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新規事業を生み出す新たな選択肢、出島的プラットフォーム「Foresight Incubation Studio」:大阪ガス行動観察研究所 × GOB

新規事業の創出は、企業の最重要経営課題であり続けています。数多くの取り組みが乱立する現状は、一方でどの取り組みも明確な答えを提示できていないことの裏付けとも言えます。

10月から、GOB Incubation Partners(以下、GOB)と大阪ガス行動観察研究所がタッグを組んだ新プロジェクト「Foresight Incubation Studio(フォーサイトインキュベーションスタジオ)」がスタートしました。Foresight Incubation Studioは行動観察をベースとしたアイデア創発に強みを持つ大阪ガス行動観察研究所と、事業開発、スタートアップ育成のノウハウを持つGOBがタッグを組み、一気通貫で新規事業を育てる取り組みです。

そうしたアプローチとともに、企業内の新規事業を、企業外の文化で育てる「出島的プラットフォーム」の構想にそのユニークさがあります。

今回は、大阪ガス行動観察研究所の所長で、大阪大学の特任教授も務める松波晴人(まつなみ・はるひと)さんと、GOBメンバーとしてForesight Incubation Studioを運営する高岡泰仁(たかおか・やすひと)が、取り組みの全体像を話します。聞き手は、GOB代表の山口高弘(やまぐち・たかひろ)です。


イノベーションの現在地──新規事業創出を阻む「3つの壁」

左から大阪ガス行動観察研究所所長の松波晴人さん、GOB代表の山口高弘、高岡泰仁

松波晴人(以下、松波):大阪ガス行動観察研究所は「Foresight Creation 」と呼んでいる行動観察の手法を活用して、さまざまな企業と新価値創造に向けた取り組みを進めてきました。その過程で、価値を生み出すための方法論についてはある程度確立できたと思います。

しかし課題はまだその先にあり、そうして生み出した優れたアイデアを、会社として意思決定をして、具体的に実行できているケースが非常に少ないんです。その背景には、組織における「3つの大きな壁」があります。

①意思決定の壁

まず阻まれてしまうのが「意思決定の壁」。新価値を生み出せる案を会社に提案しても、「その案が『ローリスク/ハイリターン』であることを証明しなさい」と言われてしまう。

でもビジネスの原則に照らし合わせれば、「ローリスク/ローリターン」か「ハイリスク/ハイリターン」しかありえません。「ローリスク/ハイリターン」なビジネスは、あったとしてもグレーゾーンなものか、アンフェアで長続きしないモデルでしかありえません。

ローリスク/ハイリターンなビジネスしかやらないという形で意思決定すると、実質的にはローリスクローリターンの戦略を採っているのと同じことなんです。

②リソースの壁

この意思決定の壁をなんとか超えても、次に立ちふさがるのが「リソースの壁」。やるとなってもそこにリソースが用意されない。「ヒトもカネも時間も渡せないけど、頑張ってくれたまえ」と。そうなると、疲弊して結局は長続きしません。

③横連携の壁

そして最後が「横連携の壁」。別の部署から、「うちの部署関係ないです。勝手にやって」と言われてしまいます。会社は営業や開発、販売などさまざまな部署で成り立っていますから、他部署が乗ってこないと前に進めていくのは難しくなります。

組織の中で新しい価値を生み出そうとするとこうした壁だらけなので、結局多くの場合はスタートしない。スタートしないから、それが良いビジネスだったのかどうかもわからないまま。結局、何も学ばないままになってしまう。この悪循環が本質的な課題です。

今回のFISは、こうした組織の壁を取っ払うために、その外の場で“出島”的にアイデアを育てようとする試みです。

山口高弘(以下、山口):この3つの壁は、従来の事業を維持するためには最適化された仕組みだったんですよね。こうした壁に対して、高岡さんはどう感じていますか?

高岡泰仁(以下、高岡):いずれも、選択肢が限られてしまっていることが根本的な問題だと思います。

例えば、リソースの壁が生じるのは、社内でリソースを確保してプロジェクトを完結させようとするからです。もっと社外の人たちを巻き込みながら進められる幅広い選択肢を用意してあげれば解決できるはずです。横連携の壁についても同じで、社外に選択肢が開かれれば、より連携先が増えますよね。

もう一つ別の角度から言えば、FISのような出島的存在が社内ゆえの“甘さ”を見直すきっかけになるのではと思っています。

例えば、他の部署をどう動かすかって、本来は他の会社をどう動かすかと同じ観点で考えるべきことだと思うんです。でも、多くの場合はそれが「社内だから」という理由で、うまく機能する連携ができていません。そうした点でも、組織の外の環境でプロジェクトを動かすことには、大きな価値を期待しています。

