Gen YAMAMOTO

バイオリン弾き。室内楽、オーケストラ、オペラ、ミュージカル、バロック音楽などなんでも弾…

Gen YAMAMOTO

バイオリン弾き。室内楽、オーケストラ、オペラ、ミュージカル、バロック音楽などなんでも弾きます。 ここに書くのはポエミーな日記です。 Twitter→@gnymmt

最近の記事

へらちょんぺ#2

寝込んだり仕事に捕まったりしているうちに夏も峠を越えていた。涼やかな夜風が疲れた身体を吹き抜ける。今日は久しぶりに昼間は室内楽、夜はオーケストラの練習にでかけたのだった。 室内楽の仲間とは、歳をとったねという話をした。忘れものをしたりものを忘れたり、白髪が増えたり疲れが取れないよねと言い合った。僕は先日、上司の電話を取り次いだのに誰からで何の用だったかを全て忘れてしまったというどうしようもない話を披露した。 夜はオーケストラだった。しばらく練習に参加できていなかったからか

    • へらちょんぺ

      やることがないというと大嘘なのだがやることがないのでワンピースの映画を観てきた。ワンピースについてはまるで知識がなくて、なんならシャンクスとエースの区別すらついてなかった(腕なくなったのどっちだっけ)のだが、今回はミュージカルちっくで面白いと専らの噂だったので、映画館に足を運ぶ。 先日まで流行り病で伏せっていたのでいろんな映画を観ていたのだが、その中でもドラゴンボールのブロリーというやつがすごくて、主人公と仲間と敵がめいめい「うあああああああ!」と気合を入れているだけで優に

      • ここのところ

        当たり前の存在だったオーケストラも室内楽も森下の交差点の中華料理屋も、手の届かないものになってしまった。ぼくは音楽で食べているわけではないけれども、音楽に生かされていたのだった。そして中華を食べるので中華にも生かされていたのだった。 自宅待機の日々が続く。4.1から新しい組織で働いているのだが、リモートワークの整備が遅れているため、職員全員に在宅勤務ができる環境を提供するのが難しいそうだ。ぼくは来たばかりでなんの重要性もなかったので、必然的に自宅待機組にまわされた。しかしい

        • 大学職員は楽で高給? when my young〜若き日のぼく②

          こうして、ぼくの学務係での新生活が幕を開けた。 そこは、とある学部のごく一部分を担当する、こじんまりとした部署だった。キャンパス自体、山の上に鎮座しており、コンビニに行って食糧を調達することすら一苦労な、まさしく僻地であった。 学務の仕事は、大まかに入試と教務の二つにわけられた。入試は想像しやすいかもしれないが、教務というのは、たとえば学生さんの時間割を組んだり、シラバスを作ったり、履修状況や単位取得状況、成績を管理するなど、およそ「教」育に関するあらゆる業「務」を行うも

        へらちょんぺ#2

          大学職員は楽で高給? when my young〜若き日のぼく①

          大学職員は楽で高給。この言葉が現れるとぼくのタイムラインはにわかに落ち着きを失う。皆、それぞれ仕事に誇りを持っているので、一般化されることに我慢ならないのだろう。かくいうぼくも、ちょっと心がざらつく。 実際どうなのか、というのはこの際ぼくにとってはどうでもよかった。薄情なようだが、「情報の価値は受け手に委ねられる」というのがぼくの徹底した持論なので、誹謗中傷、暴言でさえなければ何を発信しようと人の勝手だ。いわんや、それによる金儲けをや。 そういう情報を見て業界を志す人がい

          大学職員は楽で高給? when my young〜若き日のぼく①

          死ぬ直前に時間の流れがゆっくりになるっていうあれ

          先に弁明しておこう。ぼくが動きすぎたのではない。ステージが狭かったのだ。 東京は八重洲のアンジェロコートで開催される、東京泡盛クラブでぼくたちが演奏するのはすでに毎年の恒例行事になっていた。仲間のチェリストのお父様が泡盛を愛好し、普及する会の会長さんで、年に1回、酒造さんや関係のある方を集めてパーティを開いているのだった。 思い返せば、前日くらいからツイてないといえば、ツイていなかった。パーティでの演奏なので演奏する曲は格式ばったクラシックではなく、映画の主題歌や、泡盛ゆ

          死ぬ直前に時間の流れがゆっくりになるっていうあれ

          乗り越すか?!

