天職に励み哲学者を目指す

天職に励み哲学者を目指す
 “シーチン”修一
【雀庵の「大戦序章」284/通算715  2024(令和6)年4/9/火】旧暦3月1日、我が屋上庭園も黄色の菜の花が美しい。♪菜の花畠に 入り日薄れ 見わたす山の端 霞ふかし 春風そよふく 空を見れば 夕月かかりて におい淡し(朧(おぼろ)月夜、1914/大正3年)。新緑の季節、春は良いものだ。4月7日は孫娘が高校進学、孫息子が中学進学で、カミサンが張り切って大パーティ。「彩りちらし寿司」も美味しく、美しく出来上がった。この平和を守り抜かなければならない。

ところでJリーグ初代チェアマン・川淵三郎氏とは何者か? 小生は海外旅行を促進するのが仕事だったから、「スポーツ観戦で海外へ行こう」と煽るものの、自身では「スポーツは自らやるものであり、見るのは二の次、三の次」と思っていたので、小生は「川淵三郎」という名を初めて知った。氏の産経2024/4/7「守るべき日本の国民性」を読んで、「どんな分野でも武士道精神を良しとする大和男児はいるのだ!」と大いに力づけられた。以下転載する。

<最近のマスコミ報道を見ていると、政治や事件でも日本のネガティブな部分ばかりがクローズアップされるが、日本には世界に誇れるものがたくさんある。最たるものの一つが、日本人の国民性だ。朴訥(ぼくとつ)で親切、互いを信頼して助け合う。犯罪も少ない。多くの国民にこうした美徳が共通して備わっている国は世界的にも珍しい。

2002年に日韓で共催したサッカーのワールドカップ(W杯)は、日本の国民性を広く世界に知らしめるとともに驚かせもした。外国人サポーターがバスの料金支払いに困っていれば、そっと小銭を差し出す。コインランドリーの利用方法が分からなければ付きっ切りで教える。日本以外では考えにくい、思わずほほ笑んでしまうような美談は枚挙にいとまがない。
あのとき、海外から来る粗暴なサポーター集団「フーリガン」のトラブルも心配されたが、実際にはほとんどなかった。警察当局などの努力があったのだろうが、私は、フーリガンも日本人の国民性に接し、迷惑を顧みずに暴れるばかばかしさに気付いたのではないかと思っている。日本人の国民性はそれほどまでに世界の人々の心を動かした。

しかし、今の日本社会はどこか自信を失ったかのように全体的に萎縮し、何事も些末(さまつ)な議論に陥るばかりだ。例えば、少子高齢化問題。人口減少という危機を前に、労働力対策などとして移民を受け入れる動きがあるが、安易な移民政策は国民性の変質を招く恐れがある。移民一人一人が悪いわけではないが、日本人の国民性は島国という環境下で長い時間をかけ育まれたもの。それを守ろうという議論がないのはおかしい。

やはり犯罪が少ないことで知られたドイツも、今や移民政策ですっかり変わった。最近は極右の台頭が問題になっているが、これも移民で社会が不安定になった結果なのだ。

少子化対策で大事なのは、いかに子供を育てたいと思う社会にするかだと思う。日本の政治は何万円レベルで手当を増やすとか小手先の政策ばかりを打ち出すが、例えば、3人目の子供を産んだら国から1千万円を支給するといった思い切った策が打ち出せないものだろうか。これで子供が10万人増えたとして1兆円。数え上げればきりがない税金の無駄遣いを考えれば、安いものなのに。一方で、自民党の派閥事件では数年で何億円が裏金になっていたなどと騒いでいる。腹立たしい事件だが、こんな話でいつまで右往左往するのだろう。

未来を悲観するだけでは仕方がない。少子化で人口8千万人社会が来るなら、そのときどういう社会を目指すか。日本人は知恵と工夫で明るい未来を切り拓(ひら)くべきなのだ。[川淵三郎 かわぶち・さぶろう 昭和11/1936年生まれ(87歳)。日本トップリーグ連携機構会長]>(以上)

どんな職業についても「天から授かった仕事」、天職として一所懸命に上、一流を目指すと「哲学者」になるようだ。一流の職人は、たとえ難しいことは言わなくてもいずれもキリリとして哲学者の風情がある。置かれた場所で見事に咲いている。いいなあ、俺も哲学者になりたい、と、このところすっかりペンキ職人風になった小生は思っている。そろそろ背中からオーラが出ても良さそうだが・・・まだ初心者だから駄目か?

