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「あの日」からちょうど七年…呪いと恐怖のノンストップ・ホラー! #2 親指さがし

「ねえ、親指さがしって知ってる?」由美がきつけてきた噂話をもとに、武たち5人の小学生が遊び半分で始めた死のゲーム。しかし、終わって目を開くと、そこに由美の姿はなかった。それから7年。過去を清算するため、そして事件の真相を求めて、武たちは再び「親指さがし」を行うが……。

三宅健さん主演で映画化もされた、『リアル鬼ごっこ』に次ぐ山田悠介さんの初期代表作『親指さがし』。ホラー好きなら絶対押さえておきたい本作の中身を、少しだけお見せします。

*  *  *

不意に電車が激しく揺れて、武は吊革につかまっている自分に気づいた。隣の人間とぶつかってしまったので、軽く頭を下げ、すみませんと小さく謝った。

吊革につかまりながら、窓の外の風景をボーッと見つめていると、前に座っている女子高生三人組の会話が聞こえてきた。聞くつもりはないが、自然と耳に入ってきてしまうのだ。
 
「今日の映画怖かったよね。特にさ、最後の場面なんて」
 
「そうそう。私なんて悲鳴あげそうになっちゃったよ」
 
「でもやっぱり映画は映画って感じだよね。所詮作り話だもんね」
 
他愛ない世間話。三人組は必要以上に声が大きく、ひときわ目立っていた。隣に座っている老婆が迷惑そうに顔を顰めている。
 
「それよりさ、昨日のテレビ見た? あの怖い話ばかりやっていたやつ」
 
「うん見た見た。知ってる話もあったよね。むしろあっちの方が怖かったかも」
 
「私たちが小学生の時なんかは特にいろんな話があったよね」
 
「うん。あったあった。怖い話じゃないけど、『コックリさん』っていうのもあったしさあ」
 
「ああ、あったあった」
 
「智ちゃんがさ、昔話した『草むらの侍』って話は怖かったよね」
 
「え? どんな話?」
 
「智ちゃんたちがね、小学生の頃に公園でボール遊びしてたんだって。そうしたら智ちゃんが、草むらにボール蹴飛ばしちゃったんだって。違う子がボールを探しに行ったんだけど、どこにもボールがなくてね、戻ろうと思ったら突然、侍姿の血だらけの男の人が立っていたんだって」
 
「怖くない? それで?」
 
「あまりの怖さにその子は気を失っちゃってね。それを聞いたみんなは侍を見ようとして、次の日に今度はみんなでその草むらに行ったんだって」
 
「そしたら?」
 
「突然、智ちゃんの足から血が垂れてきて、気がつくと斬られていたんだって。それでね、その瞬間、前の日に気を失った女の子がね、俺を捜しに来たのかって、突然声を変えて言ったんだって。ね? 怖くない?」
 
「マジで怖いね、それは」
 
「もう一つあるよ」
 
「何々?」
 
「『親指さがし』っていう話」
 
電車の音も、どこからともなく聞こえてくる携帯電話のメロディーも、その中で全てが消えた。その瞬間、武は敏感に反応し、三人に視線を向けた。その目に気づくことなく三人は会話を続けている。
 
「親指さがし? どんな話?」
 
「私もね、詳しくは知らないんだけど。ある別荘に女の人が一人で住んでいたんだけど、ある日その女の人が別荘の中でバラバラにされて殺されたのね。でも左手の親指だけがどうしても見つからなかったんだって」
 
