母と歌えば2024⑫

「ピンポーン。」
その日は予定より早く、実家に着いた。マンションのドア越しに、室内でチャイムが鳴っているのが聞こえた。でも、母は出てこない。私は合鍵をバッグから取り出して、鍵穴に鍵を差し込んだが、鍵は回らない。
「あれ?」
この鍵じゃなかったのかな?ガタガタと鍵を動かしても、回る気配はない。母はおそらく室内にいるのだろう。きっと、まだ補聴器をつけていないだけだろう。そう思いながらも、少し心がざわついた。鍵が開かないなんて。母の携帯に電話をしてみたが、電話にも出ない。「おかけになった電話を呼び出しましたが、お出になりません。」というメッセージが流れて、切れてしまう。
さてどうしようか、と考えていると、内側からドアが開いた。
「ごめんね、お母さん。私、合鍵を古いのと間違えてるらしい。」
と、私が鍵を見せると母は
「間違えてないわよ。」
と言った。もう何ヶ月も前から、鍵の調子が悪く、油を差しながら使っているのだという。私はそんなこと、全然知らなかった。週に一度はここに来ているというのに。
 「背中にね、何かできてるの。」
前回来た時、母はそう言った。上着の背中をずらして見せてもらうと、右の肩に近い辺りに丸い大きな出来物があった。昨年、同じところにできた時、皮膚科で治療して、治るまでに何ヶ月もかかった。その医者が
「これは、外科で切ってもらわないと、またできることがあります。」
と言ったのだそうだ。
「普段は痛くも痒くもないんだけど、寝ようとするとゴロゴロするの。」
それは困るね。私は最寄駅の近くの少し大きな外科のある病院の診察時間を調べ、GWの谷間の平日だったので、念のため電話をかけた。
「午後は一時から受付、2時から診察だって。」
母は病院へ行くと言った。昼ごはんの後、バスでそのまま病院へ行く流れになった。
「ここじゃ切れませんよ。もっと大きな病院に行ってください。」
母の出来物は粉瘤というのだそうだ。良性だというが、化膿することもあるという。その男のお医者さんは、紹介状を書いてくれた。会計を待っていると看護師さんが、その紹介状と紹介先の病院の電話番号を持って来て、
「電話で予約をしてから行ってください。」
と言った。私はその場で二、三度その番号に電話をしてみたが、お話中でつながらない。会計を済ませた母と、パン屋さんへ行き、家族へのお土産のパンを買ってもらってから、スーパーに移動して、もう一度電話をかけた。
「予約できたよ。来週の水曜の朝、10時半ね。」
 その前日には、母と辻堂のショッピングモールに水着を買いに行く約束をしていた。
「もし、行かない方が良さそうだったら、その日はボイストレーニングにしましょう。」
と話をしていたが、やはりそうなった。
「わがままばかりでごめんなさい。」
母はメールにそう書いていた。いやいや、全然わがままなんかじゃないと思うよ。
 その日歌った歌は「高原列車は行く」フルコーラスと「夏は来ぬ」の一番のみ。お昼ご飯には、鰻をいただいた。ごちそうさまでした。

ひき肉の料理も卵焼きも美味しかった。


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