バトル・オブ・カスミガセキ #3日目

6月24日 第1クール3日目


3日目にまわるのはC省だ。3日目ということで採用してもらえる見込みは低いが、やれるだけのことはやってみようと思う。

本省で受付を済ませ、指定された部屋に向かうと、25人ほどが待合室で待機していた。省の規模にもよるものの第1クールにしては少ない人数だが、3日目はそもそもどの省にも訪問せず休憩とする者もいるのでこんなものなのだろうか。

空いている席に座りC省のパンフレットを眺めていると、仲よさげな二人組が同じテーブルにやってきた。

「おはようございます。私たちもここに座っていいですか?」
「おはようございます。かまいませんよ、どうぞ。私は某めりあ、よろしくお願いします。」
「名古屋大学法学部4年の土田あいりです。こっちはりなちゃん。」
「名古屋市立大学4年の川田りなです!よろしくお願いします!」

名古屋市立大学?そんなところから来ている人もいるのか・・・まぁかなり少数だろうな。

「お二人はどこで?聞いたところでは同じ大学ではないようですが。」
「よくある話ですよ!官庁訪問で知り合ったんです!そしたら同じ名古屋大学で~、あいりちゃんが仲良くしてくれて~」
「その話はいいから。で、某さん・・・めりあちゃんは今までどこまわったの?」
「A省とB省をまわって・・・」

官庁訪問のテンプレのような会話をしていると、入口面接がはじまった。

「入口面接を担当させていただきます、成田です。どうしようかな・・・志望動機からいいですか?」
「はい、私がC省を志望した理由は・・・」

オーソドックスな入口面接だ。3日目ということもあり、向こうも幾分”流し”でやっているところがあるのだろう。

待合室に戻ると、先ほどの2人も入口を済ませたようだ。

「2人ともどんな質問された?」
「志望動機とかどんな話聞きたいかとか・・・まぁ入口って感じかな。りなちゃんもそうでしょ?」
「そうだね!私もそんな感じかな!ところで・・・」

「土田さん、お越しください。」

会話を遮るようにして、あいりちゃんが原課に呼ばれた。すっと立ち上がり、待合室を出て行く。まぁ順当なペースだろう。

「某さん、お越しください。」
「おっと、じゃあまたあとでね。」
「うん、私も早く呼ばれたらいいな!」

「C省□庁○○課、課長補佐の飯田です。ま、どうぞ。」
「失礼いたします。」
「じゃあはじめに私の経歴と・・・あとはこの資料にそって簡単に政策の説明をします。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「今日メインでお話する取組みは~~~で、まぁ後はいろんな部署を転々としてきたんで興味があれば質問してください。」

飯田補佐の話は淡々を行われたが、いくつか気になるところがあった。
まずひとつはこの人の考え方だ。政府が全面的に押し出しているビジョンからはズレず、それでいて自らの考えを貫いたまま政策の形成を行ってきたように聞こえる。実際、首相ら議員の”先生方”や上司の目標をところどころ批判していた。霞ヶ関に来て、こんな人の話を聞いていたのははじめてだ。

「とまぁこんな感じかな。なんか質問ある?」
「はい、では・・・」

せっかくなのでもっと勉強したい。彼が昔関わっていた政策にもつっこんでみることにした。

「○年目、△△の係長をつとめておられた時のお話を伺いたいです。」
「なるほど、その時は地方との関係が濃い仕事が多くてですね・・・」

地方との関わりについても独特な考え方を持っていた。国が”後見”するという考えは他の官吏と通じるところがあるが、あくまで主体性を持たせて地方に”やらせてみよう”というスタンスをとっているらしい。

