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牯嶺街少年殺人事件(1991🇹🇼)

原題: A BRIGHTER SUMMER DAY(1991、台湾、236分)
●脚本・監督:エドワード・ヤン
●出演:チャン・チェン、リサ・ヤン、ワン・チーザン

1959年と1960年の夏の台北を舞台としたエドワード・ヤン監督による約4時間もの大作。

これほどの長さだと映画鑑賞というより、映画体験という感覚が正しい。

『リリィ・シュシュのすべて』を観たときのような窒息するような苦しさというほどではなかったが、確かにこの映画の良さを味わうにはこの長さは必要だなというのは十分納得できる。

この長さでもいわゆるBGMはない。

劇中登場人物がレコードを流したり歌ったりする際はもちろん音楽は流れるが、それ以外は生活ノイズ以外は余計な音は聞こえない。

映画は留置場の壁を思わせるようなレンガを背景に誰かが電球を点けてタイトルバック、そして学校で教師と父親が二者面談をしているような場面から始まるが、扉越しの遠くから覗き込むようなフィックスショットで撮られている。

その後も主人公の小四が夜食を食べるシーン、保健室で小明と出会うシーン、映画スタジオで二人が会話するシーン他…扉越しから撮られているショットが非常に多い。

境界の向こう側とこちら側というのを強調しているようにも思える。

また夜間学校が舞台ということもあるが夜のシーンが多いのも特徴的。

そもそものオープニングも含め小四がスタジオから盗んだ懐中電灯だったりトイレの明かりだったり、暗闇を光で照らすモチーフが繰り返されている。

そして小四は近頃目を悪くし、劇中で何度か両親が眼鏡を買わないと、という会話をしている。

近視=遠くのものが見えず視野が狭いという暗喩だ。

不良グループ同士の抗争が着々と動き出していくが小四は正式にグループに所属しているわけではない。

カンニングに巻き込まれ評定も大きく減点されてしまう。

小明は母と二人、住み込み女中として働いていたが主人が病気となり貧しい親戚の家に身を寄せる。

居場所もなければ帰る場所もない。

そんな小明を捕えようとする小四には彼女のいる世界がどういうものなのか当然見えるわけがないし、それは小明にとっても同じことだろう。

「怖がらなくていい。僕は一生離れない君の友達だ。僕が守ってあげる」とか言いながら、映画帰りに別の子とキスしてる小四・・・どちらも思春期の彼にとっては真っ正直な言動なのであるが結局それが彼の世界の限界なのだ。

「私を騙さないでね」

とは小明の台詞。

小四も補導室で説教をされた際に父親を侮辱された怒りから先生をバットで殴りかかろうとし、退学処分。

彼も居場所をなくす。

そもそも家に自分の部屋がなく押入れだけが彼の居場所だった。

冒頭の字幕説明で台湾の外省人について触れているように、家=中国大陸、押入れ=台湾という暗喩もあるのかもしれない。

しかし小明との比較を考えると、自分の部屋さえない彼女に比べたらまだ彼のほうが恵まれている。

だんだんと「世界の獲得」がこの映画のテーマだということが見えてくる。

小馬の家で拳銃でふざけていると思わず銃を小四に向かって撃ってしまった小明。

小明によって殺されかけたが、死を乗り越えたというイニシエーション的な構図。

二人が初めて会った日、学校を抜け出して軍の演習場を眺めていた時も小四は撃たれて死んだふりをしていた。


昼間学校への編入試験に向けて勉強している中で、次第に小明の男関係が明らかになってくる。

小明の自然な演技を褒めていた映画監督に対して小四はこう言い放つ。

「自然だと?何も見抜けないで何が映画だよ。何撮ってんだよ」

しかし映画は虚構である。

本物らしく映れば、それでいいのだ。

この発言は見抜けなかった自分に向けたものだろうが、せめて映画という虚構の中に彼女の居場所を認めてあげられる気持ちがあれば結末は変わったのかもしれない。

オーディションを見に来てねという小明の誘いも結局小四は拒否している。

懐中電灯をスタジオに返し、小刀に持ち替えた。


ラストシーン。

「僕だけが君を救うことができる」と言った直後の出来事。

あれはたしか小猫王と「女の自殺用だぞ」と話していた小刀だった。

まったく衝動的な一瞬だったし前の発言とその後の行動がつながっていない。

銀杏BOYZは”駆け抜けて性春”の中でこんな風に歌った。

あなたがこの世界に一緒に生きてくれるのなら死んでもかまわない

前半と後半とでまるで矛盾した表現だが、混沌とした感情を”言葉”というデジタルなもので表すことができないのは思春期の少年にとってよくあることだ。

論理的一貫性のない言葉、それそのものが彼の心情を表している、という逆説的な真実。

英題の『A BRIGHTER SUMMER DAY』は劇中にも出てくるエルヴィス・プレスリーの"Are You Lonesome Tonight?"の中の一節から取られている。

そしてその歌には以下のような台詞の箇所がある。

I wonder if you're lonesome tonight
(今夜君は一人かな)
You know someone said that the world's a stage
(誰かが世界は舞台だって言ってた)
And each of us must play a part
(そしてみんながそれぞれの役を演じてるんだって)
Fate had me playing in love with you as my sweetheart
(君に恋をするのは運命だったんだ)
Act one was where we met
(第一幕、僕らは出会った)
I loved you at first glance
(君に一目ぼれをした)
You read your line so cleverly and never missed a cue
(君は完璧に台詞を言って完璧な演技をした)
Then came act two, you seemed to changed, you acted strange
(第二幕、君は変わった、何かがおかしかった)
And why I've never know
(なんでなのかわからない)
Honey, you lied when you said you loved me
(ハニー、僕のことを好きだと言ったのは嘘だったんだよね)
And I had no cause to doubt you
(君を疑うことはない)
But I'd rather go on hearing your lies
Than to go on living without you
(でも君を失いたくないから、その嘘をただ聞いていたんだ)
Now the stage is bare and I'm standing there
With emptiness all around
(舞台は終わり、僕は立っている。からっぽのままで)
And if you won't come back to me
Then they can bring the curtain down
(戻ってくる気がないなら、もう幕を下ろそう)


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