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チンパンジーはなぜ同種間で殺しを行うのか?

これまでの観察からチンパンジーが同種間で殺しを行うことが知られています。では、そもそもなぜチンパンジーは殺し合いをするのでしょうか。チンパンジーの世界以上に、現在も人間社会では多くの戦争や殺害が行われています。このようにヒトも同種間で殺しを行いますが、チンパンジーにみられる同種間の殺しを解明することが出来れは、ヒトがなぜ殺しあう生物なのかがわかる手掛かりになると考えられます。この研究が進めば人類にとっての平和が訪れるきっかけとなるかもしれません。

チンパンジーの殺し合いは人間のせい?


これまでの研究においてチンパンジーの群れの中や、群れ同士の間で同種間の殺しや共食いがしばしば報告されてきました。ある研究者たちはこれをチンパンジーのオスの繁殖戦略のひとつだと考え、ヒトとチンパンジーがともに共通祖先から受け継いでいる攻撃性の表れだとしてきました。しかし、一方ではチンパンジーに見られる同種間の殺しは、人間による生息地の破壊や餌付けなどのため行われたと主張する研究者もいました。これは人間が狩猟や森林伐採をしたために、生息地が狭くなり、結果、食料が減少し、チンパンジー同士が生存をかけた争いを行うようになり、さらに攻撃性が増し、殺しあうようになったというのです。その他にもチンパンジーによる同種殺しと、人に見られる戦争や殺人行為を安易に結び付けて考えることに対する批判もありました。

チンパンジーの殺しは食物や配偶者を得るため


しかし、京都大学霊長類研究所の研究の結果、

このチンパンジーの殺しは、食物や配偶相手などの資源を得るためのオスの適応戦略であるということが証明されました。

適応戦略とはつまり、チンパンジーは同種間での殺しをすることによって自らの子孫を残しやすくすることを、進化の過程で獲得したということです。殺し合いに勝ったオスが子孫をより多く残せたのです。

京都大学霊長類研究所での研究内容


それではこのチンパンジーの殺しが適応戦略であると証明された研究の内容について見ていきましょう。

京都大学霊長類研究所では、50年間にもわたって18集団のチンパンジーと、4集団のボノボを研究し続けています。チンパンジーではこのうちの15集団で、152件もの殺しが認められました。実際に殺しが観察されたものが58 件、実際に観察されなかったものの、殺しがあったと推定される例が41 件、そして殺しの疑いがある例が53件です。

チンパンジーの殺し(152件)

  • 観察 58件

  • 推定 41件

  • 疑い 53件

一方でボノボの集団では殺しが直接観察されたことが一度もなく、殺しの疑いのあるものがわずか1件のみでした。それでは、ここからは殺害の内容について詳しく見ていきましょう。これら集団では殺害行為に参加したチンパンジーの9割以上がオスでした。そして殺害された側もオスが多く、7割以上を占めていました。このようにチンパンジーはメスを殺害することが少ないことから、チンパンジーの殺しはメスを奪い合う行為だということが考えられます。また群れの中で行われる殺害よりも、群れ同士の抗争のために殺害が起きる場合が多く、これは全体の6割ほどになります。ゴンベ・チンパンジー戦争(1974年~1978年)ではチンパンジーは群れで徒党を組んで、他の群れのオスが1頭でいるところを狙って攻撃します。また、ある一方の群れがもう一方の群れのオスを殺害し尽くすと、勝利した群れは敗北した群れのテリトリーとメスを取り込みました。そして殺害の加害者の数の割合が被害者の数を大きく上回っており、比率は8:1でした。

結論


この殺しが発生する比率の変化は、人間の影響とは無関係であることがわかりました。つまり、人間との接点が比較的多い群れと、ジャングルの奥深くに住んでいる群れの間での殺しが起こった比率は同じだったのです。人間による狩猟や森林伐採による影響が最も少ない東アフリカの地域でも同じように殺害が発生していました。これらのことから、チンパンジーに見られる同種殺しが人為的影響によって現れるものではなく、主としてオスによる配偶相手や資源をめぐる適応戦略の表れであることがわかります。

争いが絶えないヒトとチンパンジー


このような積極的な同種殺しが見られるのは、霊長類ではヒトとチンパンジーだけです。チンパンジーと共通の祖先から進化したボノボでは、同種間の殺しは疑い例が1例あっただけでした。そのため、同種殺しというチンパンジーとヒトに共通する行動が共通祖先から受け継いだ行動特性なのか、それぞれ個別に進化させてきた行動特性なのかは、この研究だけではわかりません。


現在、人類の歴史上で最も古い戦争の跡が確認されているのは、スーダンのヌビア砂漠にある、約1万5000年前の旧石器時代の遺跡「ジャバル・サハバ117遺跡」です。ここでは武器で殺傷されたおびただしい数の人骨が発見されています。農耕や家畜の飼育を始める前から戦争が行われていました。

まとめ

最近の研究により、チンパンジーとヒトの分化は、長年考えられてきた年代よりもはるかに昔で、約1300万年前だということがわかりました。1300万年前より以前の我々とチンパンジーの祖先は同種間の争いを行っていたのでしょうか。そしてボノボとチンパンジーの分岐はその後の、80万年前から210万年前だと言われています。ハーバード大学の人類学者、霊長類学者であるリチャード・ランガム教授は、チンパンジーと分化したボノボはメスが徒党を組むことができるようになったため、攻撃的なオスはメスから配偶相手に選ばれることがなくなり、おとなしいオスが子孫を残すようになったと説明しています。だとしたらそれ以前の、チンパンジーとボノボの祖先は同種間の殺しを行っていたということになります。しかしこの同種間の殺し行為がいつから始まったのか、人類と分化する前なのか、それともその後に得られた行動なのかはわかりません。そのため今後の研究に期待されることとなります。

この記事は動画で見ることができます。

ゴンベ・チンパンジー戦争はYouTubeで説明しています。

ボノボの自己家畜化についてはコチラを参照してください。


参考

チンパンジーに見られる同種間の殺しが適応戦略で説明がつくことを証明 -ヒト科における同種間の殺戮行動の進化の解明に期待- | 京都大学 (kyoto-u.ac.jp)

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