バトル・オブ・カスミガセキ #8,9,10日目

6月29日 第2クール3日目


ダイキくんから紹介されたX庁に確認してみたところ、「第3クール2日目に来い」とのことだった。おそらく第1クールからX庁を訪問していた者を除く"敗者復活戦"はその日にまとめて行うのだろう。
そういうわけで、今日と明日の2日間は暇.....もとい、準備に時間を充てることができるようになった。
X庁のエントリーシートは明日書くとして、今日はゆっくりすることにしよう。

お昼を食べて、スカイツリーを見て、スイーツを食べて、夜には少しいいものを食べた。
どれだけ自分にご褒美をあげても、全く潤うことはない。ここに来てからすっかり干上がってしまったようだ。

6月30日 第3クール1日目


同居人は官庁訪問に行っている。彼のことだ、おそらく今日も余裕で突破してくることだろう。
国家総合職の官庁訪問では、第3クールを突破すれば内定への道が開ける省も少なくない。続く第4クールで本当に最後の選別、もしくはただの囲い込みを行い、第5クールで内定を出すという流れが一般的だ。
逆に、X庁のような特殊な場合には少なくとも第4クールまではしっかり選別が行われるだろう。

X庁から提出するように言われたエントリーシートは、すべての設問を合わせて1500字程度...まぁ一般的と言える文量だ。
ひとつずつ丁寧に、言葉を選びながら設問埋めていく。
もちろん、発行されているパンフレットを見ながら相手の"売り"を見逃さないように努めることは言うまでもない。

数時間かけエントリーシートを書き切ると、既に日は傾いていた。この部屋は地上11階、いつもに増して夕日が眩しく感じる。今まで夜まで本省に缶詰される毎日だったので、赤く染る東京は新鮮だ。

「ただいまぁ〜」
「おかえり、第3クールはどうだった?」
「もちろん通ったよ。多分、内定はもらえると思う。」
「すご!おめでとう!! そうだ、下のコンビニでケーキでも買ってこようか?」
「あはは、まだ気が早いよ。でもありがとう。」

「ところで、X庁は?」
「あぁ、明日来いってさ。今日は早く寝ようかな。」

X庁─────長くて短い最後の決戦が、始まる。

7月1日 第3クール2日目


いい目覚めだ。第2クールの時よりも発つ準備をする手が軽い。

「あれ、今日はジャケット着ていかないの?」
「・・・・おはよう   うん、今日は....今日からはもう着ないよ。」

彼は第3クール2日目は辞退、今日はお休みのようだ。

「髪もおろして・・・・なんか雰囲気変わるねぇ。」
「ふっ、"褒めて"くれてありがとう・・・じゃあ、行ってきます!」

霞ヶ関駅に着いた。もう一生降りまいと思っていた場所だ。迷路のような地下道を進み、X庁を目指す。
「ではこちらに受付票と身分証をご提示ください。」
「はい、これと・・・・これです、お願いします。」
「確認できました。官庁訪問の方はあちらにお集まりいただいております。」
「ありがとうございます。」

指定された待機室に行き、扉を開ける。

「失礼します・・・・えっ多っ!?」

決して広くはない会議室に、30人ほどが集まっていた。X庁の採用予定数、そして今日ここにはいない第1クールから来ている人たちの存在を考えるとかなりの倍率になるはずだ。

「こっちの席空いてますよ。どうぞ。」
「ありがとうございます・・・私、某めりあです。よろしくお願いします。」
「わたしは河原みずな、東北大学4年です。・・・同い年かな?よろしくね、めりあちゃん。」

9時になった。"開戦"だ。

「順にお呼びしますので、呼ばれた方からお越しください・・・ではまず河原さん。」

みずなちゃんが入口面接に呼ばれた。私もそのうち呼ばれるとはいえ、30人もいる以上時間はかかるかもしれない。
志望動機を入れ直していると、彼女が帰ってきた。

「ここ、けっこう厳しいね。入口でもかなり詰められちゃった・・・X庁の志望動機と国家公務員を目指した動機はしっかり入れといた方がいいかもね。」
「ありがとう!助かるよ。」


