第7話 Nコン(2004年)

合唱部への正式な入部が決まった、私、Aくん、Yくん。
やがて男子が総勢5,6人になり、同学年(中2)の女子も元々在籍していたようだが、
さらに女子の新入部員も沢山増えて、
ソプラノ、アルトで総勢20人ほどになった。

林間学校での出来事が、2年生の心を動かして、
PR効果があったのかも知れない。

中3女子の6人の先輩たちが、
「スゴいよ、私達の合唱部もメンバー揃ってきた!
これなら挑める、Nコンに!」
と言って喜んでいた。
確かにこれなら、人数規模的にライバル校に並べる。

Nコン中学の部、2004年の課題曲は「信じる」。
言わずと知れた、あの谷川俊太郎氏が作詞を手がけ、難曲揃いで有名な松下耕氏が作曲を手がけた。(両氏とも書き下ろし。)

また、自由曲として富岡先生が「海の不思議」という曲を選曲してくれた。
難しくはあるが、地に足のついた
レベルで、キまれば勝てる曲だ。しかし、…

確かに人数は、迫力には必要な要因。
けれどそれ以上に、合唱にとって、
大人数は足枷にもなる。
一体感、曲の理解、各々の役割、パートごとのバランス、気持ちが一つになること。
人数が増えれば増えるほど、これらは加速度的に
難しくなるのだ。
富岡先生が、いつも言っていたことだった。

歌は楽しい。楽しいのだが…
いまの目的は勝ち上がること。12校〜20校くらいだったろうか。予選参加校の中から上位2校に選ばれなければ、次のブロックに勝ち上がれない。
勝つことは、甘くない。

だから、歌いまくった。朝も、放課後も。
腹筋・背筋だって鍛えた。技術だって磨いた。
譜面の曲想記号だって全て覚えこんだ。
チーム全体で打ち合わせてカンニングブレスの
タイミングだって決めた。

次第に、毎日朝起きたときに
声が出なくてかすれても、
朝練中に調子を戻してツヤのある声に戻す、
というスキルまで体得した。

4月から練習し始めて、予選本番は7月下旬(だったかな?)。
この間、特に男子は昼休みに有志男声合唱団の活動もある。

血気盛んな男子は、有志のときの歌い方の影響もあり、力強い響きで前に出ようとする。
でも、曲の殆どの部分で、本来男子は女子の主旋律を支える、いわば「紳士的な」役割を求められる。

そして、女子は…声質の問題で、通常は男声よりも響きが繊細で、特に力強い男声の前にはハッキリとした存在感が求められる。

「信じる」には、歌い手にとってさまざまな罠が
仕掛けられていた。
完全な静寂からの歌い出しによって、音取りの正確さが試され、高い音域を小さな声で歌わせる箇所は、本来男子の苦手な繊細さを要求する。
響きが汚くなりがちな箇所、似ているけど男女
で音が異なる箇所は何度も富岡先生が強調していた。

心がついてこない、技術がついてこない。
体がついてこない、チームがかみ合わない。



Nコン当日。トリから3番目くらいだったろうか。
この順番がいけなかったのかも知れない。
ライバル校の、圧倒的な力を目の当たりにする
ことになる。
学校によっては女子校などで、混声ではなく
女声合唱のチームも多かった。しなやかで力強い響き。

「こんなスゴい学校たちを越えなくてはいけないのか…」
萎縮もあったと思う。
果たして、全力など、出せただろうか…。

うろ覚えだが、結果は…。
「努力賞」。
参加賞よりはマシだが…上位2校などにはなれず、勝ち上がれなかった。

富岡先生は後日、昼休みにて有志男声合唱団のときに密かに語った。
審査員達は、私たちの学校をどう評価するか
揺れていた。
満場一致で、あの男子の響きは"宝"だ、と評価された。
あの少人数の男子で、あのレベルの響き。
本当にあの男子に、中3が含まれていないのか?と言われた。
だからこそ、例年の本大会には存在しない、
不自然な「努力賞」なるものがもたらされた、と。

そんな言葉が出てくるのだ。多分、
「男子だけで出てりゃ勝てたのに」
って意味だろ?
女声6人だけなのに好成績なチームだってあったもんな!?

でもそれじゃダメなんだよ!
悔しかった。私がいくら努力しても、いいとこ
男子パートしか評価されなかったのだ。
本当に大事なはずの、「一体になる」という
合唱の課題をまるでクリアできていないことの
反証ということだ。

毎日練習してきた女子たちも見てきたのに、
女子たちだって練習を通してスゴく上手くなったのに、
女子たちと歌ってるときだって…
有志のときに負けないくらい…

楽しかったのに…!


M先輩がこう言った。
「ありがとう、みんな。
みんなが合唱部にきてくれなかったら、
このステージに立つことは出来なかったと思う。
本当にありがとう。」
けれど、目に浮かぶものは、
悔し涙のように見えた。

こうして、2004年、中3女子達の合唱は終わりを迎えた。


ほんの少しだけ、合唱が嫌いになった。

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