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149)ラパマイシンの抗老化作用は本物か?(その1):mTORC1活性が寿命を短縮する

体がみるみる若返るミトコンドリア活性化術149

ミトコンドリアを活性化して体を若返らせる医薬品やサプリメントを解説しています。


【成長を促進する因子は寿命を短くする】

成長ホルモン、インスリン、インスリン様成長因子-1というのは体の成長を促進する因子で、中年以降に体の老化が進むのはこれらの成長因子が低下するためだと考えられています。したがって、アンチエイジング(抗老化、抗加齢)医療では、このような成長因子を補充して、体を若返らせようとする治療が行われています。
 
しかし、成長を促進し若々しさを保つような因子が、結果的には老化を促進し寿命を短くすることは多くの研究で証明されています。
 
例えば、線虫やショウジョウバエを使って寿命に関わる遺伝子の研究が行われています。線虫やショウジョウバエの突然変異系統(ミュータント:変異体)の中から寿命が延びた変異体を見つけ、どの遺伝子に突然変異が起きているかを解析すれば、寿命に関連する遺伝子を見つけることができます。
 
そのような研究によって寿命に関わる遺伝子が多数見つかっていますが、見つかった線虫やショウジョウバエの遺伝子の哺乳類の相同体を解析すると、それがインスリやインスリン様成長因子-1(IGF-1)の受容体やそのシグナル伝達系に関与する遺伝子だということが明らかになったのです。
 
例えば、線虫の遺伝子でins-7とdaf-2と名付けられた遺伝子に突然変異がある変異系統の線虫は寿命が延びていました。そして、これらの遺伝子は哺乳類では、それぞれインスリンとインスリン受容体に相当するものでした。そして、インスリン受容体の下流に存在するシグナル伝達系に関与する遺伝子の突然変異も寿命を延長することが明らかになったのです。
 
このような線虫やハエの研究結果をもとに、遺伝子改変マウスを使った研究が行われています。例えば、成長ホルモンが過剰に発現しているマウスはIGF-1の濃度が上昇し、寿命が短くなり、がんの発生率が高まることが報告されています。成長ホルモンは肝臓に働きかけてインスリン様成長因子-1(IGF-1)を分泌させ、このIGF-1が標的組織の細胞分裂を刺激することによって体の成長を促進します。
 
逆に、成長ホルモンが産生できない成長ホルモン欠損マウスや成長ホルモン受容体が欠損したマウスを作成すると、これらの成長ホルモンの働かないマウスではがんの発生率が減少し寿命が延びることが示されました。ネズミに30~40%のカロリー制限を行うとIGF-1濃度が30~40%減少し、がんの発生率が低下し、寿命が延びました。
 
人間でも、IGF-1の低い人ほどがんによる死亡率が低いという報告や、IGF-1の低下しているほうが長寿であるという報告もあります。100歳以上の超長寿者では、成長ホルモンやインスリン/IGF-1シグナル伝達系の働きが低下するような遺伝子変異を持った人が多いという報告があります。
100歳以上まで生存した人(百寿者)の子孫と、比較的若く亡くなった人の子孫を比較すると、百寿者の子孫の方がIGF-1の血中濃度が低いという報告があります。以下のような研究報告があります。

Low circulating IGF-I bioactivity is associated with human longevity: findings in centenarians' offspring.(IGF-1の血中濃度の低値はヒトの長寿と関連している:百寿者の子孫の研究)Aging (Albany NY). 2012 Sep;4(9):580-9.

この研究では、百寿者の子孫192名と両親が比較的若く死亡した対照群80名を対象にして、血中のインスリン様成長因子-1(IGF-1)の活性を測定しています。
 両親が早死にした対照群に比べて、百寿者の子孫の血中のIGF-1活性と総IGF-1量は有意に低値を示しました。この結果は、成長を促進するIGF-1/インスリン系の活性が高いと寿命が短縮することを示唆しています。
 
高齢になってIGF-1が低い人は、寿命が伸び、がんの発生が抑制されます。そして、IGF-1の産生が低い体質や、IGF-1で誘導される細胞内シグナル伝達系の働きが弱い遺伝的素因を持った人は、長寿でがんが発生しにくいことを示唆します。
 
