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小説 フィリピン“日本兵探し” (9)

サミエルたち自警団3人が一斉に銃を抜き、構えた。共産ゲリラのジュンが腰の銃に手を掛けたため、反射的に体が反応したのだ。

フィリピン政府と連携を取る自警団にとって、共産ゲリラは敵勢力だ。フィリピンの共産主義勢力は、第二次世界大戦中には日本軍と戦い、日本敗戦後も、米軍と独立後のフィリピン政府軍と戦闘を続けた。

1969年に、毛沢東思想による革命を目指す、共産ゲリラは新人民軍 (NPA :New Peoples Army) を結成。フィリピン政府軍と戦闘を続けている。

NPAは、フィリピン全域に展開し、フィリピンの軍隊・警察・インフラ・企業に対する攻撃を繰り返している。一方、フィリピン政府軍はNPA掃討作戦を展開しており、政府と共産ゲリラの対立は続く。

毛沢東思想を継承した、このような共産ゲリラ組織は、統制されておらず、それぞれの組織が、麻薬の原料となる植物の栽培や、資源の採掘など独自の資金源を持っている場合が多い。カネのニオイがする日本兵の話にジュンが敏感に反応したのは、日本兵探しという動きに関わることで、どうにかカネを手に入れようと考えたからだ。

だが、サマール島の治安を守る自警団であるサミエルたちは、共産ゲリラに容易に活動資金を渡すわけにはいかない。逆に活動資金を増やしたいのは自分たちの方だと考え、「財宝」の有りかが分かれば、日本人一行と話を付け、自分たちが全てを手に入れようと狙っていた。

「危ない奴らやの!いい加減にしろ!」とマサが後ろで銃を構えるそのサミエルたちを怒鳴った。この一瞬をついて、共産ゲリラのジュンもメタリックシルバーの回転式の銃を腰から抜く、その時、それまで様子を静観していた元小隊長が動いた。

そばに有った棒切れがそのまま「木刀」に変わる。
「イヤーッ!」、気合いの咆哮と共にジュンの小手に棒を振り下ろす。ジュンは銃を床に落とした。すかさず銃の扱いに慣れた元兵長がそれを拾って、ジュンに向けて構えた。老人2人の連携だった。

タカシは、この優位な流れでジュンとの交渉に入った。
「今、我々にお金はない。財宝の話は知っているが、マサさんたちは、日本兵を連れて帰りたいだけで、財宝には興味はない。サミエルさんたちとあなたたちが話して、どう分けるか決めればいいと思っている」、そうジュンに告げて、アウアウと会えるよう頼んだ。

実際に、日本兵が存在していれば、日本のテレビも新聞もどっとこの島に押し掛けるだろう。共産ゲリラは、ジャングルの案内や取材のコーディネートで一定のカネは手に入れられるのではないか。タカシはそんなことも考え、ジュンを納得させた。

「明後日、またここに来てくれ。アウアウに会わせる」。ジュンは暴力でアウアウやジェイジェイを監禁し、日本兵を知るアウアウの、主人を気取って訪問者にカネを要求するという形を作っているようだった。意外なことに、その共産ゲリラと沖縄出身のハルミがつながっていた。逆に自警団とは、息子のアキラがつながっている。親子で政治的思想が真逆の組織と交流しているのだ。タカシは、カネのない日系の親子が、このフィリピンで生き残るための術を垣間見たような気がした。

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