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楽曲「Hope」が出来るまで

フルオーケストラ同時録音への挑戦

Hopeという楽曲を語る前に、僕自身がこれまでオーケストラレコーディングの経験値を積んできた流れについて説明させて下さい。

初めて生のストリングスをレコーディングしたのが2016年のG5 2016の制作で、ボストンのFraser Performance Studioで6型の弦でのレコーディングでした。僕のことをこの映像で知った方もいらっしゃるかと思います。

生演奏にすることで何がデモよりも素晴らしくなり、何が意図と外れてしまうのかを初めて肌で感じることが出来たのがこの時です。「レコーディングした時に素晴らしい化学変化が起きる楽曲を作れるようになろう」と強く意識したのを覚えています。

その後もTales of AstariaやNo Straight Roads、RE:IGNITE等でボストンやソフィアでオーケストラレコーディングを行ったりロシア等のシェアセッションを覗いたりもしましたが、これらに共通していたのがセクションごとの録音ということでした。

海外録音をいつもコーディネートしてくれているShota Nakamaさんからはホールでの全員の同時録音はセクション録音と全く異なるということを口を酸っぱくして言われていたのでいつか挑戦したいと思っていたのですが、その機会として最適だったのが今回のG.O.D.IVというアルバム制作です。G.O.D.についてはこちらの記事をご覧下さい。

コロナ禍の直撃

G.O.D.IVは当初2020年のリリースを目指して制作を開始しましたが、その計画は新型コロナウィルスによって打ち砕かれることになります。世界中の人々の暮らしを大きく変容させたこのウィルスですが、僕ら自身のモチベーションにも甚大なる打撃をもたらしました。特に昨年の4月あたりは自粛ムードが非常に強く、新しいエンターテインメントを生み出すことに対する世間の後押しも無く気持ちを奮い立たせるのが困難な状況でした。「本当に今G.O.D.IVを作るの?」という気持ちがメンバーの皆にも少なからずあったのではないかと思います。実際全員が100%のモチベーションを持って制作に臨むのは難しく、今作に限りSekuが不参加という形になってしまいました。

また、モチベーション以外にもレコーディング産業が直接的な影響を受けました。レコーディングをするならチェコでと前々から決めており幸いチェコのプロダクションは稼働していたのですが、夏頃にはチェコへの渡航(というより帰国)が難しい状況になっておりリモートでの収録を余儀なくされました。

Hopeというタイトルをつけることから始まった制作

パンデミックと共に世界には差別や憎しみ、嫉妬、悪意が広がっていきました。人種差別のような根深い歴史的な問題もあれば、SNSでの誹謗中傷合戦などテクノロジーがもたらした問題もあり、多くの人々がこの状況に大なり小なり疲れてしまったのではないでしょうか。

この状況を変える力を持ち合わせた人間は残念ながらいないかもしれませんが、この状況と向き合う人間の心に対して音楽は寄り添えるのではないかと考えるようになり「Hope」という曲名が最初に決まりました。

3月くらいから五線譜にアイデアを書き溜めていって、実際に制作を始めたのは6月の頭でした。ギターインストにするべきかボーカルを入れるかでずっと悩んでいたのですが、フルサイズを完成させた時点でやはりギターでは楽曲のメッセージを上手く伝えられないと思いボーカルを乗せることに決めました。

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制作前のスケッチ

ちなみに、その後ギター版はギター版で仕上げました。

コラボレーションが生んだ希望

Shotaさんにデモを聴いてもらった段階ではD♭メジャーで、オペラのソプラノ的な女性ボーカルを意識していたのですが、デモをShotaさんに聴いてもらったところこれはキーを下げてゴスペルの女性ボーカルに歌ってもらった方が楽曲のパワーが伝わるのでは?という旨の提案と共にCourtney Knottという素晴らしいシンガーを紹介してもらいました。彼女のレンジに合わせるために急遽B♭メジャーで編曲し直したのですが、これが大正解でした。管楽器がスウィートスポットにハマったように思います。

完成したデモと一緒にこの楽曲のコンセプトをテキストにしてボーカルのCourtneyに送ってもらったところ、本当に素晴らしい歌詞と歌唱が返ってきてやはり歌を入れたのは正しかったことを実感しました。かなり長い文章を送ったのですが、その中のキーワードを並べておきます。