IGF-1はインスリンと構造が似ており、それらの受容体も似ているため、インスリンとIGF-1は相互に交叉反応します。したがって、インスリンの分泌を促進する糖質の多い食事は、インスリン/IGF-1シグナル伝達系を活性化し、寿命を短くし、がんの発生を促進することになります。
逆に、カロリー制限やケトン食や糖質制限などの食事療法はインスリン/IGF-1シグナル伝達系を抑制し、がんを予防し寿命を延ばす効果が期待できます。

IGF-1の低値は、がん抑制と寿命延長に作用しますが、成長因子が低下すると認知機能や筋肉量などにマイナスに働く可能性はあります。成長期のIGF-1の低値は成長を抑制します。しかし、高齢者におけるIGF-1の低値が認知機能を低下させたり筋肉の量や機能にマイナスに作用することは無く、むしろ老化を抑えるので超長寿者ではIGF-1の低値は認知機能を改善することが明らかになっています。以下のような報告があります。

Lower circulating insulin-like growth factor-I is associated with better cognition in females with exceptional longevity without compromise to muscle mass and function. (インスリン様成長因子-1の血中濃度の低値は、筋肉の量と機能を低下させることなく、超長寿の女性に置ける認知機能の改善と関連している)Aging (Albany NY). 2016 Oct 14;8(10):2414-2424.

100歳以上まで健康に生きるような人は、長生きする遺伝的素質を持っているのですが、その候補の一つがインスリン/IGF-1シグナル伝達系の活性が低下するような遺伝形質ということです。



【大きな動物は寿命が長く、太った動物は寿命が短い】

ゾウのように大きな動物は、ネズミのような小さな動物よりも寿命が長いことは良く知られています。一般的に、体の大きな動物ほど寿命が長いことになっています。その一つの理由は、大きな動物ほど成長と性成熟に時間がかかるからです。

 
しかし、同じ種であれば、太った個体や体格の大きい個体ほど寿命が短いことが多くのデータで明らかになっています。遺伝子改変で体格が大きくなるマウスを作ると、正常のサイズのマウスより寿命が短くなります。体格の大きなマウスは成長速度が促進し、生殖活動も旺盛ですが、活性酸素の産生が亢進し、寿命は短くなります。老化は成長の延長なので、成長が早いと老化も早くなると考えられています。

 
犬を例にとると、小型犬と中型犬と大型犬というように大きさによって寿命を比べると、体格の小さい犬ほど寿命が長いことが知られています。このように同じ種であれば、体格の大きい個体ほど寿命が短い(逆に言うと小さい個体ほど長生きする)ということになります。これは人間でも証明されています。

何千人というプロ野球選手の身長と体重と死亡時の年齢のデータを解析すると身長が高いほど死亡年齢が低いことが示されています。映画スターなどの著名人を対象にした解析でも同様な結果(身長と寿命は逆相関する)ことが示されています。
 
低身長と高身長の寿命の差を検討した多くの研究をまとめた論文では、身長が1cm高くなると、0.47~0.51年の寿命の短縮があるという数値が報告されています。180cmの人は160cmの人の平均10年間ほど寿命が短くなるという計算です。
 
ハワイで日系移民を対象にしたコホート研究のHonolulu Heart Program/Honolulu Asia Aging Studyは世界的に有名な疫学研究です。1900年~1919年に生まれたハワイのホノルル在住の8006人の日系アメリカ人を対象に1965年から始まり、ほぼ50年間の追跡が行われています。

このうち約1200人が90歳以上生きており、論文作成の段階で250人程度が生存していました。このデータの解析でも、身長が低い方が寿命が長いことが明らかになっています。

Shorter Men Live Longer: Association of Height with Longevity and FOXO3 Genotype in American Men of Japanese Ancestry(低身長の男性は長く生きる:日系アメリカ人男性における身長と寿命とFOXO3遺伝子型の関連)
PlosOne  Published: May 07, 2014 DOI: 10.1371/journal.pone.0094385

この研究では、成長の初期の段階で体格が小さいことが80歳以降の寿命の延長に関連しており、寿命に関連するFOXO3遺伝子の遺伝子型との関連を示唆しています。

FOXO3は転写因子で寿命を延ばす作用があります。このFOXO3遺伝子には一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)に基づく活性の違いがあります。このうち、寿命延長に関連したFOXO3遺伝子型を持っている人では、インスリン濃度が低値で、がんも少なく、身長が低い関係があると報告しています。

