忘れられない恋物語 : 親友が失恋した理由 失恋は男のわがまま?

大学2年生の秋、親友のひとり片桐から僕のアパートの部屋に電話がかかって来た。
片桐は北海道から上京していた。北海道の方言をそのまま話し、それを直そうとはしなかった。
でもそれが片桐には似合っていた。身長が185cmあり、イケメンだった片桐は大学で女の子たちに人気があった。
同じ大学の文学部に通う1年生の礼子という奇麗な彼女がいた。
電話で、これから飲みに行こうと言った。
駅の北口に来てくれと言ったので、僕は向かった。

片桐は僕が来るのを待っていた。
「鈴原、旨い焼き鳥屋を見つけたんだぁ〜。」 
「そこに行こう。」

焼き鳥屋に入り、ビールで乾杯した。
僕は軟骨とレバーを塩で頼んだ。片桐は鶏皮とねぎまをタレで頼んだ。
「俺、東京に出て来て、焼き鳥が好きになったんだぁ、東京の焼き鳥は鶏肉を焼くべ。」
「そんなの当たり前だろ?」
「北海道は豚肉を串に刺して焼いた物を焼き鳥って言うんだ。」
「ホント? でもそれじゃ焼き鳥じゃなくて焼き豚だろう?」
「ホントなんだ。上京して鶏肉の焼き鳥を食ってみたら、なまらうめえべ。焼き鳥が気に入っちまって、旨い焼き鳥屋を探すようになったんだ。この店は先週見つけたんだ。」
 
運ばれて来た焼き鳥は美味しかった。
「鈴原、俺、礼子と別れたんだ。」
「どうして?」
「失恋したんだ。」
「どうして失恋したんだ?」
「俺が礼子に嫌われることばかりしたからだ。」
「どうして、そんなことしたんだ?」
「礼子と別れたかったからだ。」
片桐はポン酒(日本酒)に変えようと言って、
コップ酒を2つお店の人に頼んだ。
冷のコップ酒が来ると、片桐は話し始めた。

「女と別れる時は、男が失恋すべきだ、女に失恋させたら可哀想だ、と言う奴がいるべ。嘘だ。」
「嘘?」
「そうだ。失恋したら自分のことだけ考えていればいい、失恋させたら自分のことを考えながら、相手の女のことも心配しなくちゃならねえ。失恋の方が楽だ失恋は男のわがままだ。俺のこと軽蔑するか? 鈴原。」
「しないよ。」
「よく女が、あんな人だとは思わなかったって言うべ?その女の男は、その女と別れたいと思ってるんだ。俺には分かる。失恋したがってるんだべ。」

モツ煮とタコの刺し身が運ばれて来た。
僕はタコの刺し身を、片桐はモツ煮を先に食べた。
「鈴原、ユーミンの真珠のピアスって歌、知ってるか?」
「知ってるよ。背中に冷たいものが走る歌詞があるから。」
「どの歌詞だ?」
僕は、その部分を小さな声で口ずさんだ。

肩に顎をのせて 耳もとで囁くわ
私はずっと変わらない
背中に回す指の 力とはうらはらな
あなたの表情が見たい

「やっぱそこ、そう思うべ。 そんな風に女に思われるくれえなら、失恋した方がいいべ。」

片桐は、そう言ったままモツ煮を食べながら、黙って飲み続けていた。
そして、ポツリと言った。
「でもやっぱ、失恋は辛えべ。」
「そりゃそうだよ。飲もうぜ。」

その夜、その店が閉店するまで、僕は片桐と飲んでいた。









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