今日は多めに時間を取ってくれているようなので、この際聞けることはなんでも・・・

そんなこんなで2時間が過ぎ、久しぶりに待合室に戻ってきた。

「めりあちゃんお疲れさま!私もあの後原課に呼ばれて人事もしたよ!」
「私も人事まで1周終わったあともう一回続けて人事だったから、りなちゃんとは少し違うかも。」

原課が長かったこともありどうやら遅れをとっているようだ。

「某さん、お越しください。」

そうでもなかったらしい。

「人事課の内田です。リラックスして臨んでいただければと。ま、おかけください。」
「お気遣いありがとうございます。失礼します。」

人事面接が始まった。はじめは志望動機で、次に自己PR、やってみたい政策など基本的な流れだ。

「では次に、先ほどの原課ではどのようなお話を聞きましたか?」
「はい、先ほどは○○課の飯田課長補佐にお時間いただき・・・・」

これもお決まりの流れだ。2時間分を相手が聞き飽きないように凝縮して伝える。

「なるほど、多くの政策について学ばれたようですが、特に気になったものはどれでしょう?」
「はい・・・私が一番興味を持ったのは~~~の政策で・・・」

普段なら与えられていた原課後の”復習”の時間が無かったため、考えつつ話す。相手は頭の切れるエリートなので、矛盾が発生しないように細心の注意を払わなければならない。

「で、~~~という課題があることに気づき、質問したところ~~~という答えをいただいたのですが、私は~~~であると考えます。」
ここまでが”1セット”だ。

「なるほど・・・わかりました、結構です。では大学生活の話でも伺いましょうかね。」

あれ、深掘りがない。
その後は特に奇抜な質問などもなく、”普通”に終わった。

待合室にもどると時刻は12時をまわっており、各自昼食を取っていた。

「12:30まで昼休憩らしいよ。めりあちゃんも急いだ方がいいかもね。」
「地下にコンビニがあったよ!階段降りてすぐ!」
「ありがとう。じゃあ買いにいこうかな。」

コンビニで買い、3人で昼食を取りながら会話を交わした。内容はプライベートなものがほとんどだった。私自身昨日のこともあり、無意識に情報交換は控えめにするようにしていたのかもしれない。
時計の針が半をまわった。

「えー、今からお呼びする人は荷物をすべて持ってお越しください。」

始まった”。さっきまで賑わっていた空気が”処刑場”のものに変わる。みな、自分だけは呼ばれませんようにと他人の犠牲を願うのだ。

「~さん、~さん、~さん、~さん・・・・・・」

(けっこう”切る”な・・・)半分ほど呼ばれたところで職員が一息つく。皆が安堵しかけたそのとき

「川田さん、~さん、~さん。以上です。」

りなちゃんの顔が目に見えて青ざめていく。二度と見たくなかった光景がふたたび現れた。

「部屋移動かもしれないし、落ち込むことないよ!」
「そうそう、実際”残った側”が虐殺対象だったなんてことがある年も平気であるらしいしね。」

2人で励ましたが、もはや耳には届いていないだろう。

「うん、うん・・・じゃあ、ね。」

それっきり彼女が戻ってくることはなかった。

「相変わらず酷いことするねぇ・・・」
「うん、でもいい気味かも。」
「は?」

こいつ今なんていった?聞き間違えだろうか。

「りなちゃん、ここ切られたら第1クール”全滅”になるから帰っちゃうんだってぇ~・・・あの子私より席次高かったんだよねぇ。まぁまぐれだったんだろうけど、”格下”の大学のくせになんか生意気だったかな~。」
「そんな・・・仲良くしてたじゃん!」
「愛想のいい子を横に置いとくと楽でしょ?特に”こういうところ”ではね。」
「・・・! ていうか、席次も学歴も一部の省以外関係ないでしょ。そんな酷いこと言わなくても・・・」

これは事実だ。すべてが”そう”であるとは言わないが、席次や学歴は必ずしも重視されるとは限らない。尤も、これを真に理解するのはまだ先のクールになるのだが・・・

「私はこれまで地元で一番の高校にいって一番の大学で過ごしてきたの。”名大”の私にあの子が勝つなんて許せない。だから復習の時間もなくなるように官庁訪問中ずっとひっついて話しかけたり夜も電話で”相談につきあって”もらっちゃった♡」
「なんてことを・・・」
「めりあちゃん、あの子にシンパシー感じてたんでしょ?無理もないよねぇ~、だって・・・」

