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幼児食向け冷凍サブスク「Kidslation」、ハウス食品グループ本社の法務部一筋から新規事業に挑む

ハウス食品グループ本社(以下、ハウス)が、社内から新規事業を輩出するための取り組み「GRIT(グリット)」は、2023年度で4期目を迎えています。

GRITの1期目から生まれた、幼児食のEC事業「Kidslation(キッズレーション)」は、現在、事業検証を進めています。

Kidslation事業推進者の岸健人(きし・けんと)さんに話を聞きました。


Kidslation事業推進者の岸健人さん

離乳食後の「幼児食」に着目したKidslation

Kidslationでは、「幼児食期(1歳半〜6歳)」に特化した冷凍食品を、ECサイトで定期便(サブスク)として販売しています。

現在は、保育園の管理栄養士が監修した12種類のメニューを常備。目下の事業検証を経て、ラインナップをさらに拡充させていく予定です。

Kidslationのメニュー例

Kidslationは、事業推進者の岸さん自身の困りごとから発想した事業でした。

「食品メーカーにいる身ですが、私自身は食に対して特別強いこだわりがあるわけではなく、料理も苦手なんです。ですから、自分の子育てでも、1歳半くらいまでは市販の離乳食などを使っていました。しかし、それ以降の『幼児食期』になると、ほとんど商品がないんですよ」

今でこそいくつかのベンチャー企業などが幼児食に参入していますが、岸さんがGRITに応募した2020年頃は、ほとんどなく、赤ちゃん用品のお店に行っても、幼児食の棚は見かけないという状況だったそうです。

幼児食期の参入が少ない理由を、岸さんは次のように推測します。

「離乳食は、明らかに大人の食事とは別物です。見た目もドロドロしていて、明確に大人の食事とは分けてあげなければいけません。それと比べると、幼児食はあいまいです。薄味にしたり、具材を細かくしたりという手間は必要なものの、見かけ上は大人と同じような食事なので、あまり市場として意識されないものなのかもしれません」

「幼児食の場合、最初に薄味でまとめて調理して、大人用には追加で塩などを足すような作り方が一般的です。その点では別物を2種類作る離乳食よりは負担が少ないかもしれませんが、一方で、幼児食期の子供では、好き嫌いが激しくなります。栄養に気を使いながら、子供が残さないで食べてくれるようにしないといけないので、幼児食ならではの悩みがあるんです」

その点で、幼児食では、次々に変わる子供の好き嫌いに合わせてラインナップを増やしていくことが求められます。

ハウスは実店舗での販売に強みを持っていますが、あえてKidslationがEC事業を展開しているのも、販売店の棚の制約なく、商品を拡充できるためです。

法務部一筋から、新規事業へ転身

岸さんは入社以来、法務部一筋のキャリアでした。GRITのように、社内から事業を公募する新規事業提案制度は、職種を問わず、全社員を対象にするケースが一般的です。

ハウスも同様に門戸を広げて参加を募りましたが、とはいえどうしても営業や企画職の参加が多く、管理部門からの参加はまれです。どうして新規事業に挑戦を決めたのでしょうか。

「私はもともと弁護士を目指していて、大学卒業後はロースクールに入学しました。しかし司法試験の合格が叶わず、そこで入社したのがハウスでした。キャリア採用ではありませんが、一応形としては中途採用の枠で入社しました。

通常、新卒だとまずは営業職に配属されるケースが多いですが、中途の私は最初から法務部配属で、部署の特性上あまり異動もありません。今回GRITに参加し、Kidslationを立ち上げるとなって、初めて新規事業開発部へ異動となりました」

GRIT参加のきっかけは、前述の通り自身で感じた幼児食期への課題感でしたが、岸さんいわく「今になって思えば、新規事業をやってみたいというモチベーションはずっとあったと思う」と言います。

「ハウスはベンチャー企業へのCVCを通じた投資もしているので、法務部時代にそういった人たちと間接的にやり取りをすることも多かったんです。その頃から国内外のスタートアップに関する情報は集めていたので、面白そうだなとは思っていました。

それに長い目で人生を見たら、事業立ち上げの経験は絶対に必要だとも感じていました。今の時代、定年退職後も大なり小なり何かをすると思います。その時に事業を立ち上げた経験があるというのが必ず強みになると思うんです」

「まったく新規事業の経験がなかったので、今はゲームをやっている感覚に近いです。うまくいかないことを攻略していく日々で、やった以上は全力でクリアしたい。楽しめているかはわかりませんが、没頭はしています」

メニュー開発がカギ

メニューの開発風景

現在のKidslationのアイデアは、GRITへの応募時点から大きく変わってはいません。極端なピボットはなく、幼児食というソリューションも、冷凍食品であることやサブスク(定期便)であることも、初期から変わっていないそうです。

