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「言葉の力」を信じる爆笑問題・太田光、祈りのような書き下ろしエンターテインメント 『笑って人類!』 #5

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「……おい、早くしてくれよ……」

男は花粉症対策の白いマスクを少しだけ指でつまみ上げ小声で言った。空港カウンターのグランドスタッフの女性はパソコンを叩き、笑顔を保ちながらもぴしゃりと言った。

「少々お待ちください」

「相当待ってるじゃないか……いつまでかかるんだよ……」

あからさまな咳払いと不満そうな声が聞こえてくる。何時間もカウンターを占領してる怪しげな男を、後ろに並んだ人々が怪訝そうに覗きこむ。マスクの男をその両脇からガードするように囲む屈強な二人の男が、後ろの客を睨み付けると、マスクの男はイライラし小声で二人に言った。

「お前達、もう帰れ」

「しかし総理……」

「しー! お前達がいると目立つんだよ! いいか、SPが二人もいてこんなことになったって知れたら、この後のお前達の生活はどうなる」

二人の大男は途端に青ざめ情けない顔になる。政府専用機が離陸してしまってから、かれこれ2時間以上過ぎていた。男の一人はしくしくと泣き出した。

「泣いたって始まらないだろ、このことは何としてでも明るみには出せない。とにかく散れ」

そこへカウンターの女性が声をかけた。

「すみません、キャンセルはまだ出ていないようで、どの便も満席ですね……」

「大事な会議があるんだよ……」

フロアにあるテレビではマスターズ会議の開催を伝えるニュースが流れている。

「あ、明日の朝一番の便ならなんとか出来そうですが……」

男は思わずマスクを取った。

「それじゃ間に合わないんだ! 何でもいいから飛行機に乗せてくれ!」

怒鳴り声を聞き、カウンターの奥にいた上司の男性が飛んでくる。

「失礼しましたお客様、何か不手際……!」

上司は男を見て絶句した。どこかで見た顔だ。フロアのテレビ画面に、今ここに立っている男と全く同じ顔が映っている。ネズミを思わせる特徴的な小さな目。全体的に情けなさの漂う自信がなさそうな表情。

慌ててマスクをつけ直す男。テレビの顔写真の下に“マスターズ会議へ旅立った富士見幸太郎総理大臣(55)”とテロップが出ている。

「え!?」

男性はテレビと富士見を見比べる。マスクをしていても小粒の目は誤魔化せない。富士見は男の胸ぐらを摑んで引き寄せた。

「それ以上何も言うな」

「は、はぁ……しかしこんな所で何を?」

「いろいろあったんだよ。わかるだろ、世界の命運がかかってる重要な会議なんだ。今すぐ飛行機を用意しろ」

「……はぁ、な、なんとかしますが……」

富士見幸太郎は腕時計を見て深いため息をついた。

「乗り遅れた?」

アン・アオイは大きな黒い瞳を真っ直ぐに、前に立つ4人のピースランド人に向けた。

桜、五代、末松は揃ってくたびれた背広姿でなんとも頼りなかった。

3人から少し距離を置いて渋い顔で立っているのは、官房長官の川上才蔵(かわかみさいぞう)54歳だ。

ハンプティダンプティ島。マスターズ会議の会場となったシルバードーム内の一室。

アンは、とんでもない知らせを持ってきたピースランド政府の4人を、フロンティア要人の控え室近くの会議室に慌てて押し込んだのだった。

「政府専用機に総理御自身が乗り遅れたというのですか?」

「はっ」川上は深々と頭を下げる。

「どういうことですか、川上さん?」

川上は苦々しい表情で桜を睨み付ける。

「いやあ、驚きました」と桜。「こんな話は前代未聞ですからね……なあ?」

「はい……」と五代が申し訳なさそうに笑う。

どうしてこの国の人々はこういう時に笑うのだろう? 祖父と同じ目の色をした4人を見てアンは思う。

「それで、富士見総理は何時頃到着される予定ですか?」

桜が五代を小突く。

「は、はあ……さっきようやく飛行機と連絡が取れまして、あと5時間後ぐらいにはなんとか……」

「会議はすぐに始まります」

「へへへ、そりゃそうですよねぇ……」末松がへりくだったように笑う。

「あ、あの! なんとかパイロットにスピードを上げるように指示いたしますので……」思いつめて言う五代を桜が止める。

「無茶言うなよ、民間の旅客機だぞ……」

「しかし……」

「お前達、黙れ!」と川上。

「アンさん……」桜は深々と頭を下げた。

「この通りです。富士見総理は必ず5時間後には到着します。初めからとは言いませんが、なんとか会議開始の時間を数時間遅らせてもらって、途中からでも参加出来るようにご配慮願えませんでしょうか」

長い付き合いだが、いつも飄々としている桜がこれほど真面目に話す姿を初めて見た五代は、ハンカチで額の汗を拭う。

桜に倣って五代、末松も頭を下げる。

「私の一存では決められません」ピースランドは祖父の母国であり、自分にもその血が流れている。出来る限り会議には参加させたかった。今回のマスターズは10カ国全てが参加することに意義があり、たとえピースランドとはいえ、1カ国でも欠けることは主催するホワイト大統領も望まないはずだ。

激しくドアを叩く音がし、返事も待たずに入ってきたのはローレンス国防長官だった。

「アン、どういうことだ!?」

入り口でピースランドの4人に気づいて一瞬立ち止まる。

「……彼らは何だ? ここで何してる?」

「国防長官、少しお話が……」

アンが駆けより、事情を説明すると、ローレンスの顔色がみるみる変わった。鋭い目で桜達を睨み付ける。末松がニヤニヤ笑って愛想を振りまく。

ローレンスはアンに低い声で言った。

「会議を遅らすことなど、絶対に許されんぞ」

「ごもっともです」と川上が頭を下げる。「どうぞ、お先に我々抜きで始めてください」

「いや、官房長官……」

「いいから!」

川上が桜を制し、再び頭を下げる。

富士見が自分の内閣でも浮いた存在で、閣内で不協和音があるというのは知っていたが、この様子では政権も長くなさそうだと思いつつ、アンはローレンスに言う。

「でも、セーフティーボウル主要国全てが揃わないと、この会議の意義が損なわれるのではないでしょうか?」

「だめだ」とローレンス。「開始時間は遅らせられない……今、ブルタウ将軍が会場入りした」

カチャカチャ……キキキ……キーキー……。

金属音と奇声のような音が暗い部屋に響いている。

ブラウン管テレビがチカチカと光る。

シルバードームの前でレポーターが叫ぶ。

「まもなくマスターズ会議が始まろうとしています!」

◇  ◇  ◇

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