「某さん、お越しください。」
"きた"か──────
面接室まで歩く途中、ギリギリまでイメージを固める。

「入口面接を担当します、人事課の日野です。どうぞおかけください。」
「よろしくお願いします。失礼します。」

「じゃあまず"自己紹介"からお願いできるかな?」
「はい、───大学法学部4年 某めりあです。大学では~~~~」
「ありがとうございます。では続いて"国家公務員総合職"の志望動機を」
「はい、私が国家公務員総合職試験を受験した理由は、政策の形成に携わることで我が国の未来を作っていきたいと考えたからです。きっかけは〜〜〜」
「なるほど、では次に我が庁の志望動機いただけますか?」
「私がX庁を志望いたしました理由は、○○行政にフォーカスを当てた仕事ができる点に魅力を感じたからです。またそれだけでなく国家公務員総合職の中でも他官庁より多く活躍の場があることにも魅力を感じました。」
「・・・・まぁ、"ズレ"てはないかな。じゃあ、これまでどの省を訪問したか、そしてその結果をお願いします。」
「はい、第1クールでは・・・・・」

明らかに入口面接で聞くボリュームではない。
怒濤の質問攻めを裁ききったところで、やっと待機室に戻ることができた。

「めりあちゃんおかえり!どうだった?」
「教えてくれたおかげでなんとかね・・・みずなちゃんは?」
「わたしは1回原課いったよ!なんか、ここはほぼ原課ばっかりで選別されるみたい。」
「そうなんだ!ありがとう。」

しばらくして、原課に呼ばれた。原課といっても、先程教えてもらったようにX庁ではここで"選別"が行われる。

「5年目で現在は係長を拝命しております、上田です。ささ、どうぞ。」
「失礼します。よろしくお願いいたします。」
「ではまず志望動機と〜〜〜〜」

選別が行われるだけあって、原課のメインである"業務説明"はほとんど行われない。志望動機や自己PRなど基本的な質問と、その詰め、そして逆質問で1時間弱が経過した。

「おっと、あなたは時計を気にしなくていいですよ。」
「!・・・失礼いたしました、お仕事中にお時間いただいているので、逆質問をし過ぎてご迷惑をおかけしていないかと思いまして」

バレていたのか・・・本当に一瞬、メモを取る目でチラ見しただけだというのに。しかし、原課は人事と違い採用以外の業務中に時間を割いてもらっているのも事実、まぁこの返しなら悪くは思わないだろう。

「ははは、そういうことでしたか。いえいえ、お気になさらず。そうだ、話題を変えてひとつ討論でもしましょうか。"あなたは○○費を賄うために今増税すべきであると思いますか、減税すべきであると思いますか"」

! 予想外の展開だ。いや、キャリアの官庁訪問においてタイマンディベートをさせられること自体は珍しい話ではない。ただ、このタイミングでくるとは・・・・

「減税すべきであると思います。現在我が国では賃金は上がらず物価は上がる一方、国民の多くは苦しんでおります。○○の拡充が必要なことであるとは十分承知しておりますが、まずは生活を建て直した上でそのあとしっかり取ればいいかと。」
「なるほど、悪くない・・・悪くはないが"面白くはない"回答ですね。」
「はぁ・・・・」
「某さん、あなたを"啓蒙"してあげますよ。」

上田係長がにやりと笑った。どうやら冗談がお好きなようだ。

冗談ではなかった。

付け入る隙もなく"霞ヶ関的思考"が展開される。今を生きる国民と将来この国で生きる国民の平等、富裕層と貧困層の"公平"負担、減税措置だけが救済ではないということ、国民の当事者意識の欠如、他省庁とのパワーバランス、政策を押し通す強欲さの必要性・・・1冊の本にもなろう情報量が一気に脳に流し込まれた。

「・・・と、いうわけで僕は増税の選択肢に立ってあなたとディベートしたんですね。ついてこれてますか、某さん?」
「はい♡ ものすごく勉強になりました♡ もっといろいろ教えてください・・・♡」

