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小説 フィリピン“日本兵探し” (10)

「さっきの大立ち回り、カメラ回しとけば良かったね、タカシさん。剣道八段もさすがやったし、元兵長の銃さばきもすごかったよ」、2人の老人が銃に手にしたジュンを倒す瞬間を振り返り、カトゥバロガンへ戻る車中、マサは上機嫌だった。

日本兵の情報については、日本兵と接触しているというアウアウがいなくても、その場所に向かう途中の、ジャングルの大きな3本のマングローブがある場所も、小川の上流の滝の場所も、サミエルの部下が知っているとアキラがマサに大立ち回りの最中に、耳打ちしていた。

マサは、共産ゲリラを警戒していた。明後日まで待つと、ミンダナオ島など他の地域から応援部隊がサマール島のジュンのところに集まる可能性があると予想できたからだ。
「俺たちがジャングルに行くなら、明後日ではなく明日やね」とマサ。
「ジュンが尾行を付けて、どこかで襲ってきたりしないですかね?」とタカシ。
「ジュンさんに黙って行ったらダメですよ。私たち、殺されますよ」とハルミは怯えていた。
結論は、まさか銃撃戦にはならないだろうという楽観的なものに落ち着き、ジャングル入りは翌日決行となった。

その夜、月は明るかった。外で飲む生温かなビール。タカシはニュースの予定稿に、日本兵発見の場所を「サマール島の北西部に位置するカルバヨグという街の近くにあるジャングル内」と書き加えた。日本兵が55年もの間潜んでいた洞窟や水辺とはどのような場所なのか。近くに食料を調達できる場所はあるのか。まだ見ぬ日本兵の姿に思いを馳せ、様々な想像を巡らせた。早く寝て明日への鋭気を養おうと、タカシはビールを1本に止め、ホテルの部屋に戻り、ベッドに入った。「取材ターゲットは、すぐそばにいる」、そう思うと、失敗できないという緊張感とスクープを目の前にした興奮が同時に襲ってくる。なかなか眠れそうになかった。

翌朝8時、タカシやマサ一行と、サミエルら自警団、そしてハルミとアキラ合計9名は、カルバヨグ近くのジャングルにジプニーで乗り付け、中を徒歩で進んでいた。熱帯で育った木々が太陽を遮る。薄暗いジャングル。道を知っている者がいなければ、迷うのは確実だろう。

ジャングルに入って約2キロ。ジェイジェイが言っていた目印になる大きな3本のマングローブが見えてきた。
「この近くに川があるっち言いよったね、アウアウちゃんは」と軽妙な口調のマサ。
「アウアウじゃなくて、ジェイジェイでしょ」と慎重なタカシ。
小川の音。小さな川を見つけた。
川登りになることを想定し、タカシやマサたちは長靴を履いてきていた。他はサンダル履きである。川といっても、足が浸かる程度の深さだ。一行は登っていく。

タカシは要所要所を日本兵捜索のシーンとしてカメラに納めていき、マサにカメラを持ってもらって、自分のリポートも撮影しながら歩いた。
「ジャングルに入って1時間ほど歩きました。日本兵と接触しているという若者が目印にしているマングローブの地点です。さらに奥へ進むと日本兵がいるという場所に着くはずです」などとリポートするタカシ。
「タカシさん大変やね。特ダネば取るんやけ、ジャングル歩きの苦労ぐらいせんといかんやろうね」とマサ。
「そんな欲ばっかりで取材しているみたいに言わないでくださいよ」とタカシ。
それぞれが、息を荒くして歩きながらも興奮した表情をしていた。一行は着実に目的地の滝に近づきつつあった。

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