Hope / Peace / Respect / Thoughtfulness / Embrace

Shotaさんからはポーランド在住のAruto Matsumotoさんというオーケストレーターも紹介してもらい、二人の手によって素晴らしいオーケストレーションを施してもらうことが出来ました。よりダイナミックでストーリーの伝わるフルスコアを見てから自分のデモを聴き直すと、アレンジの段階で退屈で彩りが足りないことが分かりました。

オーケストラのレコーディングについては現地に行けないという問題はあったものの、プロダクションがリモート録音に慣れていたので収録はスムーズに進行しました。

Ren君のPrecious等も同じ日に収録したのですが、大体どの曲も4〜5テイクほど録っていくうちに演奏が急激に完成していったのが印象的でした。奏者同士がお互いの生音を聴いていることと、現場で指揮者が楽曲の解釈を急速に奏者に伝えてくれたおかげです。これが全員同時録音の一体感なのか!と衝撃を受けました。リズム、ピッチ、ダイナミクス、そしてエモーションが1つになった演奏は「これこそが音楽だ」と僕に雄弁に語りかけてきました。

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こうして感動と共に44トラックのオーケストラレコーディングと13トラックのボーカルレコーディングが僕の手元に集まりました。もしコロナ禍でなければより良い録音が出来たことは想像に難くありません。LAにいるCourtneyにはやむを得ず自宅録音してもらったため部屋鳴りが混入していましたし、チェコの現地に行けていればもしかしたら何か違ったフィーリングが得られて別のディレクションをしたかもしれません。しかしそのパフォーマンスには間違いなく魂が宿っていて、この曲で僕が伝えたかった希望はそのパフォーマンスにこそ宿っていました。なので、オーディオ面で完璧でないことはさほど問題では有りません。

ちなみにギターはオーケストラ収録後に全て録音し直したのですが、かなりわかりやすく表現が変わったのが面白かったです。

映像は音楽の力を大幅に増幅する

ボーカルが楽曲のメッセージを引き出してくれたのと同様に、映像が強い力を持っていることは言うまでもありません。オーケストラの収録風景を録画はしてもらいましたが、本来なら現地に行って自分もそこで一緒に映像に写りたかったので、それは心残りです。

ただ、それが出来ない状況で作る映像だからこそコロナ禍と向き合う人間の意地みたいなものが表現出来るのではないかとも思いました。離れていても僕たちは繋がっているし、音楽は分断に屈さないということが絵的に分かるものが作れるのではと。

東京での撮影はすみだトリフォニーホールの小ホールを貸し切って実施しました。この音楽に共鳴してくれる人とチームを組むことが非常に重要だと考え、同じ作曲家であり映像制作のプロでもあるナカシマヤスヒロさんに撮影をお願いしました。結果、撮影に必要な機材を全て当日揃えてくれて楽曲の求める絵を的確に収めてくれただけでなく、それらを的確に編集しグレーディングして仕上げてくれました。

希望とは何か、そしてそれを世界に届けるということ

僕が希望を何に見出したかは動画説明文にある歌詞やブックレットに掲載されているライナーノーツを読んで頂ければと思います。そして、このメッセージは人の耳や心に届くことで初めて意味を成します。

普段アーティストとして楽曲を生み出した時の告知、宣伝は「凄い音楽を作ったから聴いて!」という純粋で無邪気なモチベーションなのですが、この曲についてはきっと世界のどこかにこの曲が救いになる人、この曲を必要としている人がいるからそこに届いて欲しいという気持ちでいっぱいです。

皆さん自身にとって聴いて良かった音楽になっていたらこれ以上嬉しいことはないですし、皆さんの周りに希望を失っている方がもしいらっしゃったらこの曲を届けて頂けたら幸いです。

また、この曲を作る過程で強く感じたのが音楽を作ることによって自分自身が救われているという事実でした。困難な時期であっても心からワクワク出来る、自分を驚かせることが出来る音楽制作を続けていきたいし、そうした音楽制作に挑戦したい人の手助けをしていきたいと改めて思いました。

希望を抱いて。 2021/02/27 青木征洋

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