#2 アラサーチー牛が英語を勉強してUKに行く話
あれから何日か経った。
変わったことといえば、最近少し英語を勉強し始めたことだろうか。何故とは明言できないが、元カノ『咲』が何を考えてイギリスに行ったのか知りたくなったのだ。しかしあのやり取りから連絡が来ることはなく、僕も連絡するほどの用があるわけでもなく、相変わらずうだつの上がらない毎日を過ごしていた。
「はい、えー、株式会社cheeQ、システム開発部兼広報担当、窪塚と申します。今日は当ブースにお集まりいただきありがとうございます。えと、早速弊社の紹介から参らせていただきます。」
僕の名前は窪塚血牛男。システム開発部から干されかけて、今は広報のサポートに回っている。我社はある政令指定都市に位置する中小企業ではあるが、最近は自社開発にも乗り出し、営業も兼ねて会社説明会にせっせとブースを出している。僕は開発側から見事にはじき出されて、かねてから要員が不足していた広報に駆り出されたというわけである。
「弊社の強みは、えー、このCheeQ Expoという就職マッチングシステムです。たいてん…あ、違う、大典銀行様と業務提携をし、その営業網を活用させていただいており、県内全域をカバーする、えーと、ち、地域密着型の就職支援を展開しています。CheeQ Expoの売上は上昇傾向でさらなる...」
僕が今相手にしているのは、大学卒業見込みや高卒見込みの就活生である。たまに第二新卒や僕と同じでよくわからない経歴の人もいるが、参加しているだけ僕よりも立派だ。とにかく全体的に若い。ピカピカのシワのないスーツに身を包み、キラキラと目を輝かせて僕のプレゼンに耳を傾けてくれるのだからなんともこそばゆい。
「なにか質問はありますか?...はい、ありませんね。本日はご清聴いただきありがとうございました。みなさんのご応募心よりお待ちしております。あ、インターンについてのご相談も受け付けておりますので、どうぞよろしく。」
僕、実は広報が向いているのかもしれない。
「窪塚さんさぁ、もう少し明るくしゃべれない?」
会社説明の後、僕は年下の先輩にひっつかまれて会場の隅の壁際に追いやられ、尋問を受けていた。
「え、あ、すみません、暗かったですか?」
「うん、ちょっとねぇ、うーん」
彼女は18で入社し現在24だが、僕より2年先輩で今年7年目。若くしてうちの商品開発部署のディレクターの役職についている。美人で(僕以外には)気立てがよく男性社員たちからの覚えもめでたい。その彼女が何やら言葉を濁している。
「な、何でも言ってください!僕直しますんで!」
彼女が唸るのもわかる。要するにこの扱いに困る僕に何をどうアドバイスすればよいのか考えているのだ。だが僕はせっかくもらったこの広報の仕事をもっと頑張りたいという気持ちが芽生えていた。キラキラした就活生を見て今なら働く楽しさを見出せそうな気がする。そして働く楽しさを若者たちに伝えたい!
「じゃぁ遠慮なく言わせてもらうと、全体的にダメかな。」
ポキっと心が折れる音がした。
「あ、え、全体的ですか、」
「うん、まずプレゼンの基本は全然なってないよね。シートの切り替えミスり、全然関係ないシートで説明しててみんな困惑してた。情熱がないし、声が小さいしから聞いてて面白みを感じないし。これじゃぁうちの良さが全然伝わってこない。身だしなみも全然なってない。もうクールビズ終わったんだからネクタイしないとダメだよね。それにスーツがクタクタだし、猫背だしで全然イケてない。広報は会社の顔だよ?就活生は広報を見てどんな会社なのか判断するの。その人が社会の反面教師みたいな人じゃ入ろうって思わないでしょ。」
「す、すみません。」
「その、次からは私がやりますので、パワポの操作だけ頼みますね。」
「はい、、」
完全にKOされた僕は、傷心のままF5, PageDownを押すだけの人となり午前の部を終えた。なんだか一人になりたい気分だったので、海を眺めに僕は会場を出た。
「..あそこに見えるのはイギリスだろうか。」
最近は、こうして海の向こうを眺めることが多くなった。僕はこの海の向こうに出たことはなかったが、今はその先に何があるのか少し気になっている。
「いや、あれ佐渡ですよね。」
僕が一人センチメンタルにチルっていると誰かが話しかけてきた。
振り返るとそこには黒髪ロングの女子高生がいた。ギャルって感じの。
「..ああ、佐渡だよね。もちろん知ってる。I know, I know, haha.」
「窪塚さんですよね?さっき会社説明してた。」
女子高生は矢継ぎ早にそんなことを聞いてきた。僕の不思議ちゃん的な言動は一切気にしていないようだった。