インスリン/インスリン様成長因子-1のシグナル伝達系の活性が低いと身長や体格は小さくなります。つまり、身長と寿命の逆相関はインスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)のシグナル伝達系、mTORC1活性、FOXO活性で説明できることになります。

つまり、がんを防いで寿命を延ばすには、インスリン/IGF-1のシグナル伝達系を抑え、mTORC1活性を抑制し、FOXO活性を高めることが有効であることが理解できます。



【ラパマイシンは哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1(mTORC1)を阻害する】

ラパマイシン(Rapamycin)は1970年代にイースター島の土壌から発見されたStreptomyces hygroscopicsという放線菌の一種が産生する有機化合物で、シロリムス(Sirolimus)という別名で呼ばれることもあります。

イースター島は、チリ領の太平洋上に位置する火山島で、現地語名はラパ・ヌイ(Rapa Nui)と呼ばれています。「ラパ・ヌイ」とはポリネシア系の先住民の言葉で「広い大地」を意味します。モアイ像の建つ島として有名です。ラパマイシンはラパ・ヌイにちなんで名付けられました。


図:ラパマイシンはモアイ像で有名なイースター島の土壌から発見された放線菌(Streptomyces hygroscopics)が産生する有機化合物。


ラパマイシンは免疫抑制作用があり、米国では臓器移植の際の拒絶反応を防ぐために使用されています。さらに、平滑筋細胞増殖抑制作用や抗がん作用や寿命延長効果が知られています。

平滑筋細胞増殖抑制作用に関しては、狭心症や心筋梗塞の治療に使われる血管内ステントに冠動脈再狭窄予防効果を目的としてラパマイシンを配合したステントが製品化され、心臓カテーテル治療において使用されています。また、リンパ脈管筋腫症の治療薬としても使用されています。

 
ラパマイシンの生体内のターゲット分子が、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mammalian target of rapamycin)、略してmTOR(エムトール)というタンパク質です。
mTORはラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼ(タンパク質のセリンやスレオニンをリン酸化する酵素)で、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。


最初に酵母におけるラパマイシンの標的タンパク質が見出されてTOR(target of rapamycin)と命名され、後に哺乳類のホモログ(相同体)が見出されてmTOR(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質)と命名されました。




mTORにはmTOR複合体1(mTORC1)とmTOR複合体2(mTORC2)の2種類があります。mTORに幾つかの他のタンパク質が結合して複合体を形成しており、結合しているタンパク質の違いで2種類の複合体ができ、異なる機能を担っています。

mTORC1は成長因子や、糖やアミノ酸などを含む栄養素のセンサーとして機能し、mTORC2は細胞骨格やシグナル伝達の制御を担っています。
インスリンやインスリン様成長因子(IGF-1)によって活性化されるのはmTORC1の方で、ラパマイシンで阻害されるのもmTORC1です(図)。


図:哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1(mTORC1)は複数のタンパク質から構成されるセリン・スレオニン・リン酸化酵素で、インスリンやインスリン様成長因子-1(IGF-1)や上皮成長因子(EGF)や血小板由来増殖因子(PDGF)などの増殖因子によって活性化される。mTORC1はタンパク質翻訳の開始因子であるelF4Eを抑制する4E結合タンパク質(4E-BP1)をリン酸化してその機能を抑制する。また、リボソームの生合成を促進するS6K1をリン酸化して活性化する。これらの作用によってmTORC1はタンパク質合成を促進する。その他、多くの標的タンパク質をリン酸化することによって脂質や核酸の合成を亢進し、細胞内小器官の消化・再利用に重要なオートファジーを抑制する。ラパマイシンはFKBP12と結合し、mTORとraptorの相互作用を阻害することによってmTORC1の活性を阻害する。



【mTORC1は栄養と増殖シグナルを感知して増殖を制御する】

細胞の増殖というのは、栄養とエネルギーが利用できる状態にあるときに、新たな細胞構成成分(タンパク質、核酸、脂質など)を合成して、細胞の数を増やす生化学的プロセスです。 

