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アナログとデジタルの違い

アナログとデジタルの違いを把握出来ていると人生がちょっとだけ生きやすくなる気がするので、なるべくかたい用語を使わずに解説します。

※注意: 本記事では量子化の説明の比重が大きいです。
※注意2: 本記事では量子力学的な議論を行いません。(僕がわからないので)

それぞれのメリット

定義的なことを考え始めるとあまり楽しくないので、先にアナログとデジタルにそれぞれどんなメリットがあるか音楽家向けに書きます。

アナログのメリットは2つあって

・デジタルでの完璧な再現が出来ない音
・レイテンシーが無いこと

です。上はアナログ機材の方が音が良いとされる理由ですね。アナログの世界で起こる電気信号の劣化や歪み、エネルギー変換をデジタルの計算機で完全に再現することは出来ません。

また、デジタル機材、エフェクトの場合バッファに溜めた情報をプロセッサーである程度纏めて計算してから出力するため人間にも体感出来る長さの遅延が生じることがありますが、アナログの場合入力したら(人間の感覚では)直ちに出力が得られます。

一方デジタルのメリットは2つあって

・情報を保存出来ること
・複製が簡単なこと

です。例えばほんの数十年前まで音楽はテープで録音されたり溝の掘られたプラスティックの板で聴かれたりしていましたが、これらに記録された情報はアナログなので記録された瞬間から劣化が始まります。昼間テープに録音した音が夜帰る頃には変わっていた、なんてことが世の常だったそうです。

ところがデジタルで録音を行えば記憶媒体の種類によらず全く同じ情報を保持し続けることが出来るため、記録された情報は未来永劫そのままです。

またアナログの情報は、複製した時に個体差が生じます。この辺りは歪みエフェクターやアウトボードのコンプレッサー、EQを触る人には直感的に理解しやすいと思います。

ところがデジタルの場合は100%同じ情報を簡単に複製出来ます。プラグインエフェクトやサンプルライブラリは誰が買っても必ず同じ音がするのはそのためです。

実はデジタル信号を電気的に転送するには色々と工夫がいる(詳しくはチェックサムやパリティチェックで検索して下さい僕は全部忘れました)のですが、一般的にデジタル情報は全くの劣化無く伝達出来ることがメリットです。

ではなぜこのような違いが出るのかを知るために原理を見ていきましょう。


アナログとデジタルの違い

アナログとは途切れていないもの、情報のことです。例えば時間の流れは常に途切れることはないアナログのものです。

デジタルとは飛び飛びの数字で表せるもの、情報のことです。

色んな喩え方をしてみましょう。まずは物の長さの場合。あるテーブルの横幅を測ったら80cmだったとします。テーブルの横幅は連続したアナログ情報ですが、81でも79でもない80cmという飛び飛びの情報を使って表すことによってテーブルの横幅をデジタル化することが出来ます。実際には80cmよりちょっと大きいかもしれませんし小さいかもしれませんがその情報はデジタル化では無視されます。

こうして例を挙げると「モノを数えることはデジタル化なのか?」という疑問が生まれその認識は間違っていないのですが注意が必要です。例えばりんごの数を数える際、情報はデジタル化されていません。りんごの数はそもそも飛び飛びのデジタル情報だからです。一方、りんごに含まれるビタミンCの量を数値化するのはデジタル化と言えるでしょう。

デジタル化は数字で表すことだけではありません。特定の範囲のアナログ情報を切り取るのもデジタル化です。例えば青森県のりんごの収穫量を年別に調べるのもデジタル化です。

もう一つ喩えておきましょう。気温はアナログ情報ですが「11月7日の最高気温は19度だ」「11月8日の最高気温は21度だ」といった具合に統計を取ることはデジタル化です。もしそれらの情報を紙に書いて記録した場合でも記録された情報はデジタルです。

では音楽に関わりそうな電気で喩えてみましょう。5Vの直流電流の電圧を計測することを考えます。信号の電圧は連続したアナログ情報ですが、それを5Vという飛び飛びの数値を使って表すことでデジタル化出来ます。実際には5Vより小さかったり大きかったりしますが、デジタル化ではその情報が無視されます。

5Vの正弦波(交流)の場合は電圧が時間変化するので色んな瞬間の電圧を測定したくなりますが、それぞれの瞬間の電圧値を列挙することもまたデジタル化です。

これがアナログとデジタルの違いです。混乱を招くかもしれませんが誤解を防ぐために付け加えておくと、決して整数で置き換える必要はありません。


音楽制作におけるデジタル

では音楽においては一体どんなアナログ情報をどんなデジタル情報として扱っているのでしょうか。

答えは「電圧情報を一定の時間間隔で測定しその値を2進数の数値で近似している」です。分かりづらいですね。

「一定の時間間隔」はポピュラーなものだと1/44,100秒や1/48,000秒です。2進数の数値というのは、16bitや24bitと言いかえると分かりやすいでしょう。16bitというのは16桁の2進数であるということです。

