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【人生最期の食事を求めて】彷徨の末の屋台、という予定調和的着地。

2024年3月22日(金)
風来けん坊(福岡県福岡市中央区)

大濠公園エリアから天神エリアに移動した。
日中の晴れ渡った空も気がつけば重苦しい雲に覆われ、今にも雨が降る気配だった。
時折過ぎ去る暴走族の滑稽なアナクロニズムをものともしない溢れかえる群衆と活気に包まながら、歩き慣れた道を歩き続けた。
目指した店は、福岡に訪れた際に必ず訪れる屋台バーだった。
直近の訪問において、2回連続して満席で入店することのできなかったことへの雪辱といった想いが私の足を急がせた。

中洲

屋台バーに到着したのは19時過ぎだった。
風が強いせいか囲いで風を防いでいるようである。
そこに映る朧げな人影は満席を意味していた。
とはいえ、屋台の流儀上として後30分ほど待っていれば入店できるだろう。

その見通しは甘かったことを理解できたのは30分以上を過ぎてからのことである。
40分過ぎても微動だにしない。
それどころか、どこか居酒屋の類いになって長居している客がいるのではないか?
そんな妄想がよぎった時、私はその場を去る決断をした。
これで3度目だぞ、と自分に問いかけた。
誰が悪いというわけではないのだけど、誰にもぶつけようのない想いはやはり遣る瀬ないものだ。

風来けん坊

仕方なく天神南エリアを歩いた。
最近、真新しい飲食店を見かけるエリアである。
だが結局どの店に行っても大混雑を極めている。
思えば3月末日の金曜日。
きっと年度末の送別会のピークなのだろう。
居酒屋も、餃子店も、おでん屋も、これといった店のことごとくが満席で、中洲にまで足を伸ばしてもそれはもちろん同様だった。
およそ1時間の彷徨の挙げ句、屋台の前を通った。
満席なら諦めよう。
すると、その店の中に客の陰影は薄く映じていた。
どうやらちょうど何回転かして客が引いたタイミングでもあるらしい。
店内には若い男女や初老の客が列を成して座っていた。
見知らぬ客同士がまるで旧知の仲のように語り合うのも屋台の醍醐味だが、客層や質によってははなはだ迷惑極まりない。
私は警戒しながら席に座り、女将さんにすぐさま「瓶ビール」(600円)と「大根」「たまご」そして「牛すじ」のおでん(各150円)を求めた。

大根、たまご、牛すじ」のおでん(各150円)

歩き疲れた体内を駆け抜けるビールを追随するように、大根の身が溶け入ってゆく。
その味付けは実に優しく麗しい。
今夜の彷徨が一瞬にして打ち消されてゆくようだ。
しばしば強い風が屋台の壁を揺らした。
すると、「明日は天気が悪いから休みにするか」と博多弁の女将さんが息子のスタッフにつぶやくように言った。

そして「ホルモン味噌炒め」(900円)は追加した。
おでんとは相対する味噌の風味がビールを急かしてならなかった。
香ばしい味噌がホルモン全体を抱擁し、否応もなく食欲を刺激するのだ。
何気なく時計を見ると22時を過ぎようとしていた。
どことなく満足しながらも、不意に博多ラーメンの誘惑に駆られた。
きっとこれからラーメン屋に向かっても無駄足だろう。
ならば屋台で完結しよう。
そして女将さんに「ラーメンお願いします」と告げた。
ビールを飲みながら待っていると豚骨の香りが押し寄せるように私の前に「ラーメン」(600円)が置かれた

ラーメン(600円)

一見典型的な豚骨ラーメンなのだが、押し寄せきた豚骨の香りほどの癖はなく、むしろ呆れるほどの食べやすさと言えようか。「お客さん、辛いの得意?」と女将さんが唐突に尋ねてきた。「めちゃくちゃ得意ですよ」と甘く溶けるチャーシューを頬張りながら応えた。そこに、自家製の高菜と紅生姜の入ったタッパーが徐ろに置かれた。スープの中に投じるとその優しさは鋭利な辛さへと変貌するのだが、それが実に嫌味のない辛さでたちまちにして完食への導かれるようだ。「あら、本当に辛いの得意なんだね」女将さんがうっすらと笑みを浮かべながら言った。

どこもかしこも満席の末に着地した中洲の屋台。
その底力を久方ぶりに実感しながら外に出ると、どことなく雨の香りが漂っていた。
それさえも微塵も感じない歓声と騒音が中洲のあちらこちらから放たれていた。
私はふとしたきっかけで知り合いになったバーでしばし和むために、その中を突き進むように満足の余韻に身を預けながら歩き続けるのだった。……


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