組織に染まるor外部流出、不自由な2択を迫られる若者に第3の選択肢

松波:企業の意思決定が進まない要因として、世代間のギャップも大きいと思っています。若い人たちのやりたいことと、上の世代のやってきたことって全く違うんですよ。

若い世代の意見を聞くと、「社会問題を解決したい」「人の気持ちを救いたい」といったものが非常に多い。これは、従来のビジネスモデルとは全く性質が異なります。その良し悪し以前に、世代による世界観のギャップが大き過ぎて、お互いに理解ができていない状態です。

そもそも、若手が言っていることについて、世の中にそういうニーズがあるかどうかも感じられていないので、当然ながら意思決定も進みません。

高岡:このギャップは、これからより加速すると思います。経営層と若手もそうですし、もはや僕のような30代と20代の間ですら感じます。

問題なのは、そうしたギャップを抱える若い人たちが、組織の既存の枠組みに染まるか、それとも組織の外へ流出するかの、不自由な2択を迫られてしまうことです。

組織にいれば、松波さんが指摘するような「壁」に阻まれて新しいチャレンジはしにくい。一方で、新しいチャレンジをしようとする人が組織の外に流出してしまうと、彼らは企業の中のリソースが使えないので、無力化してしまう可能性が高くなってしまう。いずれにせよ、価値を発揮しにくい状況が生まれてしまいます。

ですから、動ける人が常に多くの選択肢を持っていて、企業が持つリソースも活用できる。そんな状態を作りたいんです。

山口:その結果、第3の選択肢として、リソースを使えてかつ独立的な立場で物事を組み立てていけるという道が求められていて、その一つの形としてFISが立ち上がってきたわけですね。

組織に不要な「クリエイティブ」、これが許される場に必要な条件

Foresight Incubation Studioのプログラムの様子

山口:そういう出島的な第3の選択肢を選ぶために、具体的には何がカギになると思いますか?

松波:一つはサラリーマン文化からの脱却。

組織の中では、常に論理的に正しくあることや、議論のエビデンスを求められます。これらのことは、これまでの枠組みで仕事をし続けるのであればもちろん大事だけど、それが行き過ぎているようにも思います。みんな真面目に仕事をするけど、正解がわからないと動かない。結果、そういう文化の中では新しい価値が生まれにくいですよね。

でもここで重要なのは、これが個人の能力ではなく「文化」の問題だということです。つまり、異なる文化の「場」さえあれば誰もが既存の文化から脱却できると思っています。

ここで求められる場を一言で言えば、「クリエイティブが許される場」です。

山口:「クリエイティブが許される」ためには何が必要になりますか?

松波:まずは「どんな突飛なことを言ってもOK」という安心感とお互いの信頼関係です。ヒエラルキーもなくて、「社長それは違うんと違いますか?」って言えるような環境が必要だと思うんです。

大阪大学では、学生たちに「Foresight School(新しい価値を生む学校)」と称した授業をしていますが、実施初年度から目に見えて成果をあげることができたんです。それで学生たちにどうしてうまくいったのか教えてくれって言ったんです。そうしたら、「先生が僕たちを信頼してくれたからです」と。そして「バカなことを言ってもいい場を作ってくれたから」って言うんです。安心してバカなことを言ってもいい場、しかもベースに信頼がある場が必要なんだと思います。

山口:多くの企業は自分ごとで考えることを許せていないのかもしれませんね。

高岡:ボトムアップって、効率性だけを考えれば最も不要な行為ですからね。会社としては何も考えずに上から下にオペレーションを回すのが一番効率的。

同様に、そもそも「クリエイティブ」って、組織にとって必要ないと判断されてしまうもので、新規事業もイノベーションもそう。経営者は必要だと言うんだけど、組織の構造上は必要ない。なぜなら、経済的な価値が主導で、物事を決めているから。直近の経済活動になんら影響を与えないところにお金も優秀な人材も割けないケースが多い。

でも、実はそこで切り捨てられている部分にこそ本質的な価値があるはずで。この本質的に大事なものに対して力を割けないのが、日本が抱える大きな経営課題ではないでしょうか。 

Foresight Incubation Studioの特長

山口:クリエイティブが許される場——言い換えると経済価値よりも社会価値を優先できて、問いや価値をストレートに表現できる場——ですが、FISなら、なぜそれがクリアできるのか、もう少し具体的に教えてもらえますか?

松波:まず、所属している組織に一切気を使わなくていいということが大きいです。若手の社会人に、会社の看板を掲げて「自分の会社の次の価値は何でしょう?」と問いかけても、凡庸な案しか出てきません。そうじゃなくて、彼らが自分ごととしてやりたいと思う案の方がずっと面白いし、上手くいきそうな内容が出てきます。これまでの組織では「自分ごと」を持ち出す人はマイノリティーだったので見過ごされてきましたが、それがクリエイティブな場では一転マジョリティーになります。似たような志を持った仲間がいるというのは、やはり強いですよ。

それから、ゼロベースで考えられる場であるということ。会社も年をとっていくので、メンテナンスが必要ですけど、それに対して今は絆創膏を貼ってばかりな気がするんです。対症療法的で、根本的な解決策は提示されない。本質的なことをズバリ言ってしまう人は組織から敬遠されてしまいますから。組織の外でなら、ゼロベースで根本から考えられます。