例えば「24bit/48kHzでAD変換する」というのは「電圧を1秒間に48,000回測定してそれぞれの値を4,294,967,296段階の数字で表現し誤差は切り捨てた上で2進数に変換する」ということです。ちなみにこの操作をPCM(Pulse Code Modulation、パルスを符号に変調すること)と言います。

なぜこんなことをするかと言うと、人間にとって都合の良い、計算機が扱いやすい情報になるからです。他にもPWMやPDM等色んな変調方式はありますが、計算機が扱いづらいという弱点があります。

計算機が扱いやすいと何が嬉しいかというと、EQやコンプレッション、リバーブ等のエフェクト処理が簡単に行えたり波形のフェードやオートメーションなどを柔軟に描くことが出来ます。

PyramixやClarity等のDSDデータをネイティブに扱うDAWで機能的に制約が多いのはこのためです。(DSDはPCMではなくPDMです。)

このデジタル化の精度はどこまで高めていっても先述の通りアナログ情報と全く同じにはならず誤差が残ります。これを量子化ノイズといいます。ビット深度を64bit floatにしようがサンプリングレートを768kHzにしようがアナログ情報は必ず抜け落ちます。

ここで重要なのは人間に分からない情報は無視しようという姿勢です。人間が感知できない誤差は全部切り捨ててOKとするのがデジタルオーディオの基本姿勢です。


デジタル機材はアナログ機材である?

ここまで読んで「じゃあ何でオーディオインターフェースによって録り音や出音が違うんだ?」という疑問が湧いたと思います。

理由は2つあります。

・AD/DA変換を行う回路はアナログ素子で構成されているから
・デジタル情報を扱うためのクロックを生み出すのはアナログ回路だから

アナログ素子は高周波になればなるほど挙動が不安定なので、例えばAD変換において、ある電流を受け取った時にあるAD変換回路ではその電圧値を967,200と扱う一方で別のAD変換回路では967,201とするかもしれません。

また、デジタル回路には動作周波数というものがありその周波数は供給されるクロックによって決まりますが、クロックの元になるのはアナログ素子というより物質(水晶やらなんやらの発振周波数を温度管理等で固定してクロックを生成しているんだとか。詳しくは専門家に聞いて下さい。)らしいので、頑張って制御しても毎回必ず1/48,000秒ピッタリのところでデータを切り取ってくれるわけではありません。この周期のブレがジッターと呼ばれるものです。上記のAD/DA変換の結果にブレが生じる原因の一つです。

クロックの精度の差を測定する最も簡単な方法は、2つのPCを用意してオーディオインターフェース同士をアナログ結線し、片方で再生した音声をもう片方のマシンで録音することです。数分も録音したら数msecくらい波形の長さが変わっていると思います。

さて、数十kHzというと音響的には高周波でも電気的には低周波の部類に入るので特性が乱れると言われてピンと来ないかもしれませんが、AD変換の際にフロントエンドで⊿Σ変調器を用いているコンバーターの場合内部的には数十MHzで動作していたりするので、そこまでくると反射やらなんやら考えないといけないことがかなり出てくると思います。

つまり、デジタル機器だと思って安心していてもその挙動がアナログ素子の機嫌によって変わることは往々にしてあるということです。


まとめ

こうしてアナログとデジタルを理解すると、自分の音楽制作において何がアナログで何がデジタルか把握出来るようになります。ワークフローや機材選びにも違いが出てくるかもしれません。

先述の通りデジタルオーディオを扱う上では人間に分からない情報は無視しようという姿勢が重要なので、

・何がアナログで何がデジタルなのか
・デジタルだと思っている部分にどんなアナログが潜んでいるのか
・そのアナログ要素を人間がどれだけ認識出来るのか

を個別に並列に考えるのが機材との良好な付き合い方だと思っています。


蛇足

用語を使わないせいで説明がまどろっこしくなってしまった気がするので列挙しておきます。

サンプリング: 特定の範囲の情報を切り取ること。標本化。
クォンタイズ: 量を数字で近似すること。量子化。
デジタル化: 上記をひっくるめたもの





ここから先は本当に心の底からどうでもいい話です。おぼろげな記憶を頼りに書いている部分が大半です。

余談

デジタルという言葉の響きだけを聴くと何となく無機的で角ばっていて不自然で温かみや人間味の無いものを想像してしまいます(僕だけ?)が、実際には単に数字を用いて表しますよというだけのことです。

カタカナの外来語として見るより英語で考えた方が分かりやすいかもしれません。デジタルは英語で書くとdigitalでこれはdigit(桁)の形容詞です。つまり「0から9までの数字を用いて表すもの」と言った意味があるのだと思います。ちなみに2進数の場合binary digit、略してbitですね。

数字同士の間、例えば8と9の間には1の隙間があります。この隙間を埋めるために8.5という値を用いたとしましょう。しかし、8と8.5、8.5と9の間にはそれぞれ0.5の隙間が残ります。隙間に8.25や8.125、8.0625、8.03125...といった数字を入れて隙間をより細かくしていくことは出来ますが、数字で量を表現する限りこの隙間が埋まることはありません。何だかロマンがありますね。


余談2: 電子記録媒体はデジタルデバイスか

例えば「0」という情報を表現する時、紙に黒鉛で書かれたものもHDDに磁気的に記録されたものもSSDに電気的に記録されたものも全て同じ意味を持ちます。何となく紙はアナログでHDDやSSDはデジタルと考えてしまいますが、果たしてそうでしょうか?

