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“横に”変化する重要性

1年間のうちに、数十人の「はじめましての」生徒と出会う。
そしてその数だけ「鉛筆の持ち方」と出会う。

先にお伝えしておきたいのは、自分自身も幼少期、
決して上手な鉛筆の持ち方をしていたわけでは無いということである。

とにかく親指の位置に困った。人差し指にかかったり、かからなかったり。
「人差し指と、中指二本添え持ち」の時期もあった。
そう、僕は人の鉛筆の持ち方をコピーするクセがあった。持ち方や角度、鉛筆の動かし方まで。

これって少数派?しかしこれには、当時小学生の自分には、子どもながらに明確な意図があった。
「字がきれいな人の鉛筆の持ち方を真似したら、字がきれいに書けるんじゃね?」

この仕事をしていると、「子どもの字」には鉛筆の持ち方と、幼少期からの指導、環境が関係しているのはもちろん気付いている。

たぶん、どの親も子どもに伝えているはず。「鉛筆を正しく持ちなさい。」って。

しかしそれは、子どもの発達に合わせて指導するべきだし、そもそも矯正しすぎて字を書くのが嫌になったら元も子もないし、、、、。

それでも、さっきの訳わからん理論で鉛筆の持ち方コロコロ変える子どももいるから、子育てって難しい。

一度、人の真似をしてみること。
この姿勢は本当に重要な気がする。何事においても。

「上手くいくかどうか」「それが自分のものになって、さらに飛躍させられるか」は、置いておく。しかし、ある程度の形にはなる。

服も、ゴルフも、料理も、家具も、キャンプも(今年はキャンプはじめたい)
僕自身好きなもののベースは全て「人の真似」から始まっている気がする。

今は真似する「素材」が、Youtubeやインスタですぐ手に入る。便利な世の中になった。、

最近、自分でも驚くことに「野球」に興味がわいている。(ちなみに学生時代は、一応サッカー部)

僕が小学生の時にスター選手だった人たちが、軒並みYoutubeチャンネルを開設している。
もちろんお気に入りは「フルタの方程式」。
最初は往年のOB選手が、たくさん出てくるから、夕食時のお供に「おぉぉぉぉ」って見ていた程度。

しかし今は集中して見過ぎて、箸を持つ手が止まる。

そして今、心の中で「変化球を投げたい」という熱い気持ちが湧いている(?)

日本プロ野球と同規格のボールも自宅に用意した。マジである。
特に何も目指してはいない。
何かを習得する始まりは、すべて「とりあえずやってみるか」。

メジャーリーガーを打ち取るためにカットボールを習得しようかと思ったが、
どうやら曲がり幅が小さいらしい。やはりそこは、素人目にもはっきりと分かる“変化”が欲しい。

スライダーだ。
毎夜、就寝前にスライダーの握りで、ボールをクッションに向かって投げている。
この前お気に入りの花瓶をスライダーで打ち取った。(割った)
ボール遊びは公園でやるべきと再認した31歳の春。2軍で調整します。

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