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ここが変だよインボイス制度

インボイス制度が音楽家に与える影響の記事はインボイス制度に待ったがかからずそのまま施行されることを前提に書きましたが、インボイス制度をSTOPさせようという動きも勿論存在します。

STOPさせようと思ったら何故インボイス制度が良くないのか理解する必要がありますが、インボイス制度というコンセプトそのものが悪かというとそんなことはなくて、その制度設計の中にいくつか浅慮であるもしくは悪質であると言わざるを得ない点があることが問題だと考えています。

この記事はインボイス制度の良くない点を理解し正しく声を上げるための理論武装に役立つものを目指しています。以前の記事よりもインボイス制度に対する理解が必要になりますので、まずはそちらをお読みいただくか、本記事の目次だけに目を通してみて下さい。

そこそこの下調べをして書いていますがガッチガチの裏取りをしているわけではなく勝手なイメージで書いている部分もあるので、解釈が誤っているところがあったらこっそり優しく指摘して下さい。


インボイス制度の必要性

インボイス制度やめろ!!!と多くの人が声を上げていますが、インボイス制度自体はあることが望ましい重要な制度です。特に現在8%と10%の消費税率が混在している以上、「これは8%、これは10%」と正しい税率で販売し納税しているかを保証する意味でインボイス制度の導入は重要です。(建前上)

7つの問題点

では何がそんなに問題なのかというと、上記の理由はあくまで建前で、本音は税収増にある(ように事業者からは見える)ことが問題なのです。もっと言うと、税収増を成すために生じている社会への負荷や分断が大きい制度設計の甘さ、浅はかさこそが問題なのです。

ここからはどのあたりが問題なのかを列挙していきます。

1.登録義務がないこと

適格事業者登録は義務では無いため、制度導入後も事業者は手元に届いた請求書が適格事業者のものか否かを確認し、適格で無かった場合に対応する必要に迫られます。特に2029年までの経過措置の間は適格でない請求書の中の何割が仕入額から控除されるのか面倒な計算を強いられます。

また、事業者番号と思しき数字が記入されていたとしてもそれが国に登録されている正規の番号かを都度照会しなければ仕入額控除を安心して受けることが出来ないかもしれません。

更に、2023年10月以降に新規に取引を開始する相手に対しては必ず「適格事業者登録をされていますか?」という質問をしなければなりません。そしてそこで仕事が成立するか商機を逃すかが決まるケースも多々あるでしょうから、マイナンバーを聞くのとは緊張感が違います。

他にも例えば小規模な飲食店を打ち合わせで使ったり、個人機材ブランドから機材を直接購入する時等も、毎回予め「適格請求書を発行して頂けますか?」と聞かなければなりません。個人タクシーは原則として登録を推奨するようですが、「原則」や「推奨」という弱い言葉を使っている以上乗る側として注意する必要があります。

また、2023年10月から対応をスタートさせるためには23年3月末までに登録が必要(※23年9月末までに変更)ですが、当然それを逃してしまう事業者も大量にいるでしょうから初年度は地獄絵図になることが想像に難くありません。

適格事業者登録が義務であればここに無駄なコストを割く必要がありません。ただでさえ生産人口がこの四半世紀で2000万人ほど減ったにも関わらず、貴重な労働者の時間と労力を本来の事業とは別のところに向けさせる必要があるのか疑問です。

2.経過措置の中身が煩雑であること

実際には6年かけて仕入額控除ができなくなるわけですが、「2023年10月からの3年間はこの人には何%の値下げ交渉をして、2026年の10月からは値下げ率を何%に変えて…」みたいな面倒なことを企業が好んでするかというとそうでもなさそうな気がしています。

なので、実際に起こることは「経過措置は受けずに大人しく仕入額控除を諦めて、その代わりに適格でない事業者は全て取引をやめるか9.09%の値下げ!!」が大半だと予想します。特に大企業は。

3.免税事業者が適格請求書を発行出来ないこと

3つ目は免税事業者が適格事業者登録出来ないことです。

免税事業者が消費税を免除されることと事業者として適格であることの間には本来何の関連性もないはずだと感じる(あったらすみません)のですが、実際には免税事業者は適格請求書を発行することが出来ません。

つまり適格請求書を発行できるようになるためには消費税の申告、納付の免除を受けられなくなるということです。これが免税事業者に対して時間的、金銭的、精神的負担を強いており、本音が税収増にあるように見えると述べた根拠です。

4.制度の運用開始に向けた準備コストが0として見積もられていること

現時点でもかなり多くの割合の事業者がインボイス制度に対して「よく分からない」という印象を抱いているはずです。

制度としてそこそこ複雑なはずですが制度に関する説明が事業者に対して十分に行き届いていないのは、制度の考案者が「制度を理解し運用開始に向けて準備するのにかかるコスト」を限りなく0として見積もっているからと考えたくなります。

