使用人・巴芽依の言い分

「随分と多くの死人が出て事態は混沌としましたが、原点に立ち返れば簡単なことだったんですよ」

 風吹き荒ぶ崖の上。
 館の生存者たち全員を前にある男がそう言った。

「まず、根津尊さんの件。犯人は、あなたですね、巴芽依さん」

 びしり、と男は芽依を指差す。

「仰る意味がわかりません」

 一方、指された芽依はといえば、驚いたような表情を一瞬浮かべた後にすぐにいつも通りの落ち着いた様子で淡々と答えた。

「なぜ、私だとお考えなのですか」
「しらを切りますか。いいでしょう」

 では何からお話しましょうか。
 そう口ずさむ彼は、さながらドラマのような状況に高揚しているのか、口の端を持ち上げてもったいぶってみせる。

「根津さんがダイイングメッセージを残していたことは貴女もご存知ですね」
「ええ、あのインターネットエクスプローラーのロゴのようなものですね」
「はい、そのインターネットエクスプローラーのロゴのようなものです。インターネットエクスプローラーにあんまり似ているものだから、一見小文字のeのように見えますが、おそらくあのダイイングメッセージがただの小文字のeではなく、インターネットエクスプローラーに似ていると感じる理由の一つとして、おかしな線があるところがあげられるでしょう。そう、インターネットエクスプローラーのあの黄色い部分のような線です」

 滔々と語る男を芽依は冷めた目でじっと見ている。

「根津さんは毒殺されました。即死でなかった彼はひどく苦しみながら亡くなった。せめて最期に貴女を告発しようと字を書いた手も震えていたことでしょう。それであれば、巴と書こうとした指が震え滑ってインターネットエクスプローラーのロゴのような字になったとしてもおかしくはありません」
「根津様が何を思って書いたのか、あるいは、そもそもあのメッセージは本当に根津様が書いたものなのか、私にはわかりかねます」
「根津さんの指にはあのメッセージと同じ血がついていました。おそらくは根津さんが吐き出した血でしょう。たしかに、根津さんが書いたとは言い切れませんが、あの部屋は施錠されており、根津さんが持っていた鍵は部屋の中にありました。根津さんの死体が発見されたとき、部屋の鍵を開けたのは巴さんでしたね」

 はい、と芽依は頷く。

「根津様が時間になってもいらっしゃらないので、お部屋を訪ね、ノックをして声も掛けましたがお返事がありませんでした。合鍵で開けたところ、もうお亡くなりになっていました」
「合鍵というのは、ひとつだけですか?」
「旦那様も一通りの鍵をお持ちのはずです」
「なるほど。でも、誰でも持てるものではないものですね」
「はい。お客様方のプライバシーに関わることですので。あの時のような緊急時にのみ使用人も使うことができるようになっています」

 芽依の答えに、男はまたにんまりと口の端を吊り上げる。

「では、少なくとも、招待客があの密室を作り上げるのは難しいということになります。つまり、犯人は館の人間。使用人なのです」
「お言葉ですが、使用人は私の他にもおります。それなのに、なぜ私だと仰るのですか」
「館の使用人の中で、根津さんを殺す動機があるのは貴女だけだからですよ、巴さん」

 さらり、と髪を揺らし、芽依が首を傾ける。

「根津様がこの館にいらっしゃるまで、私は根津様とは面識がありませんでした」
「ええ、面識はそうでしょう。でも、貴女は根津さんを知っていた」

 芽依は表情を変えることなく、否定も肯定もしない。

「勝手ながら調べさせていただきました。たしかに、貴女と根津さんの接点を示すものは出てきませんでした。あるひとつを除いては、ね」

 芽依の沈黙を肯定と捉えたのだろう。男はどこか自慢げにこつこつと靴音を鳴らしながら歩き回る。

「貴女はクロームユーザーだそうですね。たしかに、貴女の使うパソコンのクロームやインターネットエクスプローラー、マイクロソフトエッジのいずれの履歴からも根津さんとの関係性を伺える履歴はありませんでした。ファイアフォックスに至ってはパソコン上に存在すらしない。ですが、いくらシークレットブラウザを使って検索履歴や閲歴履歴を残さずに消したところで、サーバーに履歴が残る。そこからね、見つかってしまったんですよ。貴女が根津さんについて調べていた痕跡がね」
「……根津様は、旦那様のお客様です。使用人として、失礼のないように、最低限のことを調べていたとしてもおかしくはないのではないでしょうか」

 声色も表情も変わらないように見えるが、よく観察すれば言葉を発する前に唾を飲み込んだのを見逃さなかっただろう。

「なにも後ろめたいことがないのだとしたら、履歴を残さない工作も必要ありませんよ。ですが、貴女の言い分が正しいとするなら、貴女はその時知ってしまったのではありませんか」

 ーーそう、彼こそが貴女のお母さんとかつて関係を持ち、そして、貴女のお母さんを死に追いやるほど思い詰めさせた人物だったということを。

 男のその言葉を聞いて、芽依は奥歯を噛み締める。

「貴女は長年その人物を恨んでいたことでしょう。それこそ、出会うことがあれば殺害することすら考えるほどに。そこに、ちょうどよく彼が現れた。貴女にとっては千載一遇の復讐の機会です」

 芽依は一度目を伏せ、そして上げる。その瞳はどこか覚悟を決めたような危うい色ながらも涼やかに凪いでいた。

「私はこの館の使用人として、この度はお客様のお世話も多少任されてはおりましたが、本来ならば主にお掃除を任されております。そして、掃除の際にはできるだけ、塵ひとつ残さないよう丁寧な仕事をと仰せつかっています」

 淡々と語る芽依の唐突な言葉に、男は首を傾げた。

「もちろん、虫やネズミが館にいるなどもってのほかです。ですから、害獣駆除も私の仕事のうちに入ります。たしかに私は見かけたネズミの駆除を行いましたが、それは殺人とは関係ございません。私は殺人など犯してはおりません」
「それは、貴女にとって根津さんなど人間ではないと。ネズミだと、そういうことですか?」
「それは貴方様の解釈に過ぎません。私は殺人を犯してはおりません」

 揺らぐことのない芽依の態度に男が溜息をついた頃、頭上からばらばらと轟音が響き、立っているのがやっとなほどの風圧が崖の上を襲う。

「警察が到着したようです。貴女の言い分が通るかどうか、彼らに見極めてもらうのがいいでしょう」

 轟音に負けじと張り上げられる男の声に、芽依の口元が僅かに弧を描いた。


このSSは『ストリテラ オモテとウラのRPG』のシナリオ『犯人たちの弁明』のプレイ後、フラグポイント獲得で罪を逃れた自PCがもし追求されていたら、というIFルートを描いたものです。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・ブラウザとは一切関係ありません。

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