忘れられない恋物語 : 17歳だった僕が彼女と校舎の裏で聴いた浜田省吾さんの路地裏の少年

1979年、僕は高校2年生で17歳だった。
まだレコードとカセットテープの時代、今のように簡単に音楽をダウンロードしたりすることは出来なかった。
カーペンターズの Yesterday Once More の歌詞にも
あるように、ラジオから自分の好きな曲が流れるのを待って、カセットテープで録音していた。
僕たち高校生の男の子は、大きなラジカセで音楽を聴いていた。

僕が通っていた高校は男子校だった。
学園祭の行事のフォークダンスを、学園祭を見に来てくれている女の子を誘って踊らないと先輩に怒られた。
高校1年生の学園祭でフォークダンスが始まった時隣の女子校から見に来ていた同じ年の女の子に、
一緒に踊ってください、とお願いするとその女の子は、私でよかったら、と言って踊ってくれた。
そして、僕たちは付き合い始めた。

高校2年生の学園祭が近づいていた。
当時人気のあった大学生カップルを誕生させるテレビ番組が僕たちのクラスの催し物になった。
僕は彼女がいたので出演者にはならず裏方になった
そしてBGMの担当になった。
その日リハーサルのため、僕はラジカセを持って学校に行き、自分が選曲した曲を皆に聴いてもらった 
1曲だけボツになり、違う曲を探すことになった。

学園祭の催し物のリハーサルが終わり校舎から出て来ると校門の所で聡美が待っていた。
同級生達は気を使って、鈴原、また明日、と言って帰って行った。
「ユウキ、お疲れ様、ハンバーガー買って来たよ。
お腹空いたでしょ?」
「ありがとう。あの校舎の裏で食べよう。あそこは誰も来ないんだ。」

僕たちは校舎の壁に背をもたせかけて座った。
「ユウキの好きなテリヤキバーガーにした。ユウキはアイスコーヒーでいいよね?私はメロンジュースを買って来た。」
「ありがとう。いただきます。」
「大きなラジカセね。どうして男子は大きなラジカセを欲しがるの?」
「音がいいからだよ。」
「音って、そんなに大事? 私は音楽が聴ければそれでいいげどなぁ。」
「最近聴いている曲をかけてもいい?」
「またレッド ツェッペリン?それともクラプトン? 
私は洋楽ならクイーンがいいなぁ。」
「浜田省吾さんの路地裏の少年って曲だよ。」
「ユウキが日本の曲を聴くなんて、珍しい。
私、その曲、知らない。聴かせて。
ねえ、フライドポテトも食べて。」

僕は路地裏の少年をかけた。
僕も聡美もハンバーガーを食べながら黙って聴いていた。曲が終わると
「ユウキは、どうしてこの曲が好きなの?
ユウキはこの歌の主人公とは全然違うでしょ。」
「あれは俺16 遠い空を 憧れてた 路地裏で。
っていうところ。」
「ユウキは今、自分が路地裏にいると思ってるんだね・・」
そう言うと聡美は目に涙を浮かべた。

ハンバーガーを食べ終わり、聡美の家まで2人で歩いた。
「高校を卒業したら大学に行くんでしょ?
どうしてし、地元の大学じゃだめなの?どうして
東京の大学じゃなきゃダメなの?そんなに都会に
憧れる?」
「憧れもあるけど、いろんな世界を見てみたいんだよ。東京だけじゃなくて、日本中、そして、いつか海を超えてビートルズの国まで行きたい。」
「ユウキは、イギリスに行くのが夢なんだね。
私には、大きな夢なんてない。 それに、勉強が嫌いだから、大学にも行きたいと思わない。
高校を卒業したら就職して、お給料やボーナスで、お洋服をかったり、友達と美味しいものを食べたり、 
旅行に行ったりする。
私はユウキと毎日楽しく過ごせたらそれでいい。
ユウキ以外の男の人を知らなくても構わない。
ユウキ、卒業するまで私のこと嫌いにならないで。」 「ならないよ。」

聡美を家まで送ると、僕は大きなラジカセを肩にのせ、路地裏の少年を聴きながら歩いた。
この街にも聡美にも何の不満もなかった。
ただ、何処までも遠くに行ってみたかった。
そこに必ず何かが待っているとは限らない、でも、
そこに行ってみなければいられなかった。 
17歳だった僕は、その衝動だけは抑えきれなかった。
何かを失うことに何の抵抗もなかった。

卒業までの間、僕も聡美もそのことは何も話そうとしなかった。
卒業までの間に、出来るだけ多くの楽しい思い出を作ろうと思っていた。

僕は大学に合格した。
聡美は地元の大手機械メーカーに就職が決まった。

父が運転する、引越しの荷物を沢山のせた軽トラの助手席に乗って、僕は満開の桜のなか東京に向けて出発した。
家を出るとすぐ、歩道橋から手を振っている女の子が見えた。
聡美だった。

八王子に入ると、桜が葉桜になっていた。
何故か僕は心のなかで
聡美、東京は暖かいよ、もう葉桜になってるよ
と囁いた。
聡美がいなくなった、という喪失感で胸が苦しくなった。
僕は缶コーヒーを飲んで気持ちを静めた。

首都高に入り東京の街を見ていた。
遠くに新宿のビル群が見えた。
自分は路地裏から出た、と思った。
聡美、行ってくるよ。
僕は、心のなかでそう言った。
そして、路地裏の少年はもう聴かない、
と思った。












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