その中でも、やはり顧客へのインタビューや事業検証のなかで、追加した要素は数多くあります。

例えば現在はすべての商品に「野菜が5種類以上」入っていますが、こうした商品コンセプトも、α版での顧客の声から改善した点でした。

特にメニュー開発については、非常に苦心しているそうです。

「メニュー開発は、まず提携している保育園の管理栄養士からレシピを起案してもらい、それを工場で試作、実際に食べてフィードバックをするという流れです。

(同じくGRIT参加者で、現在子育て世帯向けにパウチ惣菜を販売する「タスミィ」を運営している)石井は、研究所勤務の経験があるので、メニュー開発にも知見があると思いますが、私には経験がまったくありません。自分の舌にも自信がないので、そこは社内のリソースを活かしつつ、より繊細な味覚を持っている人たちにも食べてもらい、評価していました。製造自体は工場にお願いしていますが、自分の中の理想のイメージとすり合わせるために、ラリーを繰り返しています」

このように、現在展開している12種類のメニュー開発は、主に社内の人や食品メーカーであるハウスのこれまでの知見に頼ってきたという岸さん。その上で今後は、直接のお客さんである子供がどう感じるかというのを起点とした商品開発を試みようとしています。

「開発時点でいろいろと子供の好みに合わせて考えるわけですが、幼児食期の子供って本当にちょっとしたことで食べる、食べないが決まってきてしまうんです。例えば目に見えるところに、インゲンが1、2本あるだけで、全然口をつけてくれなくなってしまいます。一度へそを曲げるともう何も食べてくれなくなってしまうので、大人以上に繊細さが求められます。

そうした細かい点に気を配り、子供の好みに合わせてチューニングしていきたいです」

サブスクの継続率と広告の単価を検証中

2023年1月のリリースから現在まで、およそ1年弱。一定数の食事を届けてきた中で、課題も明確になってきています。

その1つが、定期便の継続率です。

「現在はあくまで実証フェーズなので、単純な売り上げや食数よりも、継続率やライフタイムバリュー(LTV)を注視しています。現在、F2(2回目購入までの継続割合)までは好調ですが、F3(3回購入までの継続割合)で少し数字が落ちてしまうので、ここをいかに維持するかが課題ですね。

この点は、実証中ということもあり、メニューの少なさなども一因でしょう。ECビジネスとはいえ、やはり事業の根幹になるのはプロダクトの良し悪しなので、まずはそこを改善し続けることが一番の近道だと思っています」

現在、岸さんはほとんどすべての業務を1人で進めています。メニュー開発以外にも、マーケティング施策や顧客管理なども見ている状況です。

その中で、マーケティング面でも課題が見えてきました。

広告に関しても、課題やインサイトが見えてきました

「2023年夏頃からはデジタル広告を配信して、PDCAを回しています。現在は効果的な広告チャネルなどを検証しているところです。

通常、広告はCPAで成果を見るケースが多いですよね。例えばInstagram広告経由のお客さんのCPAが12,000円で、X広告経由が8,000円なら、CPAの観点からXに広告投資を集中する方が合理的だという判断になります。

しかし今は、さらに先のLTVまで見た上での検証をしています。上の例で言えば、Instagram経由のLTVが25,000円で、Xが15,000円なら、前者の方が合理的なチャネルになりますよね。もちろん媒体だけではなく、配信するバナーの種類や飛び先のランディングページの種類などさまざまな掛け合わせを検証する中で、CPAだけではなくLTV観点で最適な広告経路を検証しているところです」

パッチワークキルトでの検証

ハウスは従来店舗での量販ビジネスを強みとしてきましたが、その中でKidslationはECサイトでの、DtoC(Direct to Consumer、メーカーが仲介業者や店舗を通さずに直接販売するモデル)を採用しています。

その点での難しさを感じているそうです。

「大企業におけるDtoCは、個人情報の取り扱いがものすごくシビアなので、ここは他社も苦労している点だと思います。大企業として会社と顧客を守るために最適化した仕組みやルールがあるので、それはもちろん正しいことですが、新規事業をする上での難しさではあります」

そうした中で機能するのが、ハウスの新規事業開発の特徴でもある「パッチワークキルト株式会社」の存在です。

GRITから生まれた事業は複数回の審査を経て、事業として実証フェーズに進めるかどうかを決めます。その後、起案者は元の所属部署を離れ、新規事業開発部に所属しながら、専任の事業責任者として事業立ち上げに注力することになります。

実証フェーズを通じて、その事業自体が持つ価値を見極め、ビジネスモデルを固めていくことになりますが、とはいえハウスのように、すでに市場で一定の地位がある大企業の場合、そのことが実証の意味合いを難しくするケースもあります。また前述のとおり、大企業の既存の枠組みでは現実的に進め方が難しいケースもあります。

そこで、ピュアにスピード感を持って実証を重ねるための「出島」として、2022年10月にパットワークキルトを立ち上げました。

現在は、岸さんのKidaslation、石井さんのタスミィ含む2事業が同社内で実証を進めています。

*同じく実証中のタスミィについてはこちらの記事をご覧ください

GRITの1期生として、道なき道を走ってきた岸さん。前例がない中での難しさを感じつつ、最近では、社内でECやDtoCを検討している社員からの相談をもらうことも増えてきたそうです。

今後は、法人化のタイミングを検討しつつ、人材採用なども進めていきたいと話します。

GRITについてはこちら>

同じくGRITから検証に進んでいる「タスミィ」石井さんへのインタビューはこちら>