したがって、増殖するためには、細胞を新たに作る材料(栄養素)とエネルギー(糖質や脂質を分解して得られるATP)が必要です。
増殖因子や成長因子やホルモンなどによって細胞増殖のシグナルが来たときに、栄養素とエネルギーの供給が十分にある条件で、タンパク質や脂質の合成を促進して細胞増殖を実行するのが哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mTORC1)です。
 
インスリン、インスリン様成長因子-1、成長ホルモンなどの増殖刺激が細胞に作用すると、それらの受容体などを介してPI3キナーゼ(PI3K)というリン酸化酵素が活性化され、これがAktというセリン・スレオニンリン酸化酵素をリン酸化して活性化します。活性化したAktは、細胞内のシグナル伝達に関与する様々な蛋白質の活性を調節することによって細胞の増殖や生存の調節を行います。このAktのターゲットの一つがmTORC1です。
このようにして、栄養源と増殖シグナルを感知して細胞の成長や分裂を促進するのがmTORC1です。




【カロリー制限とラパマイシンは老化を遅延させて寿命を延ばす】

寿命を延ばす方法として現時点で最も確実なのがカロリー制限です。カロリー制限とは、栄養障害(ビタミンやミネラルやタンパク質の不足)を起こさずに食事からの摂取カロリーを30~40%程度減らす食事を行うことです。カロリー制限には老化を遅延して寿命を延ばし、がんを含めて老化関連疾患の発症を抑制する効果が認められています)。


細胞の増殖と老化の制御で重要な役割を担っているのがmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)です。カロリー制限がmTORC1の活性を低下させることによって老化過程を遅延させ、寿命を延ばし、がんを予防することを示す証拠が多く報告されています。mTORC1の阻害剤であるラパマイシンも抗老化と寿命延長とがん予防効果が明らかになっています。 
 
mTORC1はインスリンや成長ホルモンやインスリン様成長因子-1(IGF-1)などの様々な成長因子や過剰な栄養によって活性化され、タンパク質や脂肪の合成を促進し、細胞の増殖や体の成長を促進します。増殖や成長を促進する作用は老化過程も促進します。老化は成長の延長だからです(図)。


図: mTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1は成長ホルモンやインスリンやインスリン様成長因子-1(IGF-1)など様々な成長因子や過剰な栄養によって活性化され(①)、細胞の増殖や体の成長を促進する役割を担っている(②)。成長が終了したあともmTORC1の働きが過剰に続くと、細胞や組織の老化が促進される(③)。成長は「プログラムされた正常機能」であるが、老化は「成長の延長(過剰機能)」であり、成長終了後はmTORC1の活性は老化と発がんを促進する方向に作用する(④)。mTORC1を活性化して屈強な体を作るときは、寿命を犠牲にし、発がんリスクを高める可能性がある。カロリー制限とラパマイシンはmTORC1の活性を抑制することによって、老化速度を遅くし、寿命を延長できる。



【女性は男性より寿命が長く発がん率が低い】

2022(令和4)年の日本人の平均寿命は男性が81.05歳、女性が87.09歳です。日本の場合、女性の平均寿命が男性より5~7歳長いというのは1965年以降ずっと続いています。1965年は平均寿命がまだ70歳前後のころです。1950年代は平均寿命が60歳代ですが、この頃でも女性の方が3~4歳ほど寿命が長いことがデータで示されています。


このような女性の方が男性より寿命が長いというのは、ほとんどの国で確認されています。特に寿命が長い先進国では、日本と同様に5~7歳くらいの男女差があり、しかも、寿命が延びるほど男女差が拡大する傾向にあります。世界中の100歳以上の人口の75%は女性で、110歳以上の人口の90%が女性と言われています。
 
また、がんの発生率も男性の方が女性より高いことが知られています。男性のがんの発生率は女性の約1.5倍です。生涯でがんによって死亡する確率は、男性は26%(4人に1人)、女性は16%(6人に1人)というデータもあります。
 
このように、がんの発生率や寿命における男女差の原因としては、様々な理由が考えられます。
 
一般的に男性は、喫煙や飲酒の量が多く、危険な職業等により、女性に比べて身体に悪い影響を受けていることから、女性より短命でがんの発生も多いと言われています。
 
あるいは、女性ホルモンのエストロゲンが動脈硬化を予防する効果があるとか、性染色体(男性はXYで女性はXX)やミトコンドリアDNAの違いの関与など生物学的な様々な違いの関与も指摘されています。


