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珍しい名前を付けられて25年、ネタにして生きてるけども

私のファーストネームはとても珍しい。
25年間の人生で、同じ名前の人に会ったことがない。
(友達の友達にいるらしいって一度聞いたことがあるくらい)

あんまり珍しいからもちろん公開なんてしないんだけど、珍しさ同レベルだなって思った芸能人は、ドランクドラゴンの塚地。
Netflixの『トークサバイバー』ってバラエティ番組で、自分の名前をネタにしてたんだけど、ファーストネームは「武雅」っていうらしい。
『トークサバイバー』で自分の名前に対して「やりすぎじゃない?」って苦言を呈して、彼は笑いを取っていた。
それを観た私は、塚地を通じて私を見た。
私も名前をネタにしてきた人生だったから。

ざっくり辛かったことを羅列してみる

・「珍しい名前ですね!」って初対面の人に名乗ると97%くらい言われる

・電話の予約で名乗ったときに何度「すみません、もう一度よろしいでしょうか?」って8割の確率で言われる

・救急車に乗ったことが何度かあるけど、毎回救急隊員は、搬送要請の電話で自分の名前を伝えるのに苦戦している

・中学の同級生に「わぁ、DQNネームの人初めて見た!」って言われた

・中学時代トイレの個室に入ってたら、聞こえてきた噂話で同級生が私のことを「あの変な名前の子ね」と言っていて、しんどすぎて授業さぼって家帰った

徐々に名前をネタにするようになった

人間というのは環境に適応するようにできているようで、徐々に自分の名前をネタにするようになった。
小学校の時は引っ込み思案な方だったので、「珍しい名前ですね!」に対してモジモジしておしまいだった。
けど私立の女子中に進学して、環境が完全に変わった私には社交性が必要だった。
その頃から、私は名前をネタにして消化し始めて、今も続けている。
「珍しい名前でしょ?名前強すぎて、苗字誰も覚えてくれないんだよね!こんな名前つけるから親の職業○○だと思うじゃん?実は△△なんだよ!こんな名前つけるのに母親の名前よし子(仮)なんだよ?マジウケるよね」的な。

あと大学生のインターンとか就活の時は開き直って、自己紹介の時は「アイドルの自己紹介」的なノリでやっていた。
「○○という珍しい名前ですが、~な由来で母につけてもらった大切な名前です!」っていう言葉を何十回も、元気に明るく繰り返していた。
でも本当は「大切な名前」だからなんかじゃなくて、「珍しい名前ですね!」から自分を守るためだった。

その言葉は毎回私の心臓を、間違いなくえぐってる。
相手に悪意がないのは分かるんだけど、心が疲れていればいるほど「お前は普通じゃない」って言われているような感覚になる。
私はずっと普通に憧れている。
女子校の中学の同級生に6人もいた「りさちゃん」、全員羨ましい。

きっと珍しい名前を付ける親は、「唯一の何か」を与えたいんだと思うけど、それは子供が生きていく上で自分で見つけていくものだと思う。
母には感謝はしているし大好きな大切な存在だけど、でも珍しい名前へのモヤモヤはきっと死ぬまで続くんだろうな。

まとめ+提言的な何か

毎日初対面の人から「珍しい名前ですね!」が来るって覚悟しながら生きている。
明日から死ぬ日まで、あと何回、私は笑顔で「そうなんですよ~珍しいってよく言われるんです!」って言うんだろう。

これを読んだ人、もし珍しい名前の人が目の前に居たら「珍しい名前ですね!」って言わないであげて欲しい。
どうしても言いたかったら、せめて「素敵な名前ですね」とかにして。
あ~でも、その言われた人は、もしかしたら私と違って名前のユニークさを気にしてないかもしれないか。
だけど、もしかしたらその相手って私かもしれないから笑

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