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カウンター越しに他人から指差された思い出

 むかしからの成り行きで、某金融機関に口座を持っている。若かりし頃のわたしは住所変更の方法がわからずに窓口へ行った。いまのように「オンラインだとわざわざ窓口なんぞに来ることなく、ご自身でできますよ。情報弱者じゃなければね。」などと半笑いで言われることはまだ無かった。

 若かったわたしの態度がよくなかったのもあったのだろう、カウンター越しの若い女であるところの行員は、若いからなのかそういう性分なのか、自分の喋るときの癖が治っていなかったらしく無意識のうちに左手でわたしを指差しながら説明していた。

本当の話である。


 わたしはこの態度を見て、口調はさておき横柄なやりかただな、と思った。そしてこの行員に「人ではなく、財布の中身のない、金づるに値しない時間の無駄。あるいは社会からあぶれた厄介者」と思われたんだな、と感じた。バイクに乗る格好は、金融機関とは相容れない。防犯カメラに記録されている彼女はきっと、窓口の向こうの男を指差しながら何か文句を言っているようにみえたのではないだろうか(防犯カメラの映像なんて、何か起こらない限り見返すことはないだろうけれども)。

 ちょっとした押し問答のようなやりとりをした挙句、複写の書面を出され、わたしはそれに記入することとなった。その際、女子行員はこう言った。

「もしお勤め先があれば、こちらにお書きください」

本当の話である。
「お勤め先をご記入ください」ではなく「もしお勤め先があれば、こちらにお書きください」であった。これは個人事業主であれば"勤め先"というのが無いからなのであろうか。しかしそうだとしたら、別の言い方がありそうなものである。

 わたしは女子行員の顔を穴が開くほど見つめた。行員は、物理的な安全性が確保された向こう側で自分の立場が上だという態度を崩すことがなかった。わたしの態度が傍から見ているとどう映ったのかはわからない。ただ、見た目と態度でわたしは「働いていない者、社会に反する者」という値踏みをされたのであろうということはわかった。

 わたしは必要事項とされる箇所に漢字や仮名、数字をボールペンで筆圧を気にしながら書き込んでいった。女子行員の目は、囚人を見下す看守のような面があり、興味本位の部分があり、仕事として誤記を許してはまた手間だということもあり、つまりは複数の理由でもって、わたしの記入する一画ずつをチェックしていた。

 全て記入が終わったとき、行員は急に態度を変え、まるで人間と話すようにわたしと接しだした。その大きな理由は、勤務先の欄に株式会社ズンドコ大脱走(仮名)という文字を記入したからであった。どうしてそれがわかったかというと、勤務先を数文字記入した時点で行員の態度が落ち着かなくなったからである。「わたしには勤務先がある」という事実程度で狼狽する行員であったのだろう。


 そもそも、そんな状況を作り出す自分の態度がよくなかったんだな、と今なら思うけれども、当時はそうは思えなかったのであった。

若いとはそういうことである。