極端に言えば、制度の考案者はどれだけ複雑な制度を作ったとしても全ての事業者は自分と同じ理解度に瞬時に到達するべきと考えているのかもしれません。

5.開始後の事務負担で生じる社会的損失が0として見積もられていること

このままのインボイス制度であれば、免税事業者もそうでない事業者も全ての請求に対して余分なストレスを負うことになります。具体的には、消費税の申告に必要な時間的または人的コストが莫大に跳ね上がります。お金を払うために払うコストが猛烈に膨れ上がるわけです。これをスマートな制度と言うには無理があります。

6.本当に困る立場の人は制度のことを考える余裕なんてない

もしかしたらこれが最も大きな問題かもしれませんが、現行のインボイス制度で最大の被害を被るのは間違いなく免税事業者です。しかし、事業規模が小さく消費税の申告とも無縁の彼らにとって、インボイス制度が何故自分達にとって不利益になる制度なのかを真剣に学習する時間も精神的余裕も知識の下地も専門家との人脈も無いケースが多いでしょう。

なので、最も声を上げなければならない人達が自分達の窮状を最も理解出来ていない状況に追いやられているのです。今インボイス制度で声を上げているのは大半が「自分達はそれほど困らないけど困る人がいるから代わりに声を上げよう」という善意の事業者だと思いますが、それだと政府は「当事者は本当に困っているの? だって選挙では僕らに入れたでしょ?」というカウンターを打ててしまいます。

7.消費税への理解の濃淡や立場の違いにより分断が起きる制度設計になっていること

  • 小規模事業者の免税は法律で定められたルールである

  • 消費税相当額を免税事業者が懐に入れるのは益税ではない

  • 上記2点はインボイス制度導入後も変わらない

という客観的事実について、消費税への理解が乏しい人からの納得を得ることは出来ていません。特に一般的な会社員のように消費税の納付と無縁で生きている人の目から見た時、小規模事業者が消費税をちょろまかしてきたように見えることはあります。

法律で定められており、司法の場でも認められている権利だとしても、羨ましく見えてしまったら無意識のうちに人は脳内で「ずるい」という感情にすげ替えてしまいがちです。ずるいということは、何か不正を行っていると感じるということで、不正であれば批判しても構わないというロジックに繋がります。批判することが目的化してしまっている人との対話は不可能です。

分断があれば制度に対するブレーキはかかりづらくなり、いわば通しやすい制度になります。

こうすれば上手くいくんじゃないの?という個人的な妄想

「事業者に正しい税率で消費税を徴収し納付してもらう」という建前のコンセプトさえ満たせればよいのであれば

  • 適格事業者登録を義務化する

  • 免税事業者も適格請求書を発行出来るようにする

が最短なのではないでしょうか。そうすれば消費税法の免税に関するところを書き換えなくても良さそうですし。

それがどうしても嫌なら

  • 適格事業者登録を義務化する

  • 免税事業者という枠を撤廃する(簡易課税は残す)

  • 売上が1,000万円に満たない事業者が簡易課税を選択した場合見なし仕入率を100%にする

  • それがダメなら2割特例を2023年から3年ではなく開業/設立から3年にする

がスマートな形だと個人的には思います。「とりあえず税収アップ」が本当の狙いなのであればこれらは通りませんが。

これもまた個人的な考えですが、仮に税金の納付額が1円も変わらなかったとしても正しく納めるために事務負担が増えればそれもまた増税と言えます。なので、このままのインボイス制度はどこをどう切り取っても増税なのです。

ただ、正面から「インボイス制度やめろ!!!」と言っても向こうにも理にかなった建前(軽減税率への対応)があるためダメージが通らないように思われます。代わりに「インボイス制度のここがおかしいだろ!!!」とあまりにも皆が言い始めたら多少は気にする人が出てくるのではないかと思ったり思わなかったりします。

これはかなり穿った見方ですが、事業者が本音と建前の部分まで辿り着くほど真剣にこの問題を理解し抗わないだろうと侮られている可能性は非常に高いと思います。つまりどうせ面倒臭がって真剣に調べないだろうからやりたい放題やっても怒られないだろうと事業者を軽視しているということです。そして実際その通り、多くの事業者はこの問題を直視することを面倒臭がっています。

一番身近に取れる反対意見の表明が選挙に行くことだったのですが、先の参議院選挙でもインボイス制度の導入を推進する政党が圧倒的に支持されたということは、小規模事業者の頑張りが足りていなかったのかなとも思います。

Change.orgでのSTOP!インボイスの署名活動等もありますが、最初に書いた通り請求書の適格化自体には必要性があるため「だってこの制度要るんだもん」と返されて終わりな気もします。(著名人の反対意見もちょっと弱いものが多い)

不穏な言い残し

インボイス制度の改善に成功するか悪法のまま突入するかは分かりませんが、その先には二の矢として改正電子帳簿保存法の猶予期間切れが待ち受けているため引き続き気を抜けない日々が続きます。

そもそも論的なボヤキ

免税のラインが売上1,000万円になったのが2004年で、2004年と現在では物価も消費税率も違うのにこの判定ラインが見直されていない時点で実質的に免税枠が狭くなって(≒増税されて)はいます。

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