恋人が死んだ話、聞く?


聞く?


僕はしがないしがない大学生、男、22歳。近所の居酒屋でバイトしてて、ちょっと遠方の大学に通って、なんの大会もないサークルに所属している。

うろうろ、してる。

みんなからは、「たくあん」って呼ばれてる。目が死んでてたくあんみたいな形だからだ。「かまぼこ」ではなく。そんなに黄色い汁出そうかしら。僕の目は。

はぁ。

しがない金ない人望ない僕だったが、恋人だけはいた。金色の猿を道端で見つけ、追っかけた先の路地裏で出会った。夏の浅瀬頃だった。

むせ返る暗闇、目からの情報量なんてたかが知れてきだす、最奥。蝉の声なんて空の中だった。聞こえない。聞こえはしない。始まったばかりの夏は、まだ手探りで、足りない袖が体温を取りこぼした。
僕はやっぱり、こんな路地裏に人なんていないと思ったから、変な顔してただろうし、咄嗟に目線が下を行く。

砂利が歪み合う音がした。

埃っぽい、虚が舞うこの路地裏で、安いサンダルがつま先を向け、

僕の目線は、後悔した。だって僕ら、向かい合ってる!

最最奥で、猿が笑う。…気が、する。悴んでさえいる、この心と体。
こちらを向く生きた人間に、僕はやっと勇気を出した。


出す!


あら!

のちの恋人は、薄暗い道の中心で秋刀魚を焼いていた。

秋刀魚「ジュぅうう…」

青臭い煙、の奥に佇む。恋人(のちの)

それがなんだか、とても、いい焼き加減で。

惚れた。

白いTシャツを汗ばませたのちの恋人は、あのテュルテュルの…シルクみたいだった。質感が、素敵って感じで。あれだ、ふれたら壊れそうとか、言っちゃおう。
僕の小麦色した肌細胞が羨むほどのシルクさに、右手が疼く。右利きだからね。
のちの恋人の長い前髪があんまりにもくすぐったそうで、更に右手は伸びそうになる。さながら、ゴムみたいに。

伸びそうに、なるなる。

なった。

のちの恋人は、ふれさせたくなるような存在感をしていた。

星のない夜空のように、暗く、奥行きを感じるその髪は、短く切り揃えられていて、風になびく。なびく、なびく度に覗く夕煙な瞳、秋を閉じ込めたような瞳、今の夏が場違いのようにさえ感じた。その先に曲線を描く手や足は、やはりシルクっぽくて、高級だった。全体的に、高級で、まさしく品があった。

秋刀魚焼いてるけd

「きっしょ」

パチンっと、手が明日の方向に跳ねる。秋刀魚じゃない。僕の右手が。秋刀魚なんかこの場面では延々と焼かれ続けてるだけだ。秋刀魚のことは忘れろ。

はぁ。

…秋刀魚のフレグランスを纏う、のちの恋人は、僕を拒否った。

せっかく惚れたのに。なんて思ったが最後、蝉の声が一気に蘇って、カァ〜っとなって、なって、なって



のちの恋人を殺してしまった。



金色の猿は、塗料を被ったただの猿だった。


塩が肌をひりつかせる。塩焼きだったらしい。秋刀魚の話ね?




「…まぁ、その後付き合ったわけ」
「はぁ」

そう言って、薄気味が悪いほど、俺と違う仕草をした。

俺は今、鏡の中の自分と話している。

俺は素敵な素敵な大学生、男、22歳。大学付近のコンビニでバイトしてて、電車で1時間の大学に通って、毎年夏に大会があるサークルに所属している。

生きて、いる。

みんなからは、「かまぼこ」って呼ばれてる。瞼が重くてかまぼこみたいな形だからだ。「たくあん」なんかじゃない。鏡の中の俺みたいじゃない。俺の目は。

「はぁ。」

ため息をつく。

最高、最高、最高の俺だ、恋人もいた。とある日、デート中、金色の猿を道端で見つけ、追っかけて行くと路地裏に入ってしまった。秋の浅瀬頃だった。

そのきしょい路地裏には、オンボロな鏡があって、その鏡は、俺をうつした。



途端、隣の恋人の魂が、鏡の中に吸い込まれる。



途端、抜け殻となった恋人の体が、走って、車道に出て。



「…」

沈黙だけが今日だった。

「俺の恋人の魂を返してもらおう」

「嫌だね。僕の恋人はこっちの世界で生きていくらしいもの」

「馬鹿を言うな」

「馬鹿を言うな」

「…!!真似するな!」

「真似するさ!」


「この度は、世にも不思議な鏡の怪異に恋人を取られていただき誠にありがとうございました。またの機会は二度とありませんので割ってどうぞ!」



「亀裂模様をした、オンボロ鏡は、俺の恋人をさらってっいきましたとさ…」

「…」


「俺の恋人が死んだ話、聞いてくれてありがとう」


「これで終わりだよ」




「俺の物語はこれで終わりさ」

































ジュぅうう…



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