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閲覧注意 私が自殺の第一発見者になった話

はじめに

私がこのnoteを書くに至ったのは、掲題の通り——
飛び降り自殺の現場に遭遇したことに端を発します。

そして、このnoteの目的はあくまで今人生が辛く、自殺をも考える人へ「どうか思い留まってほしい」という私の本気のメッセージを届けたい。その意図そのものであることをここにハッキリと示します。

※文中、かなりショッキングな内容が含まれますのでご注意ください。それでも読んでくださる方のみ、以降読み進めてください※

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穏やかな川のせせらぎが聞こえる。
私の眼前いっぱい、緩やかに広がる都内有数のこの河川は、日夜を問わず海へ、山へ、湾へと止め処なく流れ込んでいるという。


私はその普遍的で何の変哲もないその川が好きだった。そして、その川に沿って深夜自らの足で走ることが趣味だった。
昨年まで使っていたスマートフォンをオーディオ代わりにして、好きな曲と好きな本の朗読をBGMにし、自分も流れる川の一部のようにペースを変えず走り続ける。
盛る夏はじんわりと私に汗を滲ませ、世界と私の敷居を温度から失くす。
ぼんやりと敷居をなくした体温から、自然と一体化したような充実感を感じる。
そんな金のかからない、それでいて絶対不可侵の空間にも感じる、自らの世界に閉じた趣味だった。


その日の深夜の静寂は、いつもと同じく私の走る背中をそっと押すように、慣れた雰囲気と安らぎを授けてくれた。

まるでやる気のない街灯が、白く暗闇を照らし、個々の島のような灯りの下を渡り歩くかのように私は今日も歩を進めていた。

深夜の陸橋に差し掛かる。大学生くらいだろうか、複数の男性が前から歩いてきた。4人で道いっぱいに広がり、談笑している。
すれ違い、会話の一節が耳を掠める。
サラリーマンとすれ違った。缶チューハイを片手に、もう片方の手に青白い世界の入り口を持ち、その光が赤い顔を青く照らしている。

その後も何人かとすれ違い、何人かを追い越し、何人もに追い越された。
誰もがバラバラの様子で、狭い陸橋を行き交っている。広大な世界の、小さな一本の道に沢山の人がいた。

橋を渡り切り、私はゆっくりと踵を返した。今来た道をすぐ戻る。いつもと同じ道。いつもと同じルーティーンがそこにはあった


はずだった。


100mも戻らないうちに、道の上に小さな物体が置いてあった。狭い陸橋の行き交うスペースをさらに圧迫する、明確な障害物だった。
私は目を伏せて、自分の耳から聞こえる音に身を任せ、また世界と同一化しようとした。
しかし、違和感がそれを許さなかった。

おかしい。おかしいのだ。
行きは障害物はなかった。帰りにはある。
私はUターンした地点からだれともすれ違っていない。


———つまり。

障害物の前で自分の足に急ブレーキをかける。イヤホンを外し、目を見開き、自分の世界から陸橋の世界へと復帰する。
障害物に見えたものは、靴だった。バスケットシューズのような大き目の靴、そして肩掛けのカバン。
見てすぐわかった。若い人だ。デザインもさることながら、若い精神性と若い体が好む衣服だった。

キッチリと揃えられた靴が、陸橋の先にある柵を二足の指先で指していた。
私の動悸が早まるのを感じる、ゼエゼエと唸るだけだった喉からやっと
「は?」と、目の前の事実を呑み込めない、その疑問が動揺を表現するような音となって飛び出てきた。

「待っ….!!!」
言い終えることができなかった単語を叫びながら、陸橋の柵に手をかけて眼下を見下ろす。20mはくだらない陸橋の真下に、相変わらず黒い川が無慈悲に流れている。

どうかイタズラであってくれ、そう願いながら私は不謹慎にも感じるその二足の靴の内側に指を突っ込んだ。
まだ温かい、確かに人の体温があった形跡だ。嫌な予感と嫌悪感が、まるで蛇のように鎌首をもたげ、私に向き合っていることを感じる。

どこかでカメラが回っていて、子供のようなYoutuberがドッキリとして私にインタビューを求めて欲しい。心からそう願った。本当に、すがるように願った。
3秒立ちすくす。慌てて周りを見渡す。カメラどころか、人の気配すらなくなっていた。この瞬間、世界で間違いなく私は独りぼっちだった。

「畜生!ウソだろ!?」
普段使わない言葉で、かつ大げさに叫ぶことで、自分を奮い立たせる。私はカバンの中身を不躾にも大きな動きで漁った。
どうか、どうか! 財布もスマホもないとか、子供のイタズラのようなすぐバレる綻びがあってくれ。
祈りにも似た私の指先に、最悪の事実が立ちはだかる。スマートフォン、紙、空の酒瓶、そして財布。

全身の血液が氷水になったかのような寒気を感じる。小雨も降り出した。凍り付くような事実が私を冷やしていく。

もう一度だけ、自らを奮い立たせるために毒づく。
誰か来てくれ、本当に誰か来てくれ。
願いも虚しく、私はまだこの世界に独りだった。

毒づいた勢いでカバンの中にある紙に手をかける。最悪のシナリオはここに何かが書かれていること。
紙を開いた。丁寧に折りたたまれた紙には、筆跡どころかインクも鉛の後もなかった。
それでも安心できず、勢いを止められなかった私は、そのまま財布に手をかけた。開かれた財布には、レシート・銀行のカード・ポイントカード。そして、国民健康保険証。
私は保険証を抜き取って、まじまじと見つめた。

なんとまだ10代後半の子供ではないか!

