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コロナウィルスの馬鹿

札幌では、落ち着いたと思った、
新型コロナウィルスの感染の第2波が
襲来をしている。

学校の休校が決まり子どもの姿がない。

街には子どもの姿や街角で遊ぶ子どもの声が聞こえない。子どもの声が皆無の社会は異様である。
まるで、ゴーストタウンのような
異質で異様な空間を歩いていると、
こんな事が起きるなんて、
誰も一年前は、想像もしなかったと思う。

人生は、予定調和ではない。思いがけない事が起こる。

ふと思う。陰性反応ではなく、自分が陽性だったら、感染したらと「死」というものを考える。私は、正直いつ死んでも悔いがないとも思った。私の人生を振り返ると、
子ども食堂で、
大好きな子ども達にも関われた。

勉強をしたいと思って大学にも、
それから大学院にも、
進学をして勉強が出来た。

社会福祉士の勉強は真摯に取り組んでいるし、辛いけれど勉強が楽しい。

けれど気がかりは、使命感を抱いていた。子ども食堂も休止をせざるを得ないことである。

もしボランティアが感染したら、

子ども達が子ども食堂で感染したらと思ったら開催に踏み切れないでいる。

そして、自分の幼少期を振り返ると、
私は、人の関わり方が上手ではない、不器用な子どもだった。
学校は、あんまり好きじゃなくて、
嫌いだったけれども、
亡くなったお父さんは、大好きだった。

お父さん子だった。
母親は健在で未だに苦手だけど....。

私の人生を端的に、
振り返ると結局は、誰にも
束縛がされない自由な、
良い人生だったのかもしれない。

まるで映画の世界のような事が、
パンデミックが感染病という
皆目検討がつかない猛威が
現実に迫っている。

いま、現実に起こっている事象が、
痛切で、かなり不安で混沌としている。
これが夢であって欲しい。
この現実が恣意的に創作をされた
架空の物語であって欲しい。
夢から醒めたら、元の世界に

一年前の平成最後の年に戻って欲しい。

映画や小説では、破壊の後には、
お決まりのように再生がされる...
希望の光が差し込めるものだ。

いつ新型コロナウィルスに感染しても、
おかしくなくそれは、このウィルスが無差別に驚異的な感染力を発揮するからである。陽性は、誰にでも起こりうる事だ。

私の人生に心残りはないのだけれども、
ただ、ひとつだけ欲を言えば、
両親以外の人に愛されたかった。

それは叶わぬ望みでもあり、
いつも私の恋は悲しく、
人生が輝くものではなかった。

束縛されない自由は、
不自由でもあった。

新型コロナウィルスの
終息を心より願っている。

この新型コロナウィルスの感染の影響で、パラダイムシフト、今までの通説が
根底から覆されようとしている。
そして変容することも、有機的な不安が増殖する。

この出来事が過去になり、時代になり、
歴史の教科書を
眺めるように、過ぎ去ったものと
なり、「あの時代は大変だったんだよ」と過去として振り返る日を迎えたい。

それには、新型コロナウィルスの終息を告げられるまで
生き抜くしかないのだろう。

子ども食堂に参加する子ども達は、不安な日々をどう過ごしているだろうか。何とか短時間でも、子ども食堂を開催をする事を私は、いま、模索をしている。


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