また、生殖活動と寿命には関連性があり、「生殖は寿命を切り詰める」ということは多くの証拠によって示されています。カロリー制限や去勢や遺伝子改変によって生殖活動を弱めると寿命が延び、これは「生殖と寿命のトレードオフ」と呼ばれています。トレードオフ(trade-off)とは、一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという状態 ・関係のことです。
 
カロリー制限は性ホルモンの産生を減少させ、これが老化抑制のメカニズムの一つと考えられています。
 
女性は閉経によって排卵しなくなると生殖能力を失うのに対して、男性の精子形成能は70歳を超えても生殖可能なレベルにあると言われています。米国の俳優ロバート・デ・ニーロは79歳で7人目の子どもが誕生し、アル・パチーノは83歳で第4子となる男児が生まれています。


男性の生殖可能期間が女性より顕著に長いことは、何らかの進化上の理由がある可能性があります。例えば、男性の方が戦いなどで若年で死ぬ確率が高いので、生き延びた男性の生殖期間が延びるという進化上の淘汰圧が加わるなど、「生殖と寿命のトレードオフ」の関係によって男性は生殖可能期間を延ばすために寿命を犠牲にしているという説もあります。
 
これらのいろんな理由の総合された結果ががん発生や寿命の男女差の原因となっていると思われますが、この男女差の原因の根本的な理由にmTOR(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質)が関与していることが指摘されています。
 
mTORは体の成長を促進し、屈強な体を作る作用がありますが、この作用が老化を促進するという考えです。寿命と発がん率の男女差の説明にもmTORの観点から考察されています。



【女性より男性がmTORの活性が高い】

以下のような論文があります。

Mechanistic or mammalian target of rapamycin (mTOR) may determine robustness in young male mice at the cost of accelerated aging.(機械的あるいは哺乳類ラパマイシン標的タンパク質は若いオスのマウスにおいて老化促進の犠牲を払って屈強さを決めている) Aging (Albany NY). 2012 Dec;4(12):899-916.


mammalian target of rapamycinはmechanistic target of rapamycin とも呼ばれています。どちらも同じです。Robustnessというのは、「頑健性, 頑強性, 頑強さ, 強さ」などと訳されています。つまり、オスとしての強さを得るためにmTORの活性を高める必要があるのですが、mTORの活性が亢進すると老化が促進されるので、オスは強さ(屈強さ)を得るために寿命を犠牲にしているという意味です。 要旨は以下です。 

 
【要旨】 

ハエから人間を含めて哺乳類までほとんどの生物種において、オスはメスよりも大きくて強いが、寿命はメスより短い。

細胞の成長はmTORによって一部は促進されている。成長が完了すると、mTORは増殖ではなくて老化を促進する。メスに比べてオスの方がmTOR活性が高くなっているという仮説のもとに研究を行った。

6ヶ月齢のオスのマウスはメスよりも体重が28%重かった。mTOR活性の指標であるリン酸化したS6(pS6)とセリン473がリン酸化されたAKT(p-AKT)のレベルは、検査した組織においてオスの方が高かった。 

pS6のレベルは個体差が大きかったが、体重はp-AKTのレベルと比例していた(正の相関を認めた)。 年齢とともにpS6のオスとメスの差は減少したが、オスがメスよりmTORの活性が高い状態は不変であった。 


mTORの阻害剤であるラパマイシンを腹腔内に投与すると、メスの場合は全ての臓器においてpS6は検出できないレベルになったが、オスにおいてはpS6は顕著に減少したが検出できるレベルにあった。 


若いオスのマウスにおいて、組織のp-AKTとpS6のレベルは高く、それは体重とインスリンの増加と関連していた。 

これらの結果は、オスにおいて大きいマウスは老化が促進されていることを示している。ラパマイシンの効果は絶食よりも効果が高かった。

今までの幾つかの研究で、ラパマイシンに対する寿命延長効果がオスよりもメスで顕著であった理由はメスの方がラパマイシンに対する感受性が高いためと考えられる。
 
 