結局2時間ほどありがたいお話をいただいた。待機室に戻って1時間もすれば「いやそれはおかしいだろ」というポイントもあったのだが、あの瞬間だけは虜になっていたのも事実で、どうやら官僚には話術も必要らしい。

「めりあちゃん、さっきはどんな面接だった?」
「・・・♡ え? あぁ、さっきは討論みたいなのさせられてさぁ〜やっぱり一筋縄じゃいかないよねぇ。」
「わたしはさっき激詰めされてね、西崎さん って人に当たったら気をつけた方がいいかもね。」
「ありがとう・・・ところで」

「なんか減ってない?」
減っているのである。時刻は昼過ぎ、既に10人ほどいなくなっている。もっとも、面接で部屋を出ている人もいるんだろうが・・・

「減ってるよん。」

小柄な男性が話しかけてきた。

「X庁は大規模な虐殺をせずに、パフォーマンスを発揮できなかった時点で切っていくんだなぁ〜。あ  俺は伊野、京都大学法学部の4回生でぇす。よろしく〜」
「そうなんだ・・・私は某めりあ、よろしく。」

伊野くんは第2クールから参加していたらしいが、第3クールは2日目の今日に呼ばれたようだ。何はともあれ、話せる人間が増えるのはありがたい。
その後、案内があったので昼食を買いに行き、みずなちゃんと伊野くんと3人でお昼をとった。

14時になり、昼の部が始まった。
私はその後各1時間4回ほど立て続けに面接を行ったが、どれも順調に終えることができた。
最後のひとつを除いては・・・・

「15年目、統括課長補佐の西崎です。ま、どうぞ。」
「失礼します。」
「では自己紹介と志望動機・・・国家公務員のものとX庁のものをお願いします。」
「はい、私は・・・・・・」

「結構です、では次にあなたが我が庁で取り組んでみたい政策について教えてください。」
「はい、私は○○分野に興味があり。〜〜〜政策をしてみたいです。具体的には・・・・」
「なるほど、しかしその案には穴がありますよね?〜〜〜に関してはどう対処するのかな?」
「はい、その点につきましては・・・」

その後休むことなく"激詰め"が行われた。
B省の小堀補佐に詰められた時とは違う、知識で圧倒してくる詰め方だ。

「少し勉強不足のようですね。一度部屋に戻りなさい。」
「承知しました。お時間いただきありがとうございました。」

この程度もはや何も感じないが、これは"終わった"か────?

時刻は19時をまわるころ、待機室の人数は朝の半分より少ない10人ほどになっていた。

「おかえり。西崎さんだったんだろ?どうだった?」
「勉強不足って言われちゃったよ・・・とほほ」
「あー!それわたしも言われたよ!」

3人で1日の反省をしていると、人事課の職員が入ってきた。

「出口面接を行います。まずは河原さん。」
「わたしからか・・・次も会えたらいいね!」

ひとり、またひとりと部屋から出ていく。

「某さん、お越しください。」
「はい。」

面接室行く途中も今日の振り返りをする。入口でしっかり面接をされたのだから、出口で同じことをされてもおかしくはない。

「人事課の青柳です。まずは、今日一日"どう"でしたか?」

これは今日一日で学んだことを簡潔にかつ自分の意見を混ぜて説明しろということだ。

「はい、今日は多く勉強させていただく機会を頂戴し、ひとつめの面接では・・・・」
「なるほど、では次は何に重点をおいて臨みたいですか?」
「はい、本日〜〜〜という視点を新しく学んだので、その視点からも理解を深められるよう努めたいです。」

30分ほど時間が過ぎた。出口面接としては通常ではない長さだ。

「・・・わかりました。では第4クールでお待ちしております。朝9時にお越しください。」
「承知しました。ありがとうございます。」

私も成長したということだろうか。何とか次も呼んでいただいた。

宿舎に戻ると、ダイキくん髪を乾かしていた。シャワーから上がったばかりのようだ。

「ただいま、おかげで次も呼んでもらえたよ!」
「おめでとう!!よかったねぇ。」

久しぶりに、やつれていない顔で"帰還"することができたかもしれない。

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