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着ぐるみの事情              ⑪ぶつをかぶる

ぶつチェックを終えると、「かぶってみ。」と言われた。もちろん女の悪者の面をだ。他のかわいらしい面を選べる訳もない。両手で面を持ってそっと頭を入れてみる。あごの部分のマジックテープを留める。「面の目とか鼻とか絶対に触んなよ。」とすかさず言われる。悪者の目から外が見えるが真正面は微妙に見えない。「動いてみて。」と言われ、どう動くか一瞬考えたが、ここはもちろん「オーッホッホッホッホ!」をしてみた。

「そうそう!できるやん。」ペンギン先輩が言ってくれた。「出てみようか。」悪者の面をつけたまま手を引っ張られ恐る恐るステージに出た。真下を確認したりキョロキョロしたりおどおどしながら歩いた。

ステージの真ん中に私を立たせ、先輩だけが客席に降りた。「テープ流すで!」ステージに置いたラジカセから悪者のセリフが流れる。私は覚えてきた精一杯の演技をした。「このはさん!もっと大きく!」それを見ていたキリン先輩も言う。もう言い訳できない本番直前なのだと言い聞かし、何が何だかわからないが大きく動いた…と思う。

メンバー全員が私を心配そうに、でも鋭い目で客席から見つめる。

悪役の私と絡むキリン先輩とペンギン先輩が、自分のセリフになるとすぐにステージに駆け寄り、自分の演技をノリノリでしてくれる。私の下手くそな演技を帳消しにしてくれた。面の中から見る先輩たちは本当に堂々と演技をする。

その時、「面をかぶっているのなら、自分が演技することは恥ずかしくないかも…!」と頭をよぎった。「恥ずかしくない!できそう!」どんどん思いが強くなった。

先輩たちが新人の私の出番をチェックをした後、全員で今日のステージの最初から最後までの通しリハーサルをする。メンバーがぶつや演技の確認をしている間にPA(音響)機材を設置していたスタッフももちろん参加する。スタッフは音の聞こえ方や演技の点でもおかしな所はないか、ショー全体をお客さん目線でチェックする。PAや司会のおねえさんのマイクチェックも兼ねて、全てを通してみて確認するのだ。誰かが間違っても音を止めることはしない。開店前のお店なのでもうそんなに時間はない。通すのは一度だけだ。設置したスピーカーから本番の音量でテープを流し、「通し」をする。

テープには本番用と練習用がある。練習用テープは伸びきっていたり、過去にラジカセに絡まったことがあるような音がしたり、誰かが再生ボタンを押そうとして録音ボタンを押したと思われる箇所があり、音が3秒程消えていたりするが、本番用はめちゃくちゃな使い方はされていないので安心だ。

通す時は自分が気になる衣装や、小道具だけを使う。美少女役の先輩たちはブーツだけ履いた。私はもちろん一番気になる面をつけて本番前の最終通しに挑んだ。




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