「土田さん、お越しください。」

「おっと、原課かな。・・・あなたのことは嫌いじゃないよ、大学も旧帝大じゃないけどまぁそこそこ・・・”りなちゃんよりは”いいみたいだし、席次だって私よりいいけど許してあげる。」
「私が”同郷”じゃないからか!?」
「・・・じゃあいってくるね、め・り・あちゃん♡」

国総に受かるような人間でも、訳が分からない考えの者は結構いる。”染まりきる”前の官庁訪問でこんな酷い人間が”普通に”いるのだから、現役のキャリア官僚の中ではいかほどだろうか。

キャリアになったらこんな連中が横にいるようなところで、長くて2,30年も蹴落としレースを続けないといけないのか・・・?

少しだけ、こちらにきてから”意欲”に入っていた亀裂が広がった。

その後は原課と人事を4回ほど行い、時刻は20:30になった。
待合室に残っているのは6人だった。というのも、夕方の虐殺ことなかったものの、面接から帰ってくるたびにじわじわと少しずつ切られていったからだ。
夜まで残った”仲間”は、自然とひとつのテーブルに集まっていた。

「今日はもう終わりですかね~。」
「そうだといいですねぇ。」

皆疲れ切った顔で気力の無い会話をしている。

「いや~でもみなさん本当にすごいです!話してて賢そうだしぃ私なんてぜんぜんポンコツだしぃ~・・・めりあちゃんもそう思わない?」
「あはは・・・・」

なぜか急に明るくなったあいりちゃんが定期的に行う他アゲ自サゲに距離を取りつつ付き合っていると、待合室担当の職員が口を開いた。

「みなさんお疲れさまでした。本日は以上になりますので、順に出口面接にお呼びします。まずは某さん。」
「おっと最初か・・・じゃあみなさん、第2クールでも会えたらいいですね!」
「めりあちゃんばいば~い♡」
「・・・・・・」

「某さんには第2クールにもお越しいただくつもりですが、よろしいですか?」
「ありがとうございます。」
「では日時ですが第2クール3日目の・・・」
「あの」
「何でしょう」
「第2クール1日目に呼んでいただくことは可能でしょうか?人事面接で申し上げた通り1日目に訪問したA省にはご縁がなく、また本日でC省を強く志望するに至ったためぜひ・・・」

人事院が決めた”ルール”上は微妙なところだが、この際すがるしかない。
正直いって、一番少ない”3日目の枠”で採用される自信が無いからだ。

「そういうことならまぁ・・・他言無用ですよ。」
「無理なお願いにも拘わらず対応していただきありがとうございます。」
「では、1日目の9時にお越しください。第2クールが重要になりますので、がんばってください。」

(ということはこのままだと落とされるということか・・・)

出口面接では通常その日の評価を”わかりにくい”特有の言い回しで伝えられることが多いが、それにも慣れてきたようだ。

宿舎に戻ると、同居人が夜食を食べていた。

「めりあちゃんおかえり!今日は早かったねぇ。」
「昨日が遅すぎただけだよ・・・」
「どうだった?」
「一応、第2クールもいけそうかな(評価は高くないけど)」
「おめでとう~!いやぁめでたいね!」

こいつは余裕で通ったみたいだな・・・

「ところで顔色が悪いようだけど?」
「ちょっと疲れちゃってさぁ・・・まぁたいしたことないよ。ありがとう。」

自分では意識していなかったが、昨日は役所から、今日は同じ志望者から”現実”を見せられ少し疲れてしまったのかもしれない。

「明日、2人で遊びに行こうか!」
「え」
「2人が嫌ならめりあちゃんB省で一緒だった森田も呼ぶけど」
「・・・・」
「めりあちゃん田舎出身でしょ?東京のことわからないと思うから案内してあげるよ!」
「死ね」

官庁訪問における土日は”接触禁止期間”で、”表向きは”官庁は学生に一切接触してはならないことになっている。
日曜は第2クールのための対策に充てたいが、土曜はリフレッシュに使うのも悪くないだろう。

「じゃあ、お願いします・・・」





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