産経には哲学者風の記者が多いようだ。内外の政治や文学、芸術などの分野以外、例えばスポーツや経済分野でもでスゴイ記者がいる。スポーツ音痴の小生でも別府育郎記者の論稿はいつも読んで感動している。インテリ向けの産経には優れた記事が多いとは言え、「感動させる論稿」となると別府記者は群を抜いているよう。天によって置かれた場所で太陽のように燃え盛っている感じ。温かく、勇気を与える記事・・・その一方で小生は敵を罵倒し、汝怒りをもて報いよ、と憎悪を高める記事・・・かなり格が落ちるが、ま、どぶ掃除は誰かがやらざるを得ないのだから晩年の小生の天命と思うことにしよう。

先日、産経の連載で「ダイソー」創業者の天命&努力を知り感動した話を書いたが、担当記者の経済部・田辺裕晶氏が以下の「『100円の男』に教えられたこと」を書いている(2024/4/7)。
<100円ショップ「ダイソー」を創業した矢野博丈さんが2月12日に急逝した。弊紙で昨年4月から連載した「『100円の男』の哲学」の担当者として毎月お話をうかがっていただけに、死去の知らせを受けて言葉が出なかった。

連載は矢野さんが経営者として培った数々の「名言」を一つずつ採り上げ、言葉の背景や込められた思いを語る体裁だった。当然、毎回お題を決めて質問をするのだが、矢野さんは二言三言答えると話が脇道にそれ、天衣無縫に“雑談”が始まる。これでは話がまとまらないと困っていると「もう終わった? じゃあ飲みに行こうか」と腰を浮かせるので、いやもう一問と押しとどめるのが常だった。
でも、戻ってレコーダーを起こすと、その“雑談”の中に珠玉の言葉がちりばめられ、いつもうならされた。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた戦後復興の成功体験が、日本人をいかに弱くしてしまったのか。バブル崩壊後も夢を見たまま無為に30年が過ぎ、いつしか日本は、かつて見下していた新興・途上国にも追い抜かれ貧しい国になった。いま頑張らなくて、どうするのか?―と。目先の記事をどう書こうかで頭がいっぱいな若造に、優しく、時に厳しく、かつてない混迷の時代を生きる心構えを説いてくれた。

一昨年末に「メニエール病」という三半規管の病におかされた私にとって、この連載は、気を抜けばすぐにめまいで動けなくなるダメな身体をいかに制御して生きていけばいいかという試行錯誤と背中合わせだった。日々の食生活はもちろん天候や気圧、月の満ち欠けすら影響するやっかいな病に落ち込む私に対し、矢野さんは「焦らなくていい。誰しも我慢しなきゃならんときがある。ゆっくりと、できることをすればいい」と、常に気にかけて、励ましてくれた。

2月12日は建国記念の日の振り替え休日だった。3月末で終わる連載の最後の取材が、数日後に迫っていた。夕暮れに近所を散歩しながら、私は矢野さんとの出会いでどれだけ救われたか、改めて礼を言いたいと考えていた。「ありがとう、ありがとう。矢野さん感謝します」と。ふと、頭上から矢野さんが見ているような不思議な感じがした。お星さまでもあるまいしと苦笑いしたが、虫の知らせがあったのだろうか。そのころ既に、亡くなっていたと知らされたのは、しばらくたってのことだ>(以上)

良き論者は「生きよ、世のため人のために努めよ、それが君を強くする」と教えてくれる。天に置かれた場所で一所懸命に生きよ、それが君の人生を有意義にする、ということでもあるだろう。腰痛もあって小生の気力、体力は劣化するばかりだが、それなりに努めていけば「悔いのない人生、大往生」となるかもしれない。深夜に水を飲ませた母の最期の言葉は「ああ、美味しい」だった。そんな風に逝きたいが・・・ま、悔い改めたと言っても前科者、一所懸命に働いたとはいえ大酒吞みの浮気者、野垂れ死に相当か。いずれにしても最期まで天職として営繕やら物書きは続けたいものである。ま、天命次第だが・・・
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