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戦争はいやだ!早く終わって欲しい!!

戦争はいやだ!!早く終わって欲しい!・・・
それなのに、「この声が届かない」のは、なぜなんだ!!!
打算も、駆け引きも、野心も、思惑もあるだろう・・・
でも、やっちゃだめなんだ・・・
このまま行ったら、人類が滅ぶ!  地球がなくなる・・・

ロシアによる「ウクライナ侵略戦争」が終わる気配がない

私たちの願いもむなしく「戦争が終わる」気配がありません。
このまま行ったら、この世界はどうなってしまうのでしょうか?
黒海沿岸が、攻防の中心地です。
そして、ソチでオリンピックが行われ、世界の関心をオリンピックに集めている間に、ロシア軍がクレミア半島を占拠してしまいましたね。

私は、クレミア半島のはずれにある「ヤルタ」にいったことがあります。
日本人には「ヤルタ会議」で馴染みがあります。
現在の日本の基本を作った会議ですから・・・北方領土問題などです。
黒海に突き出した狭いリゾート地ですが、静かできれいな街でした。
が、ここが戦場になっているなんて、とても信じられません・・・・

     ロシアにとって、黒海は重要なところ

2014年、ウクライナ領のクリミア半島が突如独立を宣言し「クリミア共和国」樹立を宣言しました。
そして翌日、自ら望む形でロシアに併合されます。
当然ながらウクライナはこの独立・併合に異議を唱え、国際社会もロシアを強く非難しますが、現在にいたるまでロシアが実効支配を続けています

クリミアは、高緯度地域に珍しい「不凍港」だから重要なのです。
ロシアにとって、クリミアは海水浴をしても顔が凍りつかない珍しい場所で、当初は別荘地として使われました。が、次第に軍用港としての重要性が高まっていきます。

第2次世界大戦の独ソ戦で、クリミアは一度ナチスに占領されます。
枢軸国が敗戦すると、クリミアはスターリンの手に渡ることになります
その後、スターリンは、半島内でのロシア勢力を強化し、自分の意のままに操れるよう地盤固めを行ったのです。

クリミア半島は黒海に面し、ロシアの南部海岸に接しています。
黒海艦隊の母港もあり、軍事的な戦略的拠点なのです。

クリミア半島を囲む珍しい「凍らない海」

クリミアは、落雷で炎上する海に囲まれています。
海底の不毛帯から可燃性の有毒ガスが湧き出しているためで、
この地政学的特徴が、何世紀にもわたる「征服されては支配者が変わる」クリミアの歴史を形成しています。

18世紀後半から19世紀初頭にかけて、ロシア帝国は、クリミア半島を「オスマン帝国」から征服し、その支配を確立したからです。

クリミア半島にはロシア人、ウクライナ人、タタール人などさまざまな民族が暮らしています。特にロシア系住民が多く住むセヴァストポリやその周辺地域は、ロシアにとって重要な文化的拠点となっています。

      ロシアの南下政策は歴史的ポイントです

ロシアは物資の輸出入でも「凍らない港」が必要なので、歴史的に「南下政策」をとりました。
黒海への出口を求めて、クリミア半島に触手を伸ばしたのは、地政学的に当然なことです。いまもなお・・・。


まず、18世紀前半に、ピョートル大帝はアゾフ海に進出を試みますが、「オスマン帝国」に押し戻されます。当時、オスマンは強かったです。

18世紀後半になると、今度はエカチェリーナ女帝がクリミア半島に進出を試みますが、やはり失敗します。
  
そして、19世紀になって、クリミア戦争(1853~56)を起こしますが、イギリス・フランス等の支援を受けたオスマン帝国に撃退されます。

1877年、態勢を立て直したアレクサンドル2世は、露土戦争を起こし、
弱体化したオスマン帝国と戦います。
勝利を得たロシアは、1878年に「サン=ステファノ条約」でスラブ系国家を独立させ、ブルガリアの自治権獲得など有利な条件を獲得します。
この条約で、ルーマニア・セルビア・モンテネグロの3国が独立しました。

しかし、これを快く思わないイギリス・オーストリアはロシアを妨害します
そこでドイツのビスマルクベルリン会議を開きます。この「ベルリン条約」で、ロシアは譲歩を迫られ南下政策がうまくいきません。

しかし、プーチンは、2014年、ウクライナ領のクリミア半島が突如独立を宣言し、「クリミア共和国」樹立を宣言させます。
そして翌日、自ら望む形でロシアに併合されます。
ここが現在、プーチンが主張する根拠になります。
「クリミアが、自ら望んでロシアに併合された」というのです。

 クリミア戦争で、敵味方なく介護し、のちの国際赤十字社のもとを築いた女性は「ナイチンゲール」でしたね。

<チョット寄り道> ヤルタ会談が日本に及ぼした影響

私は、保養地のヤルタに滞在したことがあります。チェーホフの『犬をつてた奥さん』という短編小説を真似たのですが、とても洒落た街でした。
私の本音は「ヤルタ会談」が行われた宮殿に行ってみたかったのです。

会議が開かれたところは、ヤルタの街から離れたところでした。
世界の首脳が集まるところは、どこでも「不審者が侵入できない辺地」ですね。事故防止のためですね。

ヤルタ会議は、1945年1月、アメリカ・イギリス・ソ連の主要3か国首脳が、第二次世界大戦後の処理について協議し、取り決めた内容ですから、戦後の日本に大きな影響を残しました。

その実際の重さは、アメリカとソ連の間に「ヤルタ秘密協定」にありました。ソ連の対日参戦・千島列島・樺太・北方領土問題があったのです。
現在も、私たちが納得しない、解決ができていないことばかりです。

      早急に、戦争をやめて欲しい

どんな理由があるにしても。「人殺しはダメです」「戦争はいけません」。
全てを「戦争より外交」で解決してもらいたいです。
罪もない子どもが殺される。文化遺産が破壊される・・・。
権力を握ったものが、気に入らない人を暗殺するのは理不尽です。

プーチンの盟友であるモスクワ総主教の「キリル1世」は、ウクライナ侵攻を支持して、民衆を洗脳しているといわれます。
キリスト・イエスは「贖罪の血」を流したではありませんか!


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