          最近出張がとみに増えた。出張自体は現地のおいしい食べ物にありつけるので大好きなのだが、怖いのは新幹線だ。何が怖いって、うっかりウトウトしてしまったら、目的の駅を乗り越してしまうかもしれないのだ! 新幹線の困ったところは、在来線と違ってリカバリがまったくきかないことである。もしも乗り越してしまったら、次の駅まで下手したら1時間以上密室にとじこめられる。京都から新大阪くらいだったらまだいいが、その先まで行ってしまったら・・・と考えるだにぞっとする。 (時に、乗り越す時というの

          乗り越すか?!

          冬の装い

          ずいぶん寒くなった。いよいよ冬だな、と思う。突き刺すような寒風が肌に痛い。 寒いのはイヤだが、冬の装いは悪くない。 毛糸のセーターからなにから、これでもかというほど着込み、ダッフルコートですっぽり覆い隠す。やや着ぶくれを感じるものの、ぼくにはこのくらいが丁度よい。 細部もしっかり隠さなければならない。 まずは手袋。手袋は親指以外をまとめて覆える、ミトンの形になってるのがお気に入りだ。最近では、指の部分が開閉できるようになっており、小銭を取るのも手間取らない。 マフラーは

          冬の装い

          最初の記憶

          ブモオォォォォ。 低く、野太い声が聞こえる。腹の底から絞りだすような、くぐもった鳴き声。まるですぐそばにいるかのような不気味な存在感。夏の入り口の、夕暮れ時だった気がする。 家の前は、空き地になっている。いつも遊んでいる空間からちょっと行くと、赤茶色の細いロープが申し訳程度に張られていた。奥は、もう手入れがなされていないのだろう、雑草がぼうぼうと伸び遊んでいる。 どうやら、向こうから聞こえてくるようだ。 呼び寄せられるように、ロープをたぐった。地面に打たれた、錆びた杭

          最初の記憶

          考えているということ

          考えてる時間が長いんですね。 そう言ってもらえたのは、たぶんはじめてだと思う。ぼくは誰かと二人でいる時もわりと平気で黙る節があるが、仲の良い友人は「おい飽きるな」と言ってくれることがあるし、それほどの距離じゃなければ、より直接的に「きみは何を考えているかわからない」と言われることもある。 実際のところ、ぼくは考えているのだ。 お茶をすすりながらそう言ってくれたその人と一対一で話したのは、たぶんその時がはじめてだ。だから余計に驚いた。初見でぼくのことをそこまで看破してくれ

          考えているということ

          こころとからだと、ちょっとじかん

          暑い。 蒸し器に押し込められたシュウマイはこんな気分だろうか、などと考えながら、実家の手狭な和室の天井を仰ぎ見た。昔から身体は丈夫な方ではなかったので、こんなことには慣れっこだったが、軋むからだに、些かの衰えを感じる。 ぼくは、まるで簀巻きのように布団にくるまり、体温を取り戻しながら、時の流れをただただ徒に感じていた。 ケイタイや本を見て何か情報を取り入れられるほど、まだこころは活発ではなかった。無理やり眠ることも考えたが、昨日もずいぶん寝込んでいたため、あたまだけは残

          こころとからだと、ちょっとじかん

          みそか

          今年もあっという間に1年が終わろうとしている。 暮れの荒川は、思ったより賑々しかった。普段から多様性には事欠かない街だが、皆どこへ帰るわけでもないのか、居酒屋をはしごするサラリーマン、ガールズバーのキャッチ、待ち合わせのカップル・・・とにかく駅はごった返していた。 ぼくはといえば、年末の大掃除に苦慮しているところだった。 どうして年末は掃除をしなければいけないのかよくわからないが、普段から決してマメではない性分のため、こういう機会でもないと綺麗にしようという気が起きない

          ぼくとメンデルスゾーン

          作曲家ごとに、ぼんやりと「色」のイメージがある。 ベートーヴェンだったら激情の赤。ブラームスは悲哀も含んだ深い濃紺。大好きなモーツァルトは、ピーカンなお天気の日の、雲ひとつない明るい空の色。 メンデルスゾーンは「緑」だ。 なぜ緑なのかは自分でもよくわからない。交響曲第3番「スコットランド」の第2楽章の冒頭が、みずみずしい、生命沸き起こる新緑を想起させるからかもしれない。当団の第2回演奏会で取り上げた「弦楽八重奏曲」も、さわやかで生き生きとした、緑のイメージが、たしかにあ

          ぼくとメンデルスゾーン