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がん経験者に食べる喜びを取り戻す「猫舌堂」のカトラリー開発に至るまで:関西電力×GOB

関西電力株式会社が取り組む「かんでん起業チャレンジ制度」。20年以上続いているこのプロジェクトに、2018年からGOB Incubation Partners(以下GOB)もパートナーとしてタッグを組んで進めてきました。

今回は同制度から生まれた新規事業「猫舌堂」を手掛ける株式会社猫舌堂代表の柴田敦巨(しばた・あつこ)さんと三宅達彦(みやけ・たつひこ)さんにお話を聞きました。聞き手はGOB取締役の滝本悠です。

写真中央:株式会社猫舌堂代表の柴田敦巨さん、左:同社の三宅達彦さん、右:同社顧問の荒井里奈さん

がん治療で食事に悩み、猫舌堂が提案するカトラリー「iisazy」

猫舌堂が開発したオリジナルのカトラリー「iisazy(イイサジー)」シリーズ

──まずは、猫舌堂の概要を簡単に教えてもらえますか?

柴田敦巨さん(以下、柴田):当社「猫舌堂」では、がん患者など、食事に悩みを抱える人向けにスプーンやフォークといったカトラリーを開発しています。がん治療(手術・放射線治療・化学療法)の影響で、食べ物を噛んだり飲み込んだりしにくい、味がわかりにくいといった悩みを抱えることがあります。

私たちが開発するスプーンは一般的なものよりも幅が狭く、先に向かって平らで、軽い設計です。口が開きにくい人にとってもちょうど良い量の食べ物を口に入れやすく、また食べ物をつぶしたり切ったりしやすいといったメリットもあります。フォークは先端が丸みを帯びているので、口内がデリケートでも安心して使ってもらえます。

さらに食べやすさだけではなく、どんな人でもおしゃれに食べられるようなデザインを意識しています。食べる喜びは、機能的に「食べられる」だけではなく「食事の時間を一緒に共有できる」といった、人と人とのつながりが大きく影響すると実感しているからです。

このカトラリーシリーズは口の中にちょうど良い量(良いさじ加減)を入れられるという特徴から、「iisazy(イイサジー)」と名付けました。

 

食べやすさに配慮したデザイン

一方で、猫舌堂の提供価値としては、プロダクトの販売にとどまらず、コミュニティの組成、運営も考えています。治療によって、顔面神経麻痺や感覚障害がある場合は、食事をこぼしてしたり、口の周りを汚したりしても気付かないことがあります。それが原因で、周囲の目を気にするようになり、外で食事をすることに抵抗を感じてしまう人もいるのです。。コミュニティを通じて、自分だけが悩んでいるわけではないと感じてもらいたいですし、自分らしく生きるための方法を自ら選択する手助けができればと考えています。

こうしたコミュニティは、新たな視点や価値を見出し、商品開発につながる可能性も秘めています。当事者になったからこそ気付けた視点から新たな価値を発信し、社会をアップデートすることで、食べることに特に悩んでいなかった人にも価値提供していくことをミッションとしています。

猫舌堂のカトラリーを家族で使用した様子を収めた動画

創業者の柴田さんもがんを経験、市販製品は「なにかが違う」

柴田:私たちのがん経験ですね。私自身が2014年に、耳下腺がん(腺様のう胞がん)を患いました。猫舌堂の顧問である荒井さんと知り合ったのも、がん患者コミュニティでした。

自分が使いやすいカトラリーを探していたのですが、なかなか見つからなくて。いろいろと巡って取り揃えてはみたものの、なにかが違うんですよね。これは私たちにとっては非常にデリケートなところで、だったらいっそ自分たちで作ろうじゃないかと思い立ったのです。

三宅 達彦さん(以下、三宅):私はもともと関西電力の「起業チャレンジ制度」の運営事務局側の立場から猫舌堂の立ち上げをサポートしていて、その後2020年2月から猫舌堂のメンバーとしてジョインすることになりました。

私は21世紀まで残り続けた社会課題をビジネスの仕組みを用いて持続可能な形で解消していくことをライフワークとして掲げており、猫舌堂へのジョインもそうした思いに沿ったものでした。

