読書日記 「部落の女医」小林 綾 著(1962年) 岩波新書

「部落の女医」小林 綾 著(1962年) 岩波新書

 舞台となる大福の地域は被差別部落であった。医学部を卒業したばかりの新米医師が戦後まもなく大福に診療所を立ち上げ、自らの知識や経験の不足と闘い、経営難や保険監査など純粋な医療以外の問題にも直面しながらも、住民の信頼を得ていく。部落に生きる人たちの飾らない人柄、苦悩や喜びを鮮やかに描き出している。大正デモクラシーを経て戦後になっても厳然と偏見や差別は存在していたことが分かる。

 差別はほとんど無意識で無自覚のうちに起きている可能性があること、時には逆差別が生じて互いの溝が埋まらないことなど、部落について中立的に丁寧に考察されていた。

 医師としての生活は多忙を極め身は磨り減り、ときに精神科に入院するほどであった。今の時代では考えられないほどの責任を若き小林先生は一手に引き受けていたのだ。親分肌の宗吉つぁんは自分の子供が原因不明の高熱に罹り、先生が大学病院へ紹介しようとしても、信頼している診療所で診てもらうと言って頑として聞かなかった。学問から遠ざかっている劣等感を師である足立先生に相談すると「捨て石となる生き方もある」と激励を受けまた診療に戻っていった・・・。

 臨床研究をもっと勉強したいと思う我が身を振り返って、臨床を磨きたいと市中病院に出て行ったつもりなのに、臨床も中途半端なままで研究に手を出すのか、と嗜める心の声と、臨床で日々感じる悩みや疑問を解決するために学究の時間は必要で、小林先生にもそのような時間が与えられていれば今でいうバーンアウトを防ぐことができたのではないか、とも思う心の声がこだました。

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