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アートプロジェクトとしての『PERFECT DAYS』

『PERFECT DAYS』は、映画として始まった作品ではなく、「THE TOKYO TOILETプロジェクト」から生まれた企画作品だ。

「THE TOKYO TOILETプロジェクト」とは、公共トイレの価値や意味を問い直すことを目的とし、渋谷区内の17カ所にある公共トイレを一流のクリエイターたちが生まれ変わらせた。
詳細は説明は様々なページで書かれているのでそちらに任せるとして、この文章ではそのプロジェクトと『PERFECT DAYS』の関係性について書きたいと思う。

こういった価値観を問い直すプロジェクトは色々と行われているが、多くは知られることがなく、局所的なムーブメントとして終わってしまうことが多いだろう。
「THE TOKYO TOILETプロジェクト」も、映画を作らなければ、建築好きな人やアート好きな人、渋谷によく行く人に知られるだけで終わっていたかもしれない。
そのような課題感を持っていた「THE TOKYO TOILETプロジェクト」の企画発案、出資、プロデュースを手掛ける柳井康治氏と電通グループの高崎卓馬ディレクターが、公共トイレの文化的・芸術的価値を伝えるたけに企画したのが本作品だ。

よって、役所広司演じる主人公・平山の職業は「THE TOKYO TOILETプロジェクト」で作った公共トイレを清掃する仕事で、プロジェクトの中心となる場所を舞台にしている。平山の生活も、「THE TOKYO TOILETプロジェクト」の価値観を通ずるものだ。

公共トイレは、「汚い」「臭い」「暗い」「怖い」などネガティブなイメージを持たれていて、距離感を感じられるものになっている。
いわば、トイレの裏の面、負の面である。しかし「THE TOKYO TOILETプロジェクト」は公共トイレの表の面、正/陽の面に光を当てている。

そもそものトイレの役割に立ちもどり、性別、年齢を問わず、誰もが快適に過ごせる公共トイレを、渋谷区の協力を得て設置したのだ。槇文彦氏、坂茂氏、マーク・ニューソン氏、佐藤可士和氏など、そうそうたる建築家やクリエイターに依頼し、ユニークな公共トイレを造り上げた。

きれいなトイレを使うことで、利用者自身が使う人に思いをはせてきれいに使う。そういう「おもてなし」文化の醸成と継承を意図したもの

日経クロストレンド『ユニクロ柳井康治氏「渋谷トイレプロジェクト」 映画化の舞台裏』

では作中の平山の生活はどうだっただろうか。
平山はトイレの清掃員で、風呂、洗濯機のない下町の古いアパートに住んでいる。家と仕事が生活のほとんど、他人とは最低限の会話をするのみで、大きな変化のない毎日を過ごしている−
それだけ聞くとネガティブな印象を受けるかもしれないが、平山は違う。
通勤移動用の車の中ではお気に入りのカセットをかけ、仕事の休憩時間にはお気に入りの神社の敷地内の緑地で休憩し写真を撮る。仕事後はいつもの銭湯と酒場に行き、寝落ちするまで100円で購入した書籍を読む。
質素/シンプル素な毎日を過ごす平山は、満足していて満たされている。彼にとっての”PERFECT DAYS”だ。

平山を見ていると、ものは捉え方次第で良くも悪くも捉えることができると実感させられる。
その実感が作中に出てくるトイレにも向けられ、「THE TOKYO TOILETプロジェクト」で意図したメッセージとシンクロする。

ところで、映画の当初の目的だった公共トイレのイメージ刷新は成功したのだろうか。映画の中ではいくつもの斬新なトイレが登場し、清掃の手順や手法が描写され、平山は同僚に「やり過ぎ」と言われるほど熱を入れる。とはいえあくまでも平山の生活の一部。ベンダース自身は「目をつぶると、最高にすてきな場所だったと思い出す。次に東京に行ったら、全部のトイレに座りたい」と語っているが――。

高崎は、その疑問にこう答えた。「平山の人生を描くことが答え。ベンダース監督は『平山に会いに行く』と何度も言っていた。テーマが何かということより、会いたくなることが大切だと思う」と話す。「何かをきれいに使うのは、価値を感じるから。アートで心が動けば、それは生涯残る。映画を通して、『東京トイレ』が公共性の代名詞になるといい」。確かに見終わって以来、トイレはキレイに使おうとことさら意識するようになっている。

ひとシネマ『渋谷の公共トイレからカンヌ国際映画祭へ「パーフェクトデイズ」成り立ちの舞台裏』

「平山の生活をキレイに描きすぎている。人生にはどうにもならない難しいこともたくさんある」という批判もあるだろう。
確かに作中に描かれていない問題もある。ある程度の年齢で肉体労働の平山は、体を壊したら収入面で生活が立ち行かなくなるだろう。独り身でもあるので老後の不安もあるだろう。

ただ、『PERFECT DAYS』はこれでいいのだ。
アートプロジェクトとしての本作品の目的は、「モノゴトの良い面に目を向けること」。負の面に目を向けがちなところを「こっちの捉え方もできるんじゃない?」という視点をもたらしてくれることだ。

プロジェクトのコピーや説明文として書かれていても入ってこないものだが、ビム・ベンダース監督が見事に1つの映画作品として作り上げている。
1作品としても良い作品だったし、アートプロジェクトとしての『PERFECT DAYS』も素晴らしいものだと思った。

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