「何か気味悪くない?」
 
「それでね、そのなくなった左手の親指を探しに行くっていう話なんだけど……」
 
「どうやって探すのよ」
 
「知らない。探しに行くっていうのは、怖がらせるために作られたんじゃないの?」
 
「ふーん」
 
違う、違うんだ。武は呆然と三人組を見つめていた。
 
『親指さがしって知ってる?』
 
由美の声が蘇る。
 
まさか親指さがしの話が出てくるとは思わなかった。唾をゴクリと飲み込み、武はじっと三人を見つめていた。するとそのうちの一人が、武の視線に気づいた。
 
「な、何か……」
 
我に返ると三人の視線が集まっていたので、羞恥心が一気にこみ上げてきた。
 
「い、いや……何でも」
 
武は吊革から手を離し、その場から逃げるようにして車両をかえた。

3


武は自宅のある東京都江東区に戻っていた。大都会というわけでもなく、自然が広がっているというわけでもない。生活するには問題のないこの町が武は好きだった。
 
もうじき陽も暮れようとしている。公園から出てきたゴムボールを抱えた小学生が、母親の元に走っている。あの親子のように家に帰ろうかと思ったが、なぜかそういう気にはなれなかった。自宅とは違う方向に歩き始め、気がつくと、母校である西田小学校のグラウンドで足を止めていた。何も変わっていないことに懐かしくなった武は、グラウンドを歩いてみる。校庭が小さく感じられる。
 
グラウンドの真ん中で小学生がボールで遊んでいる。無邪気な声が聞こえてくる。バスケットコートには中学生と思われる男の子が四人いる。コートの中でボールを使って激しく動いている。そのすぐ近くにいる犬を連れた中年男性が、バスケットボールに飛びつこうとしている犬を必死に押さえつけている。その光景に武は笑みをこぼした。
 
ブランコ。鉄棒。登り棒。武はタイヤの跳び箱に腰を下ろした。一つ息を吐き、改めて母校を見渡してみる。あまり変わらない。特に校舎全体は何も。変わったといえば、校舎付近に花壇ができたくらいだろう。それ以外は何も変わっていない。だから、無意識のうちに昔を思い出してしまう。
 
「どうしたんだよ。こんなところに呼び出して。別に廊下でもいいだろ」
 
言ったのは武。
 
「うん。そうなんだけどさ、屋上の方が……ね」
 
由美の声。
 
武が六年生の時だった。突然由美に屋上に呼ばれた。なぜ呼ばれたのか、武は全く分からなかった。

「それで何? 早くしないと休み時間終わっちゃうよ」
 
その無神経な言葉に慌てながらも、照れくさそうに由美は言った。
 
「うん。ごめん。今日はね、渡したいものがあるんだ」
 
「渡したいもの?」
 
由美は頷き、ポケットの中からビーズで作られた指輪を取り出した。
 
「はい、これ」
 
手渡されたものを品定めするかのようにじっくりと見ながら、武は口を開く。
 
「何? これ。くれるの?」
 
中心部分には花びら模様のビーズがつけられていた。
 
「知恵とね、一緒に作ったんだ。大人になるまでそのビーズの輪っかが切れなかったら、何でも願いが叶うんだって」
 
「嘘だぁ」
 
「だって、そう本に書いてあったんだもん。本当に願いが叶うって」
 
「ふぅん。でも嘘くさいな」
 
「本当だって。だから大人になるまで大切にしてよ」
 
「う、うん。分かったよ」
 
ビーズの指輪をポケットにしまう。しばらくの沈黙。何を言えばいいのだろうと考えているとチャイムが鳴った。
 
「クラス戻ろうか?」
 
最後に由美はそう言った。
 
思い出から覚めると、目の前にはさっきと変わらぬ光景が広がっていた。犬を連れた中年男性はいつの間にかいなくなっていた。
 
あの後、武は特に仲の良かった五十嵐智彦と吉田信久に確認していた。由美か知恵にビーズの指輪を貰ったかと。二人は貰っていないと口を揃えた。由美が自分だけにくれたのだと気がつく。その時、その意味がようやく理解できたのだ。嬉しいという感情よりも、何せ初めての経験だったので、当時は恥ずかしいという方が強かった。だからというわけではないが、武はビーズの指輪をずっと大切にしようと心に決めた。由美がいなくなって、その思いはさらに強くなった。
 
