見出し画像

38) ミトコンドリアを元気にしてがんを消す: 正常なミトコンドリアはがん細胞の悪性形質を抑制する

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術38

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。

【細胞のがん化は遺伝子異常だけでは説明できない】

  「遺伝子」というのは、遺伝情報を担う構造単位で、通常1つの蛋白質を作り出すことができる情報を持っています。この遺伝情報は染色体中のDNA(デオキシリボ核酸)に書き込まれています。
 

一つの細胞核に含まれる染色体の一組をゲノムといい、ヒトの場合1ゲノムは46個(22対の常染色体と1対の性染色体)の染色体があります。1ゲノム中には合計約30億塩基対の塩基配列情報が記録されており、これに含まれる遺伝子の数は22000個程度であることが明らかになっています。
 

遺伝子(DNA)の情報がメッセンジャーRNAに転写され、さらにたんぱく質が合成されることによって細胞の構造や機能に変化が生じます。

DNAの遺伝情報には、細胞を形作り機能させるためのたんぱく質の作り方と、その発現の量や時期を調節するために必要なマニュアルが組み込まれています。したがって、この遺伝子情報に誤りが生じるとその細胞の働きに異常が生じます。
例えば、正常な細胞であれば、止めどなく分裂増殖を繰り返すということはありません。それは遺伝子情報によって、分裂増殖のペースや限度が厳密に制御されているからです。
 

しかし、この細胞増殖をコントロールしている遺伝子(がん遺伝子やがん抑制遺伝子)に異常が生じると細胞は際限なく分裂を繰り返すがん細胞となります。

がんと言うのは、1個の細胞の無制御な増殖によって発生する病気です。そのような無制御な増殖は遺伝子の変異によって引き起こされます。正常な細胞では、強力な制御装置が細胞分裂や細胞死をコントロールしているのに対して、がん細胞ではそれらの装置が壊れているために、細胞の増殖を止めることができなくなっています。

発がんに関係している人間の遺伝子として100種類以上が知られており、そのうちの数個から十数個の遺伝子の異常(突然変異や発現異常)が起こった時に、正常な増殖制御を行うことができなくなり、がん細胞が発生すると考えられています。
 

誤りを起こす原因は、DNAに傷がついて間違った塩基に変換したり、遺伝子が途中で切れたりするためです。これをDNAの「変異」と呼び、DNA変異を引き起こす物質を変異原物質とよびます。環境中には、たばこ・紫外線・ウイルス・添加物など変異原物質が充満しています。変異原物質は、活性酸素のように体内でのエネルギー産生や物質代謝や慢性炎症の過程でも作られます。
(下図)。

画像1

図:体内で発生する活性酸素や、放射線やウイルスや紫外線や様々な発がん物質(タバコ、薬、食品添加物など)が遺伝子に変異を起こしてがん細胞が発生する。遺伝子の変異を修復するメカニズムが存在する。遺伝子変異が高度の場合は、細胞死が誘導される。がん遺伝子の活性化やがん抑制遺伝子の不活性化などが蓄積するとがん細胞になる。


以上のように、「細胞のがん化は遺伝子の突然変異や発現異常で起こる」という「体細胞突然変異説」が腫瘍生物学の研究者のコンセンサスになっています。しかし、「がん細胞は遺伝子変異によって発生する」という考えだけでは説明できない研究結果も数多く報告されています。その代表が、「ミトコンドリアの異常ががん細胞を発生する」という考えです。


【ミトコンドリアDNAが無くなると細胞はがん化する】

ミトコンドリアは好気性細菌のα-プロテオバクテリアが約20億年前に原始真核生物に寄生し、その後は共生した状態で細胞の小器官として働いています。

α-プロテオバクテリアの頃の遺伝子の大半は細胞の核のDNAに移行していますが、ミトコンドリア固有の遺伝子の一部はミトコンドリア内のDNAに存在しています。

画像2

図:ミトコンドリアの祖先のα-プロテオバクテリアのDNAの多くは、原始真核生物の核ゲノムDNAに組み込まれた。ごく一部のDNAがミトコンドリアDNAとしてミトコンドリアに残った。


ミトコンドリアDNAは16,569bpの環状の分子で、37個の遺伝子が存在し、22個のトランスファーRNA(tRNA)と2個のリボゾームRNA(rRNA)の遺伝子と、酸化的リン酸化に関与するたんぱく複合体の85種類のサブユニットのうち13種類のたんぱく質を作成する遺伝子が存在します。
 

