おもいつき

そういうことである。ただ書き流しているので文章同士のつながりや論理の一貫性はないのである。日常そんなことを気にしながら雑談するひとはいない。そういうふうに思うと、自分の書くものが支離滅裂であろうとかまわないのである。いや、あかんがな。あかんと思うならちゃんと書きなはれ。めんどくさいな。めんどくさいのはきらいやねん。むかしから。めんどくさがり選手権があったら、出えへんけどな。だってめんどくさいから。

はいオレ優勝。


政権を握った徳川氏は、要するに田舎豪族であって、あまり貴族的な伝統を尊敬しなかった。かれらが必要と認めたのは、実用文化であった。現実の政治や経済にとって直接に役だつものが本当の文化なのであって、それ以外は「あそび」でしかない。

小西甚一 日本文学史

幕府が倒れても、"武士"道があるとした日本では、現代であっても"サムライ"ジャパンなどといった形で、架空の武士像が形作られている。架空といったのは、それが実物を知らない出発点から自分にとって都合のいい断片的な知識を、妄想という接着剤でつなぎ合わせて仕立てられた像だからである(そうはいっても、人間が空想するものは全てそこから出られないのだけれど)。

ここでいう武士は、どうも"近代的"な武士という気がする。というのは、幕末の頃の武士はかろうじて写真からその佇まいが窺えるものであり、その情報が「本当にこういう格好の日本人がいたのだ」という実感とともに理解されるからである。そして、時間的に遠ければ遠いほど自分にとって実感の乏しいものになるために、たとえば鎌倉武士といわれても自分のなかに具体的な像を結びづらく、人というのは比較的新しい時代の方が”洗練されている”と考える傾向があるからである。

となれば、多くの人にとって武士とはいわゆる"江戸時代"のそれと考えて差し支えないように思う。

たとえば武士という概念について、江戸時代がこのような形で現代に影響を及ぼしている。江戸時代はそれ以外にも現代におおきな影響を及ぼしている。
それは儒教〜朱子学を基盤にした「日本人のものの考え方」であって、いまも日本人を駆動している。この考え方が

現実の政治や経済にとって直接に役だつものが本当の文化なのであって、それ以外は「あそび」でしかない。

という価値観に繋がる。

なぜならば現代において日本国家は、国立博物館にすら予算を渋る振舞いをするからである。その一方で直接金銭に結びつきやすい、漫画やアニメといった表現形態は、たしかクールジャパンだとかの言葉で括られ、"文化"と認識しているのである。
たとえば、アニメーターの働きっぷりとその金銭対価とのバランス、業界の構造まで含めて"文化"というのであれば、それはたしかに日本をよく表しているのかもしれない。


なぜそんなことを思ったかというと、武士といっても鎌倉時代は、貴族文化に憧れ、武士が貴族から距離をとりながらも教えを乞うスタイルであったし、室町時代には能楽を幕府が保護した事実があって、現実の政治や経済にとって直接に役だつものを選り分けて格付けをしたわけでもなさそうだと思うたからである。戦国大名にあっても、茶の湯を嗜み一差し舞うといったエピソードが知られ、それは政治的な意味はあったのかもしれないが経済的な合理性の外側にある。

江戸時代の文化として知られるのは、町人が主役のものが多く、つまりそれは生活水準の向上に伴い生じた余暇をつかって上流(貴族)文化への憧れに近づこうとするものであって、その結果は文化が庶民に降りてくる構図とみなされる。
例外はあるにせよ、当時の上流階級であった武士が率先していわゆる文化的な活動に没頭することは無かったといってよいのではないか。
現実の政治や経済にとって直接に役だつものとしては、たとえば芸事ではなく交渉手段としての漢詩であったかもしれない。それは李白、杜甫や白居易にルーツを持つものではあっても、彼らにとってはまず実務の手段であってあそびではなかっただろう(その巧拙の評価は、実務能力の物差しが根拠としてあったのではないか)。


そのような仮説を立てると、現代日本のいわゆる文化的なものの地位の低さが理解できるように思えたのである。
伝統工芸なども「大事だ」という割に国がほったらかしているように見えるのはここにひとつの原因があるように思う(伝統的な分業制の足枷もあるのかもしれず、それなりの現実的な対策があるのかもしれず、決めつけるのはよくないのだが)。

まあ、そういうことである。