ギルドの奥にあるテーブル付近では、ちょうどキンバリーのパーティーが、キンバリーと彼以外に分かれて口論をしているところだった。2人ほど、知らない顔が加わっている。
 
「だから、人喰巨人の討伐なんて、俺達には無理だって言ったんだ!」
 
小柄な一人が大声を上げた。たしか、初級魔術師のジンジャーとか言ったな。
 
それで、おおよその事情がわかった。彼らの格好をよく見れば、金属の鎧は凹み、革鎧には傷がつき、衣服には血の乾いた黒い跡がついている。顔色も、あまり良くはないようだ。
 
ギルドに詰めている他の冒険者が止めに入る様子はない。口論程度なら荒くれ者の冒険者の間では日常茶飯事だし、巻き込まれて怪我でもしたらつまらないからだ。
 
ギルドの職員たちも止めに入ったりはしない。冒険者に仕事を斡旋するのが彼らの仕事であって、仲裁は彼らの仕事ではない。死なないかぎり、好きにやってくれ、というのが彼らのスタンスだ。
 
だが、俺はそうはいかない。キンバリー達は俺の大事な客だ。野次馬をかき分け、興奮している彼らの間に割り込んだ。
 
「興奮するのはわかるが、まず治療と消毒だ。そうしないと、傷が腐って腕をなくすぞ」
 
傷が腐る、という言葉に驚いたのか、全員がこちらを向いた。
 
「とりあえず宿で治療しよう。ついてきてくれ」
 
冒険者の負傷など珍しいことではない。経験を積んだ冒険者はそれなりに対処法を学んでいるものだ。
 
しかし、キンバリー達は、まだ冒険者としての経験が浅いため、治療法も自己流の域を出ない。汚れた布が傷に適当に巻かれているだけだ。俺も別に治療の魔術が使えるわけではないのだが、奴らよりはマシだ。
 
一度沸騰させて冷ました水で傷口を洗って清潔にし、強い酒で消毒してから薬草を染み込ませた布で傷の周囲を拭き取る。
 
サラにも手伝ってもらいながら、彼らを治療しているとキンバリー達も落ち着いてきた。人間、人に体を触られていると安心するものだ。
 
「死人が出なくてよかったな」
 
傷に包帯を巻きつつ声をかけると、彼らは弾かれたように顔を上げた。
 
おそらく、大きな依頼が失敗して混乱していたのだろうが、生きてさえいればやり直せる。死んでしまったら、そこでお終いだ。今回は、生死のギリギリの境に立ち、そして帰ってこられたのだから、幸運に感謝すべきなのだ。
 
「そうだな……」
 
そう頷いたキンバリーの目からは、苛立ちが幾分、抜けたように見えた。

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