ミトコンドリアのタンパク質の大半は核内DNA にコードされています。核内DNA にコードされているタンパク質は、細胞質で合成された後、ミトコンドリア外膜と内膜を通過してミトコンドリア内部に輸送されて来ます。

しかし、ミトコンドリアDNAにコードされたタンパク質が合成されないと、呼吸酵素複合体を作ることができず、酸化的リン酸化によるATP合成はできません。

画像3

図:ミトコンドリアを構成するタンパク質の大半は核のゲノムDNAの遺伝情報で作られるが、呼吸酵素複合体を構成するタンパク質の内の13種類はミトコンドリアDNAでコードされていてミトコンドリア内で作られる。したがって、ミトコンドリアが正しく機能するには核のゲノムDNAとミトコンドリアDNAの両方の遺伝情報が必要。


がん細胞はミトコンドリアでの酸素を使ったATP産生を行わなくても、解糖系でATPを賄うことができるので、酸化的リン酸化が障害されても生存はできます。むしろ、酸化的リン酸化が阻害されると細胞のがん化や悪性化が促進されることが指摘されています。
ミトコンドリアDNAを枯渇させると、細胞ががん化するという実験結果が報告されています。以下のような報告があります。

Tumorigenic transformation of human breast epithelial cells induced by mitochondrial DNA depletion(ミトコンドリアDNA枯渇により誘導されたヒト乳房上皮細胞の腫瘍形成形質転換)Cancer Biol Ther. 2008 Nov; 7(11): 1732–1743.

この論文では、ミトコンドリアDNAを欠損した乳腺上皮細胞を作成し、その元になった正常な乳腺上皮細胞と比較しています。その結果、ミトコンドリアDNAに存在する酸化的リン酸化に関連する遺伝子の欠損は、培養細胞を使った実験では細胞は悪性形質を示すようになり、マウスの移植腫瘍の実験では腫瘍形成能を獲得することが明らかになりました。つまり、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を阻害すると、細胞はがん化するという結論です。

一般的に、核の遺伝子が細胞内の全てを制御していると考えられています。しかし、ミトコンドリアは固有のDNA(ミトコンドリアDNA)を持ち、このミトコンドリアDNAには呼吸酵素複合体IからVを構成する85種類のサブユニットのうち13種類のたんぱく質を作成する遺伝子が存在します。従って、ミトコンドリアDNAを欠失させるとミトコンドリアでの酸化的リン酸化によるATP産生が起こらなくなります。

この論文の実験結果は、細胞核に対するミトコンドリアからの逆行性制御の存在を示唆し、ミトコンドリアDNAの異常(欠失)が、細胞のがん化に関連していることを示唆しています。

画像4

図:細胞の核とミトコンドリアは相互に制御し合っている。正常な上皮細胞からミトコンドリアDNAを欠失させると、ミトコンドリアから核への逆行性制御ができなくなり、細胞内の遺伝子発現やシグナル伝達に異常を起こって細胞ががん化する。


多くのがん細胞でミトコンドリアDNAの欠損や異常が明らかになっています。しかし、「ミトコンドリアの異常ががん細胞を発生する」という考えを支持しない報告やこの仮説に矛盾する報告も多くあります。
 

むしろ、体細胞突然変異(核遺伝子の変異)とミトコンドリアの機能異常が相互に密接に関与していると考える方が妥当かもしれません。どちらか一方に決めつける必要はないようです。
細胞核の遺伝子変異とミトコンドリアの異常が、相互に作用しあって、がん細胞の様々な異常を引き起こしていると考えられます。

ミトコンドリアDNAの減少は、がん細胞の悪性進展や乳がん患者の予後不良と相関しているという報告もあります。
 

このように遺伝子の突然変異だけでなく、ミトコンドリアの異常が細胞のがん化に関与しているという点が重要です。ミトコンドリアを正常化させると、がん細胞の悪性形質を低下できる可能性があるからです。


【正常なミトコンドリアは腫瘍形成能を抑制する】

 がん細胞に正常細胞のミトコンドリアを細胞融合によって導入すると、そのがん細胞はがん細胞としての性質(無制限の増殖、無酸素下での生存、アポトーシス抵抗性、抗がん剤抵抗性、浸潤、マウスへの移植腫瘍の形成能など)が喪失することが知られています。例えば、以下のような報告があります。

Crosstalk from Non-Cancerous Mitochondria Can Inhibit Tumor Properties of Metastatic Cells by Suppressing Oncogenic Pathways.(非がん細胞のミトコンドリアからのクロストークが腫瘍関連シグナル経路を抑制することによって転移細胞の腫瘍性形質を阻害する)PLoS One. 2013; 8(5): e61747.


