潮風のブルース #30

#30 ライブの夜に…

海沿いの町に宵闇が降り始める。
今夜、私がママをつとめる
新しい店がオープンする。
祝いの花が並んだ店内は、
すでに準備が整いつつある。

フロアレディは私と久美子、
そしてサポートにユキに入ってもらった。
バーテンダーの人選が間に合わなかったが、
しばらくはハルオの担当である。 
昔取った杵柄らしく、
ハルオは子供のように張り切っている。

突然、扉が開いた。
入ってきたのは、
裸のギターを手にした長身の男、海賊だった。

海賊は、カウンターの隅っこの席に
ヨシノリの写真を立てかけた。
「今日からここがお前の場所だ」

そう言うと、海賊は煙草に火をつけて
灰皿にそっと供えた。
そこに集まってきた全員が、
誰からともなく手を合わせる。

ありがとうヨシノリ、
私は心の中で呟いた。

時計を見たハルオの合図で、
みんなが持ち場に散っていく。
いよいよオープンである。
私は久美子とユキの肩を軽く叩き、
扉に向かった。 

扉を開けた私は驚いた。
仲間を従えたアニキが、
花束を抱えて大きく笑っていた。

アニキたちが呼び水となって、
たちまち店は賑やかになっていった。
夜街で見かける顔がたくさんある。 

家を出て何も持たなかった私は、
今はいろんなものを持っている。
生きていく場所、期待される仕事、
そして多くの仲間‥‥

ふと、店内に
海賊の姿がないことに気がついた。
そろそろ演奏を始めてもらう時間である。

海賊は店の外にいた。
夜空を見上げながら、
ゆったりと煙草を吸っている。
私も海賊の横に行き、同じように夜空を見上げた。
満天の星だった。

「天国ってあるのかしら」
私の口からそんな言葉が飛び出してきた。
とその時‥‥
一条の光が流れて消えた。

「あっ」と声をあげ、
私たちは顔を見合わせた。
そして、海賊はもう一度夜空を見上げた。

「天国か、どうかな」
私は、海賊の穏やかな横顔をじっと眺めていた。

「歌ってくる」
海賊はそう言うと
煙草を吹かしながら店に入っていった。
店の中で拍手がわき起こった。 

やがて、しゃがれ声のブルースが聴こえてきた。
私はもう一度、夜空を見上げた。
もしかして天国って、ここなのかも知れない。
そう思った。

【潮風のブルース・完】

※最後まで読んで頂きありがとうございました。
U^.^U ぎんしろう