S6というのは、リボソームの生合成を促進するS6キナーゼ(S6K)でmTORC1でリン酸化されて活性化されます。AKTはmTORC2でリン酸化されて寿命延長作用があるFOXO3aを阻害します。

mTORC1が活性化されるとタンパク質や脂質の合成が亢進し、体が大きく屈強になります。これは若いオスにとっては生存競争に有利になります。しかし、mTORC1が活性化されると老化が促進されるので、寿命を犠牲にしなければならないということになります。mTORはがん細胞の増殖を促進します。
 
したがって、オスの方がメスよりもがんの発生率が高く、寿命も短いことの説明がmTORの活性がオスの方が高いということで説明できるという考えです。
 
女性より男性の方が身長が高いことは、男性の方が体の成長を促進する成長因子やシグナル伝達系が亢進していることを意味し、その結果、がんの発生が多く、寿命が短いと言う推測もあります。男女のがん発生率と寿命の長さの違いは身長の差で説明できるという考えです。以下のような論文があります。

Height as an Explanatory Factor for Sex Differences in Human Cancer. (ヒトがんの発生率の男女差の理由の一つとしての身長) Journal of the National Cancer Institute 105(12):860-868. 2013年

「高身長ががんの発生を増やすとか寿命が短い」というのは、背が高い人にはショッキングな話ですが、医学的には事実であり、十分に納得できる説明ができます。そのメカニズムを理解すれば、何をすれば良いかは理解できます。


肥満の場合は体重を減らすことで解決します。高身長による発がんや老化を促進するリスクを減らすには、体内で活性酸素の産生や遺伝子変異を増やさないような食生活や生活習慣が大切になります。インスリン様成長因子の働きを抑える糖質制限やカロリー制限も有効だと思います。 

最近の老化の研究からこの男女差の原因の根本的な理由に哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1(mTORC1)が関与していることが指摘されています。mTORC1は体の成長を促進し、屈強な体を作る作用がありますが、この作用が老化を促進するという考えです。



【mTOR活性の阻害は寿命を延ばす】

ラパマイシンの寿命延長効果は2009年にNatureに報告されています。国立老化研究所介入試験プログラムのデータは、ラパマイシンが遺伝的に不均一なマウスの寿命の中央値と最大寿命を延長することを明確に示しています。

Rapamycin fed late in life extends lifespan in genetically heterogeneous mice.(晩年にラパマイシンを投与すると、遺伝的に不均一なマウスの寿命が延びる)
Nature. 2009 Jul 16; 460(7253): 392–395.

遺伝的または薬理学的介入による TOR シグナル伝達経路の阻害は、酵母、線虫、ショウジョウバエなどの無脊椎動物の寿命を延ばします。しかし、mTOR シグナル伝達の阻害によって哺乳類の寿命が延びるかどうかは不明でした。この研究では、mTOR経路の阻害剤であるラパマイシンが、生後600日から給餌を開始すると、雄マウスと雌マウスの両方の寿命の中央値と最長寿命を延長することを報告しています。
 
死亡率90%の年齢に基づくと、ラパマイシンは女性で14%、男性で9%増加しました。この効果は、疾患感受性に対する遺伝子型特異的な影響を避けるために選択された、遺伝的に不均一なマウスの 3 つの独立した試験部位で観察されました。

ラパマイシン処置マウスの疾患パターンは、対照マウスの疾患パターンと異なりませんでした。ラパマイシンは、がんによる死を遅らせたり、老化のメカニズムを遅らせたり、あるいはその両方によって寿命を延ばす可能性を指摘しています。

この論文は、哺乳動物の寿命の調節におけるmTORシグナル伝達の役割、および男女両方の寿命の薬理学的延長を実証した最初の結果です。



【米国ではラパマイシンが寿命延長の目的で処方されている】

米国では、医師が抗老化治療としてラパマイシンを処方しています。以下のような報告があります。

Evaluation of off-label rapamycin use to promote healthspan in 333 adults.(成人 333 人の健康寿命を促進するための適応外ラパマイシン使用の評価)
GeroScience. 2023 Oct; 45(5): 2757–2768.