おいて行かれた靴とカバンの辻褄が合う。嫌な方向に、説得力が増す。
そこに書かれていた苗字と名前、年齢を確認し、自分のスマートフォンを取り出した。
110番を掛けて1コールもしないうちに、中年と思わしき男性が名乗り出た。
「事件ですか事故ですか?」
ドラマや小説の中でしか聞かないセリフが耳に入る。事件でないことを祈る私にとってどれだけ酷な確認だっただろうか。
事実と心情は切り分けて考えるべきだとわかっていても、あんまりだと感じてしまう。何かにやつ当たらないと正気でいられそうにない気がする。

黒い川が、鈍い音を立てて少年を呑み込む映像を想像する。
頭をよぎるその映像を必死に振り払うため、耳から聞こえる男の声に、ありったけの理性を総動員して答える。
男は警視庁に連絡するから待てと私に言った。なんの慰めにも気晴らしにもならない無機質な保留音がこだまする。

私は、私にできることをしようと思った。
保険証から読み取った彼の苗字を、川に向かって叫んだ。
何度も、何度も叫んだ。川に呑み込まれないように大きく、高い声で叫んだ。


大丈夫ですか、どこにいますか、届いてますか。


狼が山に遠吠えするように、私は彼の存在を確認し続けた。未だ返ってくる気配すらない雄叫びを期待しながら。

一方で、引き続き眼下を無慈悲に流れる川は、まるで黒い巨大な化け物のようだった。川のせせらぎをも、今や唸り声に聞こえる。

まるで巨大な化け物が人を食い、悔しがる私をあざ笑うような幾百もの化け物の嘲笑にも聞こえ始めた。背筋がゾッとする。夜の闇に向かって、私はワガママを叫ぶ子供のように、大声で彼の名前をお経のように叫び続けた。

私が化け物と戦っている最中、男は保留を切って私に伝えた。
「今から警察官何人か行くから、そこにいてくれる?」





今思うと私はパニックに陥っていたのかもしれない。極めて冷静に対応していたつもりだったが、本来他人の荷物、ましてや事件性のある物品に触るのは、望ましくない行為だろう。
私は指先に当たった彼のスマートフォンを握りしめたままだった。
そのスマートフォンをゆっくりと見つめた。

もう察しはついていた。


10代の子供が、遺書など紙に書かない。 書くとしたらスマートフォン、デジタル上だろう。
最初にカバンから取り出した紙を確認したのは、それをわかっていても尚認めたくなかったからだ。意識的に私の本能が事実を隠したのだ。

震えながら私は、何か彼を呼ぶ手がかりか、彼が無事な証拠が欲しかった。彼の行方を知る人がLINEで気の利いたメッセージをくれているかもしれない。既にこの荷物を探しているかもしれない。
私は最悪の事実の一部であるカバンに詰め込まれた空いた酒瓶を、仇のように見下して、そのスマートフォンのサイドボタンを押した。

着信もロックもなかった。最初に表示された画面は、可愛いキャラクターを背景にしたLINEのやりとりだった。

女性の名前が相手だった。
その女性とのやりとりが細かくそこにはあった。
いくつか私はそのメッセージから察することができた。

彼はその女性と付き合っていて、同棲していたこと。
その同棲した彼女と何らかのトラブルがあって金銭を要求されていること。
その金額が数万円程度の額であること。
彼は、まるで幼い子供のようにその女性に最近とった資格の証書の画像を嬉々として送っていた。
同時に次は何を学べばいいか、その女性に教えを乞うようなメッセージがあった。勤勉な彼の人柄が現れているやり取りに見えた。
しかし、その資格取得を称賛する返答はいくら探しても見当たらなかった。


機械的で温度を感じない、要件だけの返信がそこには無機質に記されていた。



そして、恐らく同棲を解消する日、ベランダから彼を見下ろす彼女を、彼は見かけた。そのときの彼女の顔つきに関する感想が記されていた。


「あのとき、あなたはベランダで、何を考えていましたか。いつか教えてください。」

その文章にも返信はなかった。



背後に気配を感じた。何人かの警官がパトカーと自転車で現れた。
独りぼっちの世界にやっと光が差したように感じる。私はしどろもどろになりながらも経緯を説明した。
若い警官は、川の下をのぞき込みながら、力強く頷いた。

同時に、警察関係者とは思えない服装の男性がいた。
彼は、私の前でこう言った。
「あ、ケイサツさん。来てくれたんですね。さっき自分も交番駆け込んで。さっきここから人が飛び降りたの見たんスよ。」


私はゆっくりと、触っていた彼のスマートフォンをカバンに置いた。もう逃げられないその事実に対し、降参するような気分だった。

カバンの上で青白く輝くスマートフォン。最後のLINEの一文にはこう記してあった。


「もう頑張ろうと思えなくなりました。足りませんが送れるだけのお金を送ります。どうか、家族にだけは請求しないでください。どうか、本当にお願いします」

軋むように絞り出したであろう最後のメッセージには、もう既読すらもついていなかった。


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その後、私は警察の聴取に協力し今に至ります。
彼がその後どうなったのかはわかりません。心から無事を祈るばかりです。


最後に
どうか、皆さん命を大切にしてください。
今回のことで、はっきりとわかりました。人が他人の命を軽んじられるのは、自らに関係がないときだけです。今回の私のように少しでも、関係を持って、事情を知ってしまったら決してそんなことは言えないと思います。

身近に、自らとは小さく細い関係でも、関係を持っている人が自殺を考えていたら絶対に止めてあげてください。どんな手段でもいいと思います。
お金を苦に自殺するなんて本当に馬鹿らしいです。いくらでも挽回は効きます。

どうか、どうか生きてください。私でよければ、相談にも乗りますから。

おばけ3号  
2022/08/09  彼の無事を祈って。




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