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源氏物語 通読記③少女−おとめ−

この河出書房新社版角田光代訳の源氏物語上は、「第二一帖 乙女」までを収録する。この巻では光君の新しい邸宅である六条院の完成及び夕霧と雲居雁の幼い恋が発覚する。夕霧は六条御息所の生霊に祟られて亡くなった光君の正妻、葵上との息子で13歳前後。雲居雁は葵上の兄でかつて頭の中将であった内大臣の娘、当時15歳前後である。

幼いとはいえ、当時のいわば成人式とも言える”元服”がこのぐらいの年齢だからもう大人であるし、この時点では結婚を許されずに離されてしまうのだが、すでに契りも結んでしまっている。この年齢で一度、好きな相手と愛を交わしてしまったら、一時でも離れてはいられないだろう。それほどもうその人しか目に入らなくなって、離れていては切なさと苦しさに悶えるほどであったろう。ん、わかる。話は違うけれど、ロミオとジュリエットやウェスト・サイド・ストーリーなどの切なく哀しく美しい恋の終わりを想い起こさせる。最もこの二人は最終的には認められることになるようだが。

しかし、こんなストイックな話かと思いきや、夕霧はさすが光源氏の息子である。
父である光君から浅葱色の官衣である六位という低い地位をあてがわれた不満を抱きつつも、雲居雁と逢えない人恋しさからか、宮中の祭祀である五節の祭の舞姫にアプローチをかける。この辺りは源氏親子の面目躍如たるところだ。何しろ、父親の光君も舞姫である按察大納言の娘にちょっかいを出そうというほどでもないが手紙を出している。

ここで深く心に残るのは、夕霧と光君の関係だ。夕霧は祖母の大宮には母親のようになついているが、父親の光君を冷たく感じており、心易く近づくことができない。父親同様、美しい容姿で年上の女性に憧れ、愛される。光君も夕霧を自身の分身のように感じてか、正妻となった葵上には近づけようとしない。この二人の感情の平行と交叉。心の綾。

そしてもうひとつここで語られるのは六条院の完成だ。総面積約63,000平方メートル、東京ドームより広い。あんまりピンとこないけれどとにかく広いのだ。政敵、弘徽殿の女御の妹である朧月夜との恋で不遇の身となった光君が復活して、冷泉帝の後見役となり政治家として思うままの権力と人脈を得、35歳の秋にお気に入りの女君を集めて住まわせるために六条京極あたりに建てた大邸宅である。俗っぽく言えば、ハレムみたいなものであるか。
この六条院は春夏秋冬に即した四季の配置となっていて、春の町の東対には紫の上が光君と住んでおり、そのほかに正妻、女三の宮(紫の上は正妻になっていなかった!)も住んでいた。夏の町には花散里や養女、玉鬘、秋の町にはかつての愛人、六条御息所の娘である秋好中宮がおり、冬の町には明石の君が住んだ。

ここまでが「源氏物語 上」である。

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