見出し画像

走る彼女

短距離走は苦手である。

スタートが重要なその競技において、彼女はタイミングをうまく取れない。

失敗するのが怖いため、思い切りよく飛び出せないのだ。

それは彼女の人間としての魅力にもなっているから、改善しなくて良い。

人はそれぞれ、得意不得意なものがあって、彼女は短距離走が苦手なのだ。

逆に、長距離走は得意である。

スタートの思い切りの良さは、やはり問題があるものの、長距離走ではスタートはあまり関係がない。

序盤、確かに、彼女はあまり目立っていない。

早く飛び出す選手の陰に隠れて、その小さい体は目立たない。

体力を温存し、後半の爆発にかけている、というわけでもない。

横っ腹が痛くなるので、あまり早く走らないようにしている。

という答えが彼女らしい。

前半は強い選手の後ろにいて、淡々とついていく。

そして後半、飛び出した選手がペースを崩していく中、彼女は全くぶれずに走り続けている。

これが彼女の強さであり、魅力である。

ペースを崩すどころか、ぐんぐん上がっていく。

彼女が一番早くなるのはラスト100mである。

その体力はいったいどこに潜ませていたのだ、と思うほど、素早く、前の選手を追い抜いていく。

彼女が走り抜けた時、

僕は春の風が吹き去っていったのか、と思った。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?