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『世界サブカルチャー史 欲望の系譜』|稲田豊史・ミステリーファンに贈るドキュメンタリー入門〈語っておきたい新作〉【第11回・最終回】

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文=稲田豊史

 NHKドキュメンタリーの構成ものと言えば、30年近くの歴史を誇る『映像の世紀』という圧倒的名シリーズがよく知られているが、2022年、突如それに並ぶ秀逸なシリーズが誕生した。本作『世界サブカルチャー史 欲望の系譜』は、戦後の各時代を象徴するエンタメコンテンツや大衆ムーブメントを多数挙げながら、「なぜ、その作品が作られたのか」「なぜ、そのようなムーブメントが起こったのか」を、当時の社会情勢や時代の気分と紐付けて明らかにしていく。

 アメリカ編は1950年代から2010年代までを全7回で、フランス編は1960年代を全1回で、ヨーロッパ編と日本編は1960年代から90年代までをそれぞれ全4回で、1回あたりたっぷり90分の尺を使って解析する。中でもアメリカ編は、大学で言えば人文系の講義半期分くらいの充実度はある。それで言えば、本作は歴史ドキュメンタリーでありつつ社会学の色が非常に濃い。

 たとえば、1965年公開の映画『サウンド・オブ・ミュージック』はベトナム戦争が泥沼化している時期に公開され、大ヒットした。同作のストーリーには、アメリカによるベトナム戦争介入のようなウンザリする複雑さがない。シンプルで敵がはっきりしている。だからこそ大衆に好かれたのだ。
 1973年に公開された『アメリカン・グラフィティ』が中途半端な近過去である1962年を舞台にしていたのは、当時のアメリカ国民の「あの頃のアメリカは良かった」という気分の表れ。また、ウーマンリブの気運が高まった頃には、TVドラマ『チャーリーズ・エンジェル』(76~)が登場し、奔放なヒロインが大活躍して人気を博した。

 愛国心の強い若者を主人公にした『トップガン』(86)は東西冷戦下の産物。NYに犯罪が増加した時期に公開された『ゴースト/ニューヨークの幻』(90)、『心の旅』(91)では、主人公が暴漢に殺されたり、強盗事件に巻き込まれたりする。

 時系列がシャッフルされたオムニバス形式の『パルプ・フィクション』(94)を、ポストモダンの文脈で読み解くあたりは、思わず「座布団1枚!」と叫びたくなる。切れ味鋭い批評性とワクワクする知的興奮。それなりの偏差値の大学であれば、人気講義になること必至だ。

 ただ、一点だけ本作が失敗している点があるとすれば、「世界サブカルチャー史」というタイトルだ。

 日本で「サブカル」と聞くと、マンガやアニメ、ゲームやアイドルといったジャンルがまず浮かぶが、本シリーズで言うところの「サブカルチャー」はもっと範囲が広い。映画やポップミュージックほか、特定の政治・思想への傾倒も含む大衆トレンド全般にまで及ぶ。その広範さとアカデミックな手つきが、タイトルからはどうしても伝わってこない。

 しかも厳密に言えば、本作は「サブカルチャー史=サブカルチャーの歴史的変遷を語る内容」ではない。「サブカルチャーという視点から、各国の戦後大衆社会史を語る内容」だ。主語が微妙に違う。タイトルと内容が合っていない。もっと言えばタイトルで損をしている、わざわざ客を狭めている。
 それでなくても本作は「本放送はBSプレミアム」「配信なし」「パッケージ化なし」。超優良コンテンツにもかかわらず、人々の目に触れる機会が少なすぎる。端的にもったいない。

 本稿が掲載される頃には日本編の地上派再放送(30分版)が残すところあと4回だけ。せめて、それだけでも見てほしい。もし気に入ったら、アメリカ編やヨーロッパ編の地上波再放送の要望をNHKに出すべし。

《ジャーロ NO.90 2023 SEPTEMBER 掲載》


『世界サブカルチャー史 欲望の系譜』
2022年5月~/日本
NHK BSプレミアム、Eテレ等で再放送中。
放送予定は番組HPにて。

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稲田豊史さん近著


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