【要旨】
ラパマイシン (シロリムス) は、免疫調節特性と増殖阻害特性を備えた FDA(米国食品医薬品局)承認の薬剤である。前臨床研究では、ラパマイシンが酵母菌、無脊椎動物、げっ歯類の寿命と健康寿命の指標を延長することが示されている。

現在、何人かの医師が健康寿命を維持するための予防療法としてラパマイシンを適応外処方している。しかし、これまでのところ、この目的でのラパマイシンの使用に関連する副作用または有効性に関して入手可能なデータは限られている。この知識のギャップに対処し始めるために、ラパマイシンの適応外使用歴のある成人 333 人から調査によりデータを収集した。

ラパマイシンを使用したことがない成人172人からも同様のデータが収集された。ここでは、適応外ラパマイシンを使用する患者コホートの一般的な特徴について説明し、ラパマイシンが健康状態が正常な成人に安全に使用できるという最初の証拠を提示する。
 
 


適応外使用とは、承認されていない効能・効果、あるいは用法・用量で使用することです。米国食品医薬品局(FDA)によってすでに承認されている医薬品の転用および適応外使用は、抗老化医療において一般的な方法となっています。

この方法で使用されている FDA 承認薬の中には、メトホルミンとラパマイシン (シロリムス) があります。どちらの薬剤も実験動物の寿命と健康寿命を延ばすことが報告されており、老年科学の臨床試験で積極的に試験されています。初期のデータと比較的穏やかと思われる副作用プロファイルに基づいて、一部の医師は健康寿命を延ばす効果を期待してこれらの薬剤を適応外で処方し始めています。
 
合計 505 人が調査対象となり、このうち333 人は以前にラパマイシンを使用したことがあり、172 人はラパマイシンを使用したことがありませんでした。

ラパマイシン使用者のうち、男性の77.7%(202人)と女性の82.2%(60人)が医師の監督下でラパマイシンを服用していると報告しました。
 
ラパマイシンを摂取する理由のうち、最も一般的な回答は「健康長寿/老化防止」であり、95% (313 人) のユーザーが報告しました。その他の回答には、「認知症」の予防策としてラパマイシンを摂取していると報告した62人、「心血管疾患」を選択した27人、「がん」を選択した2人が含まれていました。
 
最も一般的な投与間隔は週に1回の投与で、男性回答者の88.1%(229人)と女性回答者の91.8%(67人)がこの服用法を使用していると報告しました。2 番目に多かった投与間隔は 14 日で、男性の 5.8% (15 人)、女性の 2.7% (5 人) が報告しました。ラパマイシンを毎日使用していると報告した参加者は 4 名 (男性 3 名、女性 1 名) のみでした。
 
ラパマイシン使用者は一般に、ラパマイシンの適用外使用を開始して以来、生活の質が向上したと感じたと報告しました。自己申告による健康、幸福感、脳機能、若々しさ、自信、落ち着き、不安、全身の痛みの改善が認められました。「家族や友人が私の見た目が良いとコメントした」というコメントはラパマイシンを使用していない人に比べて、ラパマイシン使用者で5倍以上多くいました。
 
特に興味深いのは、ラパマイシン使用者と非使用者の間の新型コロナウイルス感染症の重症度の分析でした。ラパマイシンは、抗ウイルス遺伝子の発現と「サイトカインストーム」の軽減に対する効果の可能性を介して、重症の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)症例を予防および治療するための潜在的な治療法として提案されています。SARS-CoV-2感染期間を通じてラパマイシンを継続的に使用すると、中等度または重度の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)症例の大幅な減少と関連していました。
 
ラパマイシン (シロリムス) は、試験されたすべての種における無数の動物実験で一貫して寿命を延長した唯一の薬剤です。これに関しては多数の実験結果や総説論文が発表されています。

ラパマイシンは細胞の老化と生物体の老化を抑制し、それによって老化の致命的な症状である加齢関連疾患の発症を遅らせる万能の抗老化薬であるとされています。老化は、部分的には、mTOR などの機能的成長促進経路によって促進されます。ラパマイシンは老化を遅らせることにより、加齢に関連した病気を遅らせる効果は本物のようです。
 
「副作用」と治療効果の回避に基づいて、長寿のためのラパマイシンの最も一般的なスケジュールは、週に 1 回 5 ~ 7 mg です。このスケジュールは忍容性が高く、まれな口内炎を除いて副作用はありません。健康な高齢者では、毎日 1 mg のラパマイシンによる治療では副作用は無いようです。
 
老化予防と寿命延長の目的でラパマイシンの服用は試してみる価値は高いかもしれません。

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