猫舌堂のヒストリーをまとめた動画

関西電力がなぜ新規事業に取り組むか? 猫舌堂を輩出した「起業チャレンジ制度」とは

三宅:「かんでん起業チャレンジ制度」は、関西電力としての事業領域の拡大と活性化を目的とした、20年以上続く社内起業制度です。関西電力は昔からイノベーションに積極的な企業ですが、昨年改めて中期経営計画を見直し、エネルギーのみならず、非エネルギー領域においても、社会課題起点で世の中に新たな価値を提供していこうと決めたところでした。

新規事業に取り組む際に「なぜうちの会社がこの課題に取り組むのか」といった論点を、多くの企業では避けて通れないとよく耳にします。

しかし関西電力の場合、長年に渡り関西の電力インフラを担わせていただき、ありがたいことに関西で多くのお客様に契約をいただいています。このことが大きな意味を持っていて、言い換えれば、良くも悪くも関西経済と一蓮托生の関係だということです。

したがって、私たちが関西の社会課題の解消に向け取り組むことが、お客さまおよび地域社会の役に立ち、それによって関西経済を持続可能にすることこそが会社のミッションそのものと言っても過言ではない。そういう意味で、関西電力が社会課題起点の新規事業に取り組むことには全く無理がなく、非常に相性が良いものだと思っています。

猫舌堂の立ち上げはそうした動きの第1歩です。今後もこうした取り組みをスピード感を持って数多く生み出していきたいと考えています。

──猫舌堂は具体的にどういうステップで事業開発を進めていったのでしょうか?

柴田:前職では24年間看護師をしていたので、いきなり新規事業開発の世界へ飛び込んできて、当初は何もわかりませんでした。専門用語も全くわからないし、慣れるまでには苦労しました。

──そうだったんですね。このプロジェクトがいけると思えた瞬間はどこでしたか?

柴田:表面的な「食べやすい」という価値だけではなく、「食べる喜びを取り戻す」という本質的な価値をきちんとデータで示せたときですね。実証実験などを通じて価値検証をしていく中で、私たちの製品が、「自分が社会に出ても大丈夫」と思えるきっかけになりうるということがわかったので、自信になりました。

「社内起業家として、会社へスムーズに提案を通すことができた」──事業開発に伴走したGOBの印象

──私たちGOBも価値検証のプロセスをともに進めてきましたが、もしGOBやそのメンバーの印象が何かあれば、率直に聞かせてください。

柴田:みなさんフットワークが軽く、また頭の回転も早い印象です。迷惑を掛けてばかりでしたが、本当に粘り強く対応してもらえてありがたかったです。

三宅:私の場合は「起業チャレンジ制度」を通じて、猫舌堂に限らずさまざまな場所でお世話になっていますが、いつもユーザーファーストの視点に引き戻してもらえることが特にありがたく感じています。

また大企業ベンチャーあるあるだと思いますが、解無きカオスの中で、顧客価値の萌芽を育てる極めて不確実性の高い判断を、データとロジックを精緻に組み合わせて、兆円規模の既存事業の舵取りをしている経営層に仰ぐ難しさ。感情的な共感は得られても、ロジックや数字のところで跳ね返されてしまうことも多いです。そうした時にはGOBさんが左脳的にビジネスを導いてくれるので、社内起業家として、経営層に対して比較的ストレスを感じさせずに理解を得られていると感じています。言葉が適切ではないかもしれませんが、文字通り「替えがきかない」存在だと思っています。

社会的な価値というものについて、全くレベルの違うところから俯瞰されているので、いつも勉強させてもらっています。

──うれしいお言葉をありがとうございます。さて、最後になりますが、改めて今後の展開、ビジョンを教えてください。

柴田:先にもお話ししましたが、製品を売るだけではなくて、それを使いながら対面で一緒に食事をする環境やコミュニティづくりを通じて、社会に出る勇気を持ってもらいたいです。

これからも、人との関わりの中から、社会においてどういうことをすればバリアフリーに近づけるのか、その情報を社会に発信して、それをサービスに変えていきたいですね。

猫舌堂のウェブサイトはこちら

「かんでん起業チャレンジ制度」について、関西電力へのインタビューはこちら