そうした場を土台として、さらに重要なのが、私たちには「新しい価値を生む方法論」を持っているということです。

松波:新規事業というある種アートな世界を、できる限り解像度を高く整理しました。もちろん誰がやって確実に成功する方法なんてないですけど、体型的にまとめたものを提供できるので、安心感を持って事業を進めてもらえると思います。さらに、それが仲間たちとの共通言語になってくるというのが非常に強み。同じ志を持つ人が、共通言語で議論できると、かなりスピーディーに前進できます。

山口:Foresightから入るというアプローチ自体も、ゼロベースで考えることを体現していますね。

Foresight Incubation Studioのプログラムの流れ

「オプションBをとるか否か」──出島から事業の持ち帰りで、企業へ選択を迫る

松波:いまは、従来の組織文化から離れた場と、どうビジネスにまで持っていくかの方法論までを提供していますが、そこから先も現在準備を進めているところです。

構想段階ですが、FISの場で生まれたプロダクトを、まずは投資家に提案して、そこで投資家のお墨付きを得たものをもとの企業に戻してみたいと思っています。企業にはそれをスケールさせるためのリソースがありますから、お墨付きを得たそのプロダクトを進めるかどうか選択を迫るんです。

それでも当然「やらない」という選択はあり得る。でも、ここで企業が「やらない」と決断することは、これまでの決断とは意味合いが全く違うんですよ。

つまり、お墨付きまで得ているものをやらないんだったら当然こっちでやりますよ、となる。それがもし成功したなら、それは、やらないという選択を下した責任が発生するわけです。

山口:なるほど。これは面白い。

これまで、スタートアップと組んだアクセラレーションプログラムのように、企業を外圧的に変えていこうとする試みはいくつもあったと思います。ただそれらは企業にとってプレッシャーにはなっていませんでした。

それに対してFISでは、に対して、オプションBを取るのか否か、かなり緊張感のある選択を迫るわけですね。

もはやその事業をやるかどうかっていうレベルの意思決定ではなくて、企業としてこのオプションを取り込んでアップデートするか、旧態依然のまま過ごすかという選択になりますよね。単純に事業を育てるというより、自分たちの企業を成長させるための鬼気迫る選択肢を得るということでいうと、出島の究極的な目的は企業のアップデートだと言えるのかもしれません。

個人の中に、会社という選択肢がある

高岡:私がFISで大事にしたいのは、起業家中心であることです。チャレンジャーを起点に全てを考えていて、それをインキュベーションする場が出島であるというのが理想です。

会社と個人の関係を考えた時に、常に個人のために会社があってほしいと思っています。新規事業の担当者に話を聞くと、その事業が会社にとってなぜ必要かは答えられても、あなたがなぜやりたいのか、には答えられない人が多い。つまり、会社の中にいる個人として自分を考えてしまっているんです。主体性を持てていれば、個人の中に会社という選択肢があるはずです。

FISが改めて自分の会社を振り返る場であってほしいと思います。退社を促すということではなく、主体的に、会社をどう使うのかという視点で事業にチャレンジしてもらえる場にしたいです。

松波:組織の中では、本質的なことよりも、常にそこでの関係性が優位になるですね。会社としてこうあらねばならないということよりも、中の和が乱れないことが大事。そうした中で苦しんでいる人がうまくFISを利用してもらえたらと思います。

山口:ある意味、北風と太陽、どちらも内方している感じですね。北風的にプレッシャーを与えつつ、太陽的に起業家に対する選択肢や包摂性を与えている。

大阪ガス行動観察研究所×GOBで経営スタイルの変革に挑む

松波:世界観、志が一緒ということに尽きます。今の世の中をどう捉えていて、どういう方向性を目指すか、その根底の部分が一緒だと思っています。単に方法論があるから、ではないですね。

高岡:今回の取り組みは、企業が持つ豊富な選択肢をチャレンジしたい人が使い倒す。それを仕組みとして外的に用意することで、これまでのしがらみにとらわれず、イノベーションを主体的に生み出していく。そうした、みんなが大事だとは思っていたけどスルーしがちだった部分ですよね。そこの思想的な深い部分を、行動観察研究所とGOBが持っている方法論を含めて提供できるというのは、非常にわかりやすいパッケージになっていると思います。

山口:価値とビジネスをセットで語れる取り組みですね。

松波:新しい価値を生むって経営そのものだと思うんですよ。そういう意味では経営が上手くいっていない。

山口:ドラッカーも価値創造が経営だと言ってるんですけどね。

高岡:僕らが相手にするマネージャーに対してマネジメントの文脈で届けつつ、それをリーダーシップに変換していくのが役割なのかなと考えると、経営層のスタイルの変革が僕たちのやっていきたいことなのかもしれません。

山口:ハードに変革するというよりは、マネジメントスタイルを価値創造型リーダーシップスタイルに変革するという仕掛けができるといいですね。

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