ボイスドラマ_第1話_潮風の吹く街

ボイスドラマ_第1話_潮風の吹く街

ぎんしろう
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夫が仕事に出かけていく。
私はキッチンテーブルで離婚届に押印すると、
エプロンをゴミ箱に投げ捨てて、
車で家を出た。

首都高の入り口を駆け上がり、
行く当てもなく走る。

次々に現れる分岐点が迷路のようだ。
夫の浮気に目をつぶれないこともなかったが、
そこまで繋がっていく理由もなかった。

戸籍に傷がつくことなど何も怖くはない。
適当な出口で高速を降りて、さらに走る。
これまでの生活がどんどん遠くなっていく。

辿り着いたのは、見知らぬ海沿いの町だった。
ウインドウを下げると、
潮の香りを含んだ風が車内に舞い込み髪を乱す。

浜に腰を降ろし、
波間に点在するサーファーを眺める。

何度も何度も波に挑んでいく
サーファーを眺めながら、
夫と別れて手に入る慰謝料で、
私も何か新しいことに挑んでみようか。
ふとそんなことを考えた。

一人のサーファーが
ボードを抱えて海から上がってくる。
私の方にまっすぐ歩いてくる。

サーファーはまるで連れに話しかけるように、
「ねえ、タバコある?」と私の横に座った。
「私、吸わないから」と答えると、
サーファーは屈託のない顔で「オレも」と笑う。

からかわれたような気がして、
私は海に視線を戻した。

海がキラキラと輝いている。
私のことを誰も知らない、
この潮風の吹くまちで、
暮らしてみるのも悪くないかもしれない。
そう思った。

(第2話につづく)