武はこの七年間、ずっと後悔していた。なぜあんなことをしてしまったのか。なぜ遊び半分であんなことを。だがもう遅い。後悔したところで由美は帰ってこない。
 
グラウンドの真ん中で遊んでいる小学生たちを、武は昔の自分たちの姿に重ねて見ていた。武の目にはあの頃の自分たちが映っていた。楽しそうに五人でボール遊びをしている。自分がいる。もちろん由美も。みんな笑って楽しそうだ。あの頃に戻れるなら……。
 
涙が溢れてきた。それはスーッと頬を伝って地面にポツリと落ちた。
 
「そこのお兄ちゃーん。ボール取って!」
 
ボールが転がってきて、軽く足に当たった。走ってこっちに向かってくる女の子を見て、武はハッとした。幻覚だろうか、由美に似ている。
 
いや、重ねていたのかもしれない。
 
「はい」
 
武は女の子にボールを渡した。
 
「ありがとう」
 
女の子は友達のところまで駆けていった。
 
後ろ姿を見守りながら、武はポケットからビーズの指輪を取り出した。
 
『何でも夢が叶うんだよ』
 
武は呟いた。
 
「もう、帰ってきてくれ」
 
しばらく指輪を見つめた後、再びポケットにしまい、肩を落として母校を後にしたのだった。
 
武の足取りは重たかった。下を向いたまま、ゆっくりゆっくりと歩く。小さな子供にも抜かれていく。
 
道ばたに落ちている空き缶を軽く蹴った。蹴り続けてどこまで持っていけるか。そんな遊びをした記憶がある。由美との記憶も残っている。
 
由美がいなくなってちょうど七年が経った今日、武はこのまま由美の家に向かうことにした。久しく訪れていない。由美の母親は今、どうしているだろうか。それも気になるところだった。
 
由美の家に着いた武はインターホンを押した。しばらくすると母親の厚子がエプロン姿で玄関に出てきた。久しく見ないうちに老けたようだ。白髪も皺も多くなった気がした。
 
「あら、武君。久しぶりね。元気だった?」
 
優しくて穏やかな口調は変わっていない。
 
「どうも。ご無沙汰してます」
 
「本当。久しぶりね。さあどうぞ、中へ入って」
 
武は家の中へと招かれた。
 
「どうぞ」
 
「おじゃまします」
 
「どうしたの、今日は。何かあったのかしら?」
 
後ろ姿のまま声をかけてきたが、ちょうど七年が経ったとは、言えなかった。
 
「いえ、そういうわけではないんですが」
 
「いいのよ、気を遣わなくて。今日があの日からちょうど七年経つからでしょ」
 
正直に答えるほかはなく、武は、はいと頷いた。
 
「もう少しで大学二年生になるのね。来年はもう成人式だわ」
 
その言葉からは、もし今も由美がいればという思いが伝わってくる。だから返事をするのがものすごく辛かった。
 
「どうぞ、そこに座って。少し散らかっているけど気にしないで」
 
武はフカフカした茶色のソファに腰掛けた。
 
「ちょっと待っててね。今ジュース持ってくるから。それとも、もうコーヒーの方がいいかしら。少し見ないうちにすっかり大人っぽくなったわね」
 
その言葉に武は照れ笑いを浮かべる。
 
「そうでしょうか」
 
「ええ。でもジュースでいいわよね?」
 
「はい、いただきます」
 
武はなるべく遠慮しないようにした。この家には小さな頃に何度も訪れている。遠慮すれば妙によそよそしくなるだけだ。それが嫌だった。
 
「はい、お待たせ」
 
グラスに注がれたオレンジジュースを武は受け取った。
 
「ありがとうございます」
 
一口飲んで、グラスを静かにテーブルに置いた武は部屋中を見渡してみた。由美の写真だらけだった。全部、笑顔の写真だ。ただ寂しかったのは、前に訪れた時と全く写真が変わっていないこと。そこで時が止まっていることだ。

◇  ◇  ◇

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親指さがし


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