見出し画像

教員採用試験の浪人をほぼ独りで乗り切った話

【はじめに】

普段は映画の話ばかりしているnoteですが、
今日はちょっと真面目なお勉強のお話を。

僕は、中学生くらいから漠然と英語教員を目指してきました。

理由は当然、
いまだに連絡を取り合う程の素敵な先生方に出会ってきたから…

…なんて綺麗事だけでなく、
いまだに恨む程の嫌な大人たちにも出会ってきました。

次の世代の子供たちには、
もっと「学校」が安心できる場であって欲しい。

そんな願いをもち、
教育学部に入学し、小中高の教員免許を取り、
教員採用試験を受けるという
至って「普通」のルートを辿ってきました。

【落ちた】

大学4年になり、
周りが採用試験に出願する中、
僕は「日本人学校」の受験を決めました。

日本人学校の教員になるには、
現職の先生方が文科省経由で派遣される
いわゆる「文科派遣」
財団を通して応募する「公募型」のルートがあります。

ただし、
「公募型」は倍率が高く、
学校で指導経験のある方も多く出願します。

大学の先生にその旨を相談したところ、
東京都の教員採用試験と
併願した方が安全だという結論に至りました。

しかし、
どちらも落ちました。

敗因は明らか。

日本人学校は、
高倍率かつ新卒がゆえの経験不足で不合格。

教員採用試験は
小学校【英語コース】で受験。

前年よりも倍率が上がったのもありましたが、
日本人学校に力を入れすぎたせいもあり、
単純に準備不足。

このまま何もしないとニートまっしぐらの状態でした。

【浪人を決めた】

講師として学校で働きながら
採用試験に再チャレンジする
というパターンは王道です。

しかしながら、
小学校の再受験に
迷いが生じていました。

小中両方教育実習に行き、
「自分は中学校教員の方が向いているのではないか」
と感じ始めていたのです。

そこで、
臨時採用の講師以外の道で
浪人することを決めました。

【まさかの縁】

先ほど、
「いまだに連絡を取り合う程の素敵な先生方に出会ってきた」
と言いましたが、
昔お世話になった塾の先生から連絡が来ました。

僕が不合格だったことを知り、
塾講師をしながら採用試験に再チャレンジする
という提案をしてくださいました。

学校教育以外の教育に目を向ける
貴重な経験にもなるだろうと考え、
有り難くそのご提案を受けさせて頂きました。

【浪人生活スタート】

都外の大学に行っていたので、
大学卒業を機に
東京の実家に帰ってきました。

さあ、今年も頑張るぞと意気込んだ矢先

浪人生活の幕開けは
まさかの「緊急事態宣言」。

無事採用が決まった塾も
対面授業が完全中止に。

その代わりと言っては何ですが、
友達の紹介で「教材作成」のアルバイトを始めました。

親のスネをかじらせてもらいながら、
少しずつ自分でもお金を貯めて
ひたすら勉強に明け暮れる日々。

【まずは筆記】

東京都の一次試験は
・教職教養・専門教養・小論文

これを乗り越えなきゃ話になりません。

4〜5月は、とりあえず詰め込み。

これは暇な時間に
ひたすら赤シートで隠して覚えるという
オーソドックスなスタイル。

ある程度頭に知識が入ったところで
6〜7月で過去問を解きまくることにしました。

過去問は書店などでもよく見る
このシリーズを全年分解きました。

新しい過去問ほど貴重なので、
古いものから新しいものへと解くようにしました。

小論文は見てくれる人が周りにいなかったので、
模範解答の答案をまずは真似することから始めました。

自分の中で
受かる小論文のテンプレを作り、
そこに今の教育の流れを落とし込んでいく

イメージです。

こちらも6〜7月で
様々なテーマや形式のものを書くようにしました。

小論文の得点はわかりませんが、
教職教養は7割5分
専門教養は9割ほど取れていました。

とりあえず一安心。
無事合格です。

【全てが決まる二次試験】

一次は、
筆記の勉強すらやる気がない人を落とす試験なので
全ては二次で決まります。

コロナ禍ということもあり、
面接練習をする相手もいません。

気合で乗り越えました。
ひたすらイメトレです。笑

まずはこういう参考書を買い、
よく聞かれる質問をとにかく網羅。

そしてこのようなサイト・アプリで
面接の質問と模範解答を単語帳形式
見られるようにします。↓
https://quizlet.com/_8l684x?x=1jqt&i=2zm3rr

とは言っても、
人と話す練習はしなければいけないので
大学時代の友人とZoomで練習しました。

また、英語教育誌や教育新聞も定期購読し、
何を聞かれても対応できるよう努めました。

面接対策は当然知識だけでなく、
教育観や理想の教師像等、
自分の考え・価値観を見つめ直すプロセスなので、
結構辛いですが、必要な時間だったと今は思います。

【その他教材】

英語は英検の二次試験のような面接も
実技試験として設定されているので、
英語で話す準備もしなければなりませんでした。

しかし、周りに対策してくれる人はいません。

お金もかけたくありません。(ワガママ)

こちらも、
気合で乗り越えました。
ひたすらイメトレです。笑

こちらもよく聞くやり方ですが、
TED Talksで面白そうなスピーチを選んで
耳を慣らしました。

あとは、好きな外国のYouTuberや
息抜きがてら英語字幕で洋画を見るなど、
ひたすら英語に触れる生活を
実技試験2週間前くらいから始めました。

このようなTOEFLのスピーキングテストの練習動画で
擬似面接を行うのも日課にしました。

また、こういった参考書を読み漁り、
英語教育の専門知識を蓄えるようにもしました。

【結果】

合格したからこの文章を書いているわけですが、
ここまでやっても
全く余裕の合格ではありませんでした。

面接では
「学校で講師をやらずに塾講師を選んだ理由」などを
結構固めて挑んだのですが、全く聞かれず…。

逆に定番の
「教育実習での経験」を聞かれた際、
言葉に詰まってしまった等、
反省点はいくつかあります。

英語の実技試験も
R2年度はフェイスシールドで終始聞こえづらく
(後で聞いたら他の受験生も同じで安心しましたが…)
全く答えられない質問もありました。

そこは変に誤魔化さず、
「その部分は聞こえませんでした」
と堂々と言いました。笑

そんなこんなで、
「今年も絶対落ちた」
と思っていました。

私立の講師や公立の非常勤など
落ちた時の代替策として
書類・履歴書をひたすら準備
して
合格発表の日を迎えました。

番号を見つけた時は
受かったのが信じられず、
何度も何度も受験票と照らし合わせて確認しました。笑

【メンタル的な話とまとめ】

せっかく実家に帰ってきたのに、コロナ禍で
この1年間会えた友達は1人だけ。

なかなか外出もできず、塞ぎ込むことも多かったように思います。

特に教採の浪人となると、
周りは新卒社会人1年目や大学院1年生で
「自分は何をやっているんだろう」と感じることも多々ありました。

でも最後は、
「教員を目指す自分をどれだけ信じられるか」
に懸かっています。

これから教採浪人をする人には、
「誰が何を言おうと浪人の1年間は無駄じゃない」
と考えて欲しいです。

そしてこの記事のタイトルにもあるように、
「ほぼ」独りで乗り切るということをお忘れなく。

勉強の努力は自分の力ですが、
家族や応援してくれる人たち、
一緒に面接練習をしてくれた友人など、
支えてくれる人は絶対にいます。

あと10日で僕も教員として採用になります。

不安も大きいですが、
この1年間の努力を糧に頑張りたいと思います。

再チャレンジする皆さんにも、
春が来ることを祈っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?