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No. 7 英語教育とidentityについて⑥【agencyを発揮した英語学習・教育の可能性】

はじめに

identityとは、社会生活を営む中で自分で表現したり周囲の環境で決められていったりしながら、変動していくダイナミックなものであるということを述べてきました。今回は、その自己決定の中で重要になるコンセプト、agency「動作主性」について簡単にまとめます。

agencyとは

Duff (2012)の定義を使ってこのコンセプトを紹介します。これを引用しない人はいないというくらいメジャーな定義となっています。では、見てみましょう。

“people’s ability to make choices, take control, self-regulate, and thereby pursue their goals as individuals leading, potentially, to personal or social transformation” (p. 417).
(agencyとは、)人々が選択したり、コントロールしたり、自己調整したり、それによって個人としてのゴールを追求する能力のこと。そしてそれは、個人や社会の変容につながりうるものである

比較的理解しやすいものであったのではないでしょうか?とはいえ、まだスッキリしていないかもしれないので、今っぽい、ありそうなケースに当てはめて、agencyを考えていきましょう。

将来Youtuberになりたいという高校生Aがいます。でも親は賛成してくれません。

Aは何で賛成してくれないのか考え、親が反対する本当の理由は、「学業を疎かにし、将来安定した職業に就くチャンスを失うこと」を懸念しているのだと気づきます。

そこでAは、学業にもしっかりと励み、その傍らでYoutuberになるために必要なスキルを磨くことにします。結局Aは、大学に行きながらYoutuberとして活動することになります。

やがて親も理解を示し、Aはやりたいことだけでなくやるべきことも頑張るのが大切だと気づくようになります。

そして社会的にも、Youtuberという存在が以前よりも受け入れられるようになっていきました。

どうでしょうか。ここでAは、「Youtuberになる」という「ゴール」を設定し、自分の生き方を「選択」しています。その中では親との衝突がありますが、様々なことを「コントロール」しながら「自己調整」していきます。そして結果的には、A自身もこの一連の経験から考え方が「変容」し、親や周囲の目も「変容」しています。これが、人々が持っているagencyのパワーです。

皆さんも多かれ少なかれ、このようにagencyを発揮した経験があると思います。つまり、人は皆agencyを持っているのです。
ですが、英語学習・教育のことになると、agencyを発揮しているでしょうか?もしかすると多くの人が、以下のようになっているかもしません。

<学習者>

  • 「ネイティブのような発音じゃないから恥ずかしいなあ。」

  • 「この文法はこう決まっているからあの文は間違っている。」

  • 「この教材やったら大丈夫。あの先生がこれがいいっていったもん。」

<教育者>

  • 「あの子、発音がネイティブっぽくて綺麗なのよね。英語頑張ってるな。」

  • 「この子、帰国子女なのに文法全然できない。これじゃあいくら話せてもダメだな。」

  • 「いいかお前ら、この教材は最低でも3周はするんだぞ!」

ステレオタイプも入っているとは思いますが、これらの例は私が教育現場で実際に聞いたようなことです。教育者はある意味agencyを発揮した結果かもしれませんが、それが個人(自分や生徒)や社会の変容につながるかというと、そうではないように思われます。また、この教育者も、実は自分が教わった先生が言っていたことを伝えているだけで、agencyを発揮していないという可能性もあります。
このように、英語学習・教育のことになると、「英語」という言語を絶対視してしまい、まるで「言いなり」であるかのように受け身になってしまうことがあります。agencyはどこにいったのでしょうか。また、反対に、もしagencyが発揮できたとしたらどのようなことが起きうるのでしょうか。


おわりに:学習者がagencyを発揮した

英語学習・教育の可能性

英語学習において学習者がagencyを発揮すると、以下のようなことが起きる可能性があります。

私は小さい頃、英語が大嫌いだった。なぜなら、発音が悪いと先生には怒られるし、アメリカ人みたいに陽気に話さないといけないのも面倒くさいから。
私は高校生になったけど、先生たちはいつも、「文法は大事だ」「この教材は絶対やれ」なんて言ってる。でも私は英語がそれなりに話せるし、洋書だってある程度読めるし、これからも洋画や洋書、会話活動を中心に学んでいきたいな。
かと言って、授業をサボるわけにもいかないし、先生が言っていることも一理あるから、ちゃんと文法も学びつつ、先生が言っていた教材もやって、基礎固めもしておこうかな。
でもやっぱり、このグローバル時代、ネイティブのようにならなきゃいけないわけでもないと思うから、発音は伝わる程度でいいし、英語に訳せない日本語はそのまま日本語で言いたいと思う。だからなんでもかんでも先生の言う通りにしないようにしよう。将来的には、私のように「日本人英語話者」としての自分が好きな人が増えて、「Japanese English」が通用するような世の中になるといいなあ。

<2XXX年>
(英語を母語とする人)

「日本の人の英語ってユニークでなんかいいよね!otsukareとか、私も私の友達も使っているわよ!みんな堂々としているし、気遣いやomotenashiもあるし、私はとても好きね!」
(英語の先生)
「発音も文法も、会話する相手が困らない程度に、思いやりを持って学ぶようにしような!テストのためもいいけど、世界中の人が繋がってハッピーになれるように、第二言語を学んでいこう!ネイティブっぽくなくても完璧じゃなくても、英語コンプレックスなんて感じなくていいんだよ。
みんながどうやって英語を学んでいきたいか、オレに教えてくれないかな。
…なるほど、だとしたらこういう教材・勉強法もありかもしれないね。もちろんこのやり方もいいけど、君はどう思う?」

いささかフィクションのようなところはあるにせよ、agencyを発揮するとこのような未来が待っているかもしれません。皆が持っているagencyを活用できる英語学習・教育が理想的な気がしますね。

英語学習者のみなさま

英語学習になると、agencyを発揮させてもらえていなかったり、自分で制御してしまっているかもしれませんが、本来みんな持っています。自分がどうなりたいか、どんなところで活躍したいかを考え、自己投資するつもりで英語学習に励んでいきましょう!

英語教育者のみなさま

教育者の皆さまも、いろいろな理由でagencyを発揮できないことはあると思います(私も現場で常々感じております)。ですが、私たちのagencyで社会が変わっていくかもしれないので、どうにかして発揮していければと思います。一ついえるのは、ことばは絶対的なものではなく、変容していくものだということです。ことば自体が変わっていくのなら、教え方やそれに対する考え方も変えていかないといけません。自分自身をアップデートし続けて、生徒も教育者もagencyを発揮できるように努めていきましょう。

参考文献

Duff, P. (2012). Identity, agency, and second language acquisition. In S. M. Gass & A. Mackey (Eds.), The Routledge handbook of second language acquisition (pp. 410–426). Routledge.

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