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岩澤里美:環境問題に意識高いヨーロッパは「昆虫食」を受け入れたか?



<SDGsへの対応が叫ばれる一方で、コオロギをはじめとする昆虫食は炎上する日本。一方、欧州での取り組みは......>

栄養価が高い食用昆虫は、家畜類の飼育に比べて環境負荷がとても少ないことから、注目を浴びている。昆虫は成長が速いことから短期間での大量出荷が見込め、将来の食糧危機への良策だとも考えられている。
ヨーロッパでは、昆虫食はすでに10年ほど前から一部の大手スーパーや自然食品店が販売したり、学食やレストランでメニューに加えたりして、そのたびに話題になっていた。その後、より多くのスーパーが主に昆虫スナック(磨り潰すさず、丸ごと)や昆虫ハンバーグを販売するようになり、昆虫食はそれほど驚くことではなくなった。
だが今、昆虫食に関する報道がヨーロッパで再燃している。EUが、トノサマバッタやヨーロッパイエコオロギなどの販売認可に続き、今年1月からガイマイゴミムシダマシのパウダーなども認可したためだ。これらの昆虫パウダーを使ったパスタやサプリメントが出回り、近い将来、昆虫食品の種類がぐんと増えるのではないかということで、消費者の間で不安と期待が入り混じっている。
初期は学食で昆虫バーガーや食品大手が昆虫パンを販売
筆者は10年ほど前、ヨーロッパの昆虫食事情について記事を書いた。当時は、ヨーロッパ各地で昆虫食が非常に限定的に食べられるようになった頃だった。環境面でのメリットのほかに、肉食を減らそうという健康志向の高まりと、昆虫は牛、鶏、豚のような感染症(狂牛病や鳥・ 豚インフルエンザ)の危険性が低いことも、昆虫食に関心が寄せられるきっかけになったと記憶している。
昆虫食の消費のしかたは様々だった。ベルギーのブリユッセル自由大学の学食では、昆虫(バッファローワーム)ハンバーグを使ったハンバーガーが飛ぶように売れた。2014年秋のある日、ランチメニューとして出した400個は完売した。この好評を受け、その後、昆虫入りナゲットも販売したと聞いた。
オランダでは、大手スーパーのユンボが2014年秋に試食会を開催し、2015年1月から全国のユンボで昆虫スナックや昆虫ハンバーグの取り扱いを開始した。同じく2015年の初めには、イギリスのメキシコ料理チェーンで、期間限定メニューとして出したコオロギ料理が週に1500皿も売れているとか、昆虫スナックのオンライン販売やポップアップレストランが登場したという報道があった(英紙ガーディアン)。
2017年には、昆虫食パンが大きな話題を呼んだ。フィンランドの有名な老舗チョコレートメーカー(パン・菓子類も販売)のファッツェルが、オランダ国内でコオロギパウダー入りのパンを発売したのだ。1斤あたり約70匹分(コオロギは、パンの重量の3%)を使ったこのパンは「世界初の昆虫パン」とうたっていたこともあるが、パンにも昆虫を使うこと、また有名食品メーカーが昆虫食に取り組んだことのインパクトが大きかったということだろう。
EU統一の規定 2018年から昆虫食販売を認可制に
これらの昆虫食の販売は、もちろん許可されていた。その頃、EUでは上記4カ国とオーストリアで昆虫食の販売が可能だった。非EU加盟国のスイスでも、男子学生たちが立ち上げたスタートアップ、エッセントがスイスで違法だった昆虫食販売の解禁を促し、市場販売(大手スーパーで)を始めていた。
昆虫食が少しずつ広まり、EUは、2018年1月1日に「新規食品規制」(1997年の改正版)を施行した。この中に「昆虫の全身」が新規食品として加わり(ジェトロ資料7ページ)、昆虫食に関して、EUで統一した規制が敷かれることになった。
昆虫食はアレルギーを引き起こす可能性もあることから、この規制により、安全面で昆虫食販売にふるいがかけられ、EUの認可が必要になった。販売の正式認可を得るには時間がかかる。申請書を提出し、欧州食品安全機関(EFSA)による評価を受けて「推奨」されれば、その後EUが正式認可するという手順だ。申請者は通常、昆虫の一次生産者(繁殖者)だが、昆虫繁殖者協会や養蜂者協会といった団体も申請している。