「あ、はい、そうですけど。」
そういえばさっきのプレゼンで見かけた。美人系のギャルがいるなとは思っていたのである。
会社説明について質問が感じだろうか。
「仕事ってやっぱり辛いですか?」
違った。てかやっぱりってなんだ。まるで僕が仕事を辛いと思っていると決まっているみたいじゃないか。まぁ概ね間違っていない。
「え、あ、まあ多少はね。どうしてそんなことを?」
「さっき同じ会社の人に怒られてましたよね。大変そうだなって思って追いかけてきました。このまま川に飛び込んだりしないか不安だったので。」
どうやら僕がガチ凹みしてあらぬ決断をしないか心配してくれていたらしい。
「あー、あれ聞いてたんだ。大丈夫あれしきのことで川に飛び込んだりしないよ。だから安心して。」
「あ、そうですか、」
彼女を心配させまいとする僕だったが、なぜだか彼女の方は期待はずれとでもいうかのように、すこし残念そうだった。
「窪塚さんはどうして広報なんてやってるんですか?」
「え?まぁいろいろあってね。…僕ってやっぱり広報向いてないのかなぁ。」
かろうじて向き不向きの問題にすり替えようとする僕。
「あ、いえ。なんかすいません。変なこと聞いちゃって。」
ネガティブ発言は厳禁か。JKに気を使わせてしまった。
「いや、気にしないで。君は高校生だよね?もう就職考えてるなんて偉いね。」
「別に偉くないですよ、うちは大学に行けないので就職しかないから当然です。就職組は動き出してます。それに私は公務員志望なので今日はしかたなく来ただけです。学校がいけって言うので。」
取り付く島もないな、今どきの高校生は。
おべんちゃらでこの場を乗り切れるほど甘くはなかった。
「そっか。」
はい、論破されて何も言えません。
「さっきの話ですけど、窪塚さんはその..あまり得意じゃないように見えます。それでもやるのってなんでなんですか?」
向いてないのに、その言葉を飲み込んだような気がした。
「うーん、まぁ、会社の指示だしね。お金が発生しているし頼まれたらやるしかないじゃん?僕の場合、向き不向きとか関係ない次元でそれが発生するから、結局なにか掴む前に別の仕事を振られるんだ。わかる?」
「いや全然わかんないです。」
わからないよなぁ。まぁ言った僕が一番わからない。
変にミステリアスを装うとするからこうなるのだ。
「まぁ、就活に失敗したからかなぁ。僕は色々あって人より遅く社会人になったから、人より仕事が遅いんだ。早く入った人ほど早くいろいろ経験するだろう。」
「あーそういうことですか。なら最初からそう言ってください。」
「あ、はい。」
ごめんね、でももう少し適当にあしらわれてくれてもいいんだよ?
「窪塚さんは逃げたいとか思ったことないんですか。」
「それは、あるよ。仕事始めたときなんかはずっとそう思ってた。」
「じゃあ、なんで続けられてるんですか?」
「うーん、もう麻痺しちゃってるからかもね。辛くて逃げたかったけど、僕はもう後がなかったから、逃げて立ち行かなくなるよりは辛くても続けるほうがマシだったんだと思う。」
「すごいですね、私には窪塚さんのようにはなれないです。」
「ならなくていいと思うよ。」
「後輩にあんなパワハラを受けても、平然としていてすごいと思ったんです。それですごく気になりました。なんでこの人はこの仕事を選んだんだろうって。」
「ぉーい、プチ炎上した広瀬○ずみたいになってんぞー。」
「?..すみません、失礼なこと言ったみたいで。」
知らんのかい。まぁ失礼と察するだけいいか。
「別にいいよ。あ、あと彼女は先輩だから。年下だけど。」
「え!そうなんですか!...なんだ。」
だからなんでちょっと残念そうなのよ。今どきの子の考えてることはわからん。
それからいくつか言葉をかわした。異性とこんなに話し込んだのは元カノ以来だった。他愛もない話しかしなかったが、彼女がなにか将来への不安をいだいていることは伝わってきた。他にわかったことといえば彼女の名前が「柊あかね」という事くらいだ。
僕は何本目かのたばこをくわえようとしたときに、柊はちらちらと周りを伺うような挙動をした。
「どうかした?」
「あの、もうお昼の時間終わりますけど、戻らなくていいんですか?」
やべっ。
僕は駆け足で会場に戻った。
窪塚さん、時間も守れないんですか?と年下の先輩に睨まれながらも、あははとお茶を濁してからしれっとF5を押した。
このまま一日終わるかなぁ、と思ったが、面倒くさいことはこの後に起こるのだった。
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