さあ、襷を繋ごう!(男子編 最終話)


『怯まず前へ』


恐れ多くも、このタイトルは私が大好きな東洋大学陸上競技部 長距離部門のチームスローガンである。

彼らの、ひたむきに、ひたすらに、怯まず前へ進む姿が大好きだ。


我が愛すべき小僧達も、懸命に、ひたすらにここまで襷を繋いできた。



県駅伝出場を懸けた戦いは最終6区。

順位は10位。(県駅伝出場は10位まで)

走るのは2年生のF。



Z君の襲撃を何とかやり過ごし(抜かれたけど)、ホッとしたのも束の間。

10位となった我がチーム。

県駅伝出場権獲得はまさに土俵際。いやすでに徳俵に足が掛かっていた。


もうこうなると、とにかく後ろとの差。

5秒に1回は後続チームとの差を確認し、
「詰められた?ねえ、離してね?大丈夫?ねえ、大丈夫だよね?」
と、何の生産性もないやり取りをひとり延々繰り返していた。


後ろとの差を確認すればするほど頭真っ白、もう無理…。


『ケンエキデン、シュツジョウ、サセテクダサイ…』


最早、祈りなのか欲望なのか、全てはその一点にフォーカスされ、優勝争いがどうとか、上位チームが競っているとか、もうそんなの全然見えない。


もう、うちと11位12位のチームしか分からない。目に入らない。


何なら

「ちょっ、混乱するから上位チーム早くゴールしてもらっていいすか?」

くらいダークサイドに突っ込んでいた。



「抜かれなければどうということはない。」


そんなシャア少佐の声が聞こえてくる筈もなく、完全にテンパったおっさんは今が宇宙世紀ならアムロのビームライフルで一撃にされていたと思う。(すみません)



そんな中でもレースは続く。


芝生の丘を下り、野球場の角を曲がって1キロを通過。そして見えなくなった。

うん、多分曲がった。もう真っ白だから。全然分からない。多分まだ10位。



次に見えたのは野球場の向こう。


何位?10位?

10位!!


後ろとの差は?キープしている?!していない?!

キープしている!!


もうずっとそんな状態。

ひとりジェットコースター。


そうこうしているとサッカー場の向こうを抜け、一番キツい急坂を上ってまた見えなくなった。

うん、多分上って行った…とおもう。(覚えてない)


そして次にFの姿を確認できたのは急坂を下りきった2キロ地点の橋の上。


「何位?ねぇもう何位なのー??」


ってもう完全にクロちゃんぽくなっちゃって全然ダメなので、代わりに女子キャプテンに順位を確認してもらっていた。


「えーっとー、えー、多分9位ですね、うん9位です。」

そう言う娘。

そっか、よしよし、えー、9位をキープ…しめしめ…

そうそう、9位と10位じゃ偉い違いだからの!


.…



え…?


??


なんて?いまなんて??


?…?……?!?!?!


え…


キュウイですね?


きききき、


9位ですね?!?!


つってーとー…



エェーフが1人抜いtくぁwせdrftgyふじこlp!!



フジコフジコフジコフジコFがひとり抜いた事象www


おっさん後ろばっかり見てて前の走者見てなかった件!!!



【速報】 F、1人抜きの快走で9位奪還!!



一気に息を吹き返す、俺。
我に返る、俺。


そしてレースは残り1000m。


一気に加速していく。


あとはラスト500m地点の坂の処理と、トラックに入ってからの後続チームの急襲をどう凌ぐか。


坂もさることながら、安心して気を抜いたラストで差されての逆転負けが最も怖かった。


そしてまんまと坂の入口にやってきたF。

しかしすぐ後ろに10位を争う2チームを引き連れている。


まだまだ予断を許さない。


坂を上り始め、目の前を通過するF。

目先を変え、片膝立ちで斜め下方から声を掛ける。


「ラスト500!今9位!ここ無理しない!最後の200で全て出しきれ!!」


そう言ったと思う。

だがその声が届いたかは分からない。

何故なら、その場で見ている人の殆どが今ここが出場権争いの真っ只中と知っている。

だからこその今日一番の大歓声。

その中をFは走っていた。


緩やかに左にカーブした坂を駆け上がるFの後ろ姿。

それを坂の上から必死に応援するメンバー。

その2つが重なった瞬間、胸がグッと熱くなった。

ナイスチーム。本当に良いチームになった。


そしてこのチームで上に行く!

行ける、絶対行ける!

行こう!絶対行くんだ!


「行かなきゃダメだ!!」



そしてFが坂を上りきったのを見届けると競技場へ急いだ。

土手を駆け上がり、フェンスを飛び越える。

そしてスタンドのラスト200m地点に陣取った。


外周道路から離脱し、続々と競技場に入ってくる上位の選手達。

当たり前だが皆息が上がり苦しそうだ。


まだか?

まだか??

きたかっ?!


きたっ!!!


スタンドの切れ間の入口を最短コースで突っ切ってFがトラックへ飛び込んできた。


ラスト300。



いち、に、さん、よん…、

5秒後に10位、すぐ後ろに11位のチーム!


そして目の前へ。


「Fぅ!!ラスt200ぅくぁwせdrftgyふじこlp!!」


「出しきrくぁwせdrftgyふじこlp!!!」


もう全然言葉にならなかった。


でもグンとスピードを上げるF。

もうフォームはグチャグチャ。手足バラバラ。

でも渾身のラストスパートだった。


残り100m…、80…、50…



さらに加速。



あと少し。



後ろは見ない。




さあ、行こう。





6人で繋いできた襷を肩に。






怯まず前へ。





襷をゴールへ。





残り30メートル…、10メートル…





そして歓喜のとき。



その時はほんの一瞬。




一気に駆け抜けてみせた。





finish!



ゴール!!





第9位!





県駅伝大会出場権獲得!!







おめでとう。


おめでとう。


見事。見事。見事。


凄い、嬉しい、やった、最高。

生まれてこのかた、こんなに多くて濃い「喜」の感情が溢れ出たことはない。

それくらい嬉しかった。


しかし疲れた…。(俺が)

その場にへたり込み少し休んだ。(俺が)



その後、何とか子供たちの歓喜の輪に駆け寄ると、俺を見つけたKが指を1本掲げた。

そして

「ウォッ!ウォッ!ウオっ!!」

とジャンプを始めた。

選手もサポートメンバーもみんなで輪になって「うぉっうぉっ!」とひとしきり騒いだ。最高に楽しかった。

そして抱きあった。

おめでとう、頑張ったな、って俺だけ涙が止まらない。

みんなに笑われた。


その後、親御さん方のカメラに収まる彼らは少し恥ずかしそうに、でも最高の笑顔だった。


自分達で目標を立て、練習を積み重ね、それを達成する。

素晴らしい成果だった。


いつかみんなが大人になって集まったとき、今日のことを肴に酒でも飲んでくれたら嬉しいな。


本当に最高の駅伝だった。



おめでとう。



そしてありがとう。



これからも、ずっと応援しています。



おわり


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