2018年前までに既に販売されていた昆虫食は販売を一時停止する必要はなかった。申請し、正式認可が得られるまでは販売を続けることができるとした。
申請により、現時点で4種類の昆虫(認可件数にすると6件)がEUから認可を受けている。「部分脱脂したヨーロッパイエコオロギ」「ガイマイゴミムシダマシの冷凍・フリーズドライ」の2つは、昨年のEFSA による推奨を受けて、2023年1月に認可されたばかり。販売に当たっては、原材料欄に昆虫名を明記することが必須だ(注:委細なことだが、この認可は、申請者たちが認可された昆虫を数年間、独占的に販売できるという許可だ。ほかの企業などが同じ昆虫を販売したければ申請が必要となる)。
フランス人の4人に1人は昆虫食経験済み
EUが特定の昆虫食を承認しているものの、ヨーロッパでは、まだ多くの人たちが昆虫食に対してネガティブなイメージをもっていると見られる。2019年に、EU11カ国でサステナブルな食べ物への意識を調べたところ、「将来、肉から昆虫食に変えたいと答えた割合は、平均でたった10%という結果だった。
この調査にはフランスは入っていないが、フランスでは少し事情は違うようだ。英世論調査会社ユーガブによると、フランスでは19%が昆虫を丸ごと調理したものを食べてもいいと答え、25%が昆虫の成分を含む料理を食べてもいいと答えている。また、昨年初めにフランス国内で実施されたオンライン調査(18歳以上の1006人を対象)では、昆虫食は絶対嫌だというのは39%で、61%は昆虫を食べることに抵抗はないと答え、さらに24%はすでに食べたことがあるという回答だった。
とはいえ、これらの統計だけで、とくにフランスで昆虫食が受け入れられそうだということはできない。パリに長年住む筆者の知人も、「イノビート(2021年5月オープン)など昆虫食を出すレストランもありますが、一般的には、フランスでは昆虫食はまだまだ浸透していません。肉を食べる回数を減らした方が地球に優しい活動だという認識はだいぶ広まっていて、それで肉を減らしたり、肉ではなく魚を食べるフランス人は確実に増えましたが」と話す。知人の指摘では、フランス人はエスカルゴ(軟体動物)を食べ、その形状が昆虫にも見えるから、昆虫食への抵抗感ももしかしたら低いかもしれないとのことだ。
ドイツ、大半のパン屋は昆虫パウダー入りに反対
ドイツでも、今、多くのメディアが昆虫食について取り上げている。パンの国として有名なドイツでは、昆虫パウダーが入っていることを知らされずにパンを買ってしまうのではないか、その逆に、昆虫パウダー入りのパンが気軽に買えるようになるのかと気になる人も多いようだ。バイエルン放送(ドイツの公共放送局)が取材したパン屋の店主は、先述の2つの食用昆虫が新たに認可されてから、パンを買いに来た客たちが、ほぼ一様に「昆虫パウダー入りのパンはありますか」と聞いてきたと話している。
この店主は、昆虫パウダー入りのパンには反対だ。このパン屋では自家製パンではなく、ミュンヘンにあるパン工場で作られたパンを売っているが、そのパン工場でも昆虫パウダー入りのパンは将来も製造しないとはっきり述べている。
こちらの記事では、ドイツ南端に位置するボーデンゼー湖沿いのパン屋数件の反応を掲載している。どのパン屋も、昆虫パウダー入りのパンは製造しないと言っている。
昆虫食はまだニッチな製品だが、今後、どう変わっていくだろうか。家畜やペットの飼料、養殖魚の飼料の分野で食用昆虫が広く使われることは予想できるが、人が食べることを推奨していくとしたら、大人よりも子どもたちに啓蒙活動をする方が効果的だろう。



初出:ニューズウィーク日本版です。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/lifestyle/2023/04/post-101448.php

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