例えばSSDやRAMであればトランジスタに電圧をかけた時にその先にあるコンデンサーに電荷が蓄えられているか否かで0と1を判別しています。しかし、この「コンデンサに蓄えられている電荷」はアナログ量です。コンデンサの立場で考えると自分が0なのか1なのかなど知ったことではありません。

同じように、紙に鉛筆で書かれた0という文字も、黒鉛の立場で考えると自分が0なのか1なのかなど分かりません。人間がそれを0という情報だと認識しているだけです。

つまりアナログ量を効率よく取り出してデジタル情報として読み替えることが出来るのがHDDやSSDの強みなだけで、本質的には紙に書かれた0という数字を見て0というデジタル情報を読み取ることと、SSDから0という情報を電気的に読み込むことに違いはないのです。


余談3: 考え出すと沼に陥る電子機器

コンデンサに溜まった電荷がアナログ情報なのであれば、ケーブルを通る信号の電圧も実はアナログ情報だと気付きます。スピーカーケーブルやラインケーブルを通る信号がアナログ情報であることは自明の理ですが、例えばUSBケーブルやEthernetケーブル、Thunderboltケーブルといったデジタル情報を扱うケーブルにおいても、中を通る信号の電圧値や周波数はアナログ量です。

ケーブルの中を通る信号を特定の周期で切り取り、その値に応じて「お前は0だ、お前は1だ」と割り振ることでデジタルの情報を取り出しているに過ぎません。

つまり、あらゆるデジタル情報は保存したり伝送するために必ずアナログ量を介さなければならないということです。デジタルは情報が劣化しないとかコピーが容易だと書いてしまいましたが、その性質を担保するためには間違えることなくデジタル情報を伝えることの出来るアナログ量への変換が必須なのです。

そして、大容量のデータ(デジタル情報)を電気的に送るとなるとその伝送のための装置をその分高速で動かさなければなりません。

しかし電子機器を高速で動作させようとすればするほど動作は不安定になっていきます。数MHz程度であればそんなに心配は無いですが数百MHzになるともう波形はぐちゃぐちゃで、GHzになると動いているのが奇跡みたいな気持ちになります。ちょっと熱くなるとすぐ落ちたりしますしね。

だんだん電子機器が信じられなくなってきたのではないでしょうか? ある程度は信じある程度は疑うこと、そして疑う時は根拠を持って疑うことが大事だと思います。根拠なく疑うとオカルトに直結してしまいます。そしてこの辺りは結構物理的に難解な分野なので残念なことにオカルトとの相性がとても良いです。

あとは本文中にも書きましたがデジタル化の過程で抜け落ちた情報や形が変わってしまった情報を人間がどれだけ感知できるかも併せて意識したい重要なポイントです。


余談4: 量子コンピュータの曖昧さも許せそう

量子コンピュータの議論が最近熱いですが、量子コンピュータは古典的な計算機とは根本から動作原理が異なります。

量子コンピュータは究極の並列計算を可能にし、従来の計算機では数億年かかるような計算でもものの数分で解くことが出来ます。しかし、それがどんな分野でも活かせるわけではありません。

まず何が出来ないかというと汎用的な計算が出来ません。

かなり記憶があやふやなのですが、n量子ビットの量子コンピュータは確か一度に2^n回の計算を一度に行うことが出来て、その計算結果を1つ観測すると他の2^n-1個の結果は無かったことになるはずです。なので、計算結果を観測した時にそれが求める答えである確率を上げる処理をしなければなりません。これを量子アルゴリズムと言います。

そして僕が大学生だった頃(2006年あたり)に発見されていた量子アルゴリズムは数個しかなく、最もメジャーなものが素因数分解を速く解くものでした。

素因数分解が速く解けてしまうとインターネットが崩壊するのですがそれはさておき、当時僕は「『多分正解だ』という結果しか得られないのは頼りなさ過ぎるのでは?」と思ったものです。ただ、ここまで書いてきた古典的な計算機の動作が奇跡的なバランスの上でギリギリ動いているという議論を考えると、まあ量子コンピュータもそれくらい曖昧でいいのかもなという気もしています。

オチはありません。余談についてはなんか間違ってるなこれと思ったら消すかもしれません。

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