この研究では、悪性度の高い骨肉腫細胞株からミトコンドリアDNAを欠損させた骨肉腫細胞を作成し、良性の乳腺上皮細胞から採取したミトコンドリアを融合させてサイブリッドを作成しました。サイブリッド(cybrid)は細胞雑種という意味です。2種類の細胞を融合させる実験です。

正常な細胞からのミトコンドリアを融合させたサイブリッドでは、ATP合成や酸素消費や呼吸鎖活性の亢進など、ミトコンドリア機能の亢進を認めました。
 

さらに興味深いことに、このサイブリッド(雑種細胞)では、がん細胞に由来する細胞核が存在するにも拘らず、正常細胞のミトコンドリアの導入は、もとの骨肉腫-細胞の増殖能、無酸素状態での生存、アポトーシス抵抗性、抗がん剤抵抗性、浸潤能、寒天上でのコロニー形成能、ヌードマウスにおける移植腫瘍の増殖速度などを含めて、様々ながん性特性を正常化させることができました。
 

正常細胞からのミトコンドリアを導入したサイブリッドでは、悪性腫瘍で活性化している幾つかの腫瘍性シグナル伝達系が阻害されました。

これらの結果は、ミトコンドリアと核のクロストークが腫瘍形成において重要な制御機能を果たしており、ミトコンドリア機能を正常化することががん治療のターゲットとなる可能性を示唆しています。がん細胞の発生や悪性進展には、細胞核の遺伝子異常(体細胞突然変異)だけでなく、ミトコンドリアの機能異常も重要だと言うことです。したがって、ミトコンドリアの働きを正常化することはがん治療の一つの手段になると言えます。

画像5

図:核を抜きとった正常細胞の細胞質をがん細胞に細胞融合させると、がん細胞の核が存在しているにも拘らず、悪性の性質が無くなる。これは、正常細胞のミトコンドリアががん細胞の悪性形質を抑制するためと考えられている。


【ミトコンドリアは細胞に支配されているのか、細胞を支配しているのか?】

 なぜ一部のDNAがミトコンドリアに残ったのでしょうか。活性酸素の害から逃れるのが目的であれば、全ての遺伝情報を核に移動させても良かったはずです。進化の過程では、そのような状況(ミトコンドリアDNAが全て核に移行する)も試されたと思われます。しかし、それが選ばれずに、一部のDNAを残しています。その方が、細胞にとって都合が良いのかもしれません。

22個のトランスファーRNA(tRNA)と2個のリボゾームRNA(rRNA)の遺伝子と、酸化的リン酸化に関与するたんぱく複合体の85種類のサブユニットのうち13種類のたんぱく質を作成する遺伝子が存在します。全てのタンパク質を細胞質で作成してミトコンドリアに運搬するより、一部をミトコンドリアの中で作る方が効率が良いのかもしれません。
 

あるいは、ミトコンドリアと核における相互の密接で迅速な遺伝子発現の調節には、お互いの支配下の遺伝子がある方が都合が良いという考えもあります。
 

ミトコンドリアの呼吸酵素複合体が核DNAとミトコンドリアDNAの協同によって作られるため、お互いの生産状況を調節するため、核とミトコンドリアの間にはシグナル伝達による制御機構が存在します。つまり、ミトコンドリアは細胞の核から一方的に支配される立場ではなく、核の遺伝子発現をミトコンドリアが調節することによって、細胞を支配しているとも言えます。(下図)。

画像6

図:細胞内において、核とミトコンドリアの間には密接な相互調節のメカニズムが存在する。


細胞のミトコンドリアは細胞が必要とするエネルギー(ATP)の大部分を産生しています。さらに、カルシウム恒常性の維持、ヘム合成、栄養素の代謝、ステロイドホルモンの合成、尿素合成によるアンモニアの除去、様々な物質代謝、アポトーシスやオートファジーのシグナル伝達系の制御など様々な機能を持っています。ミトコンドリアが代謝や様々なシグナルに応じて細胞機能を制御する中心的な役割を担っています。

一般に細胞の司令塔は核と考えられています。しかし、ミトコンドリアも細胞機能において重要な働きを担っています。細胞の生存と死を握っているからです。核は脳のような働きですが、ミトコンドリアは心臓と肺と消化管と肝臓を合わせたような働きです。核とミトコンドリアの密接な相互関係が、細胞の生存と細胞機能の維持に重要と言えます。

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術 記事まとめ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?