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  赤い龍虎 - Short Story - 2ー1

史上初めての二人の座頭(盲人)同士の決闘、ともに居合抜きの達人(らしい)、どんな勝負になるのか、ならないのか ・・・・・・  連載2の1 - 約6700文字・ 

 赤い月が山の上に浮かんでいる。
空も赤みを帯び、流れる雲も赤く染まり、その中を何かが悠々と泳いでいる。
龍のようにも見えるが、泳ぎながら雲とともに流れていく。
すると次には虎のような獣が出てきてやはり泳いでいる。
やがて雲も去り、赤い月だけが照るただの宵の空になった。

空を見上げながら宿場の者はおどろき、囁き合っている。
「何かの兆しだったのかの、悪いことが起きねばええが」
「今晩はこれから三日続く稲荷大明神社の春の例大祭の初日の夜ではあるし、悪い兆しではなかろう」

「そうよな、空が赤うなって龍か虎かが泳いでいたように見えただけで何事もないしの」
「それにしても人が多いの。ここに住んで五十年になるがこれほどの人出は見たことがない」」
「まだ初日じゃ、これから二日、今年はえらい人出になりそうじゃな」

 宿場を貫く街道も袖を摺り合うように人が多い。
頭上には無数の提灯が輝き、それは山手の稲荷大明神社まで続いている。
宿場の出入り口には篝火も立ち、それをまた赤い宵の空が引きたてている。

そんな中、一人の座頭が太い杖を巧みに使いながら人込みの中を歩いてくる。
「ごめんなさいよ、はい、すみません、どうも、目がよく見えませぬ、通してください、はいはい、どちら様もご免なさい」

「おう、按摩さんかい」
「はい、按摩にございます」
「どこまで行くんだい」
「岩壁一家さんのお宅まで」
「ああ、博徒の岩壁一家か」

「はい、今晩から三日はお稲荷様の例大祭で大層な賭場が開くと聞いたものですから」
「そうだな、すでにかなり賑やかのようだ。アンタも博打すんのかい」
「はい」
「目が見えねえのに、騙されやしないかい」
「はは、まるで見えないわけでもなく、まあツボ振りの仕草くらいは何とか見えますので」
「そうか、それならええけどな。もう一丁ばかり真っすぐ行けば右手が岩壁だよ。表に若いのが数人たむろしているから、すぐにわかるはずだ」
「これは御親切にありがとうございます」
「ああええよ、気をつけてな」

 やがて按摩はその岩壁の家の前まで来た。
すぐ横には大きな庭を挟んで廓が建っている。
ヤクザの賭場の隣は廓とは、これ以上の景色はない。
博打の客は岩壁に、遊びの客は廓にと、次々と人が吸い込まれていく。

その岩壁の離れでは、すでに賭場の準備は整っている。
今夜から明後日の晩までは例大祭の人出と合わさって普段以上の客が予想される。
博徒の儲け時だ。
ここで稼がなきゃ、いつ稼ぐ、てなもんだ。

客は次々と入ってくる。
賭場の者には人でも客でもなく、みな銭に見えている。
だが人が多いと必ず起きるのがケンカと刃傷沙汰だ。
これは賭場である以上は避けては通れない。
口喧嘩は暴力になり刃物になり、ときには死人が出ることもある。

代官所は宿場の真ん中にあるが、賭場や廓の騒動には首は突っ込まない。
死人が出ても見に来るだけだ。
なので賭場で騒動が起きれば岩壁一家が内々に処理することになる。
そのときに頼りになるのが用心棒だ。
もっとも用心棒の良し悪しは見ただけでは分からない。

 岩壁一家には用心棒が二人いる。
一人は浪人で目の端から顎にかけて三寸ほどの切り傷があり、名を膳場孫三郎という。
ただ本名かどうかはわからない。

本人に言わせると西国の藩に勤めていたものの、酒の席でついカッとなって朋輩を斬り殺した。
とっさに切腹の二文字が頭をよぎり、そのまんま家を捨てて脱藩し、流れ流れてここまで来たらしい。

ただ見た目は二本差しで侍らしい姿だが、どこかだらしのない姿を見せることが多々あるし、立ち居振る舞いもどこか侍らしき品が無い。
侍ならたとえ崩れようと相応の雰囲気が残るものだが、膳場にはそれが全く感じられない

岩壁の者も陰で言っている。
「膳場は本当に侍か」
「侍にしては締まりもないしの」
永い浪人暮らしのせいだろうとみなも多少は好意的だが、それにしても胡散臭い男である。
だが賭場の用心棒であり、侍のふりした二本差しがいるだけで一応の脅しには使える。

 もう一人の用心棒はこの辺りの者はみな知っている。
与吉と言われている男で目が見えない。
つまり座頭で、本業は按摩だ。
だが盲目なのに用心棒とは、なぜか。
与吉は居合抜きの達人だからだ。
いざというときは仕込み杖を手に持ち、下から斬り上げて一瞬で相手を縦に真っ二つにするというほどの腕らしい。
しかしこれも誰もそれを見たことがない。

与吉は目が完全に見えないわけではなく、わずかにおぼろには見えるという。
走るのは無理だが芋虫のようにゆっくり進むのは何とかいけるらしく、よく酒屋に通っているし、按摩で呼ばれれば一人で出向いていくこともある。
膳場と同じく正体がよくわからない按摩で居合抜きの話しも怪しい。

たとえば過日のこと、旅籠で馬喰たちの騒ぎが起きたことがある。
たまたま膳場が留守で与吉が呼ばれた。
三下の背中に背負われて外に出たものの肝心の仕込み杖を忘れてあわてて戻ったことがあった。
「居合抜きが仕込みを忘れるとはな、ほんまに居合の達人かの」

その旅籠では仕込み杖を持って馬喰たちに立ち向かったものの、柄に手をかけて抜く構えを取ったとき、間違えて旅籠の主人を斬りかけた。
目が中途半端に見えるのが災いして、とっさの場合は少し見当が狂うらしい。

斬られそうになった主人は真っ青になって叫んだ。
「按摩よ、相手は真後ろだ!」
幸い事なきを得たが、こういう間違いをやる。
だがそのときもその場の者がみな感じた。
与吉が柄に手をかけ構えた姿がどうにも、どこかしっくりとこなかったのだ。
へっぴり腰ではないが、さりとて仕込みの達人とは言い難いとみなが思った。

ヤクザたちはあれ以来、陰で囁いている。
「与吉のやつ、本当に居合が出来るのか」
ここに来てすでに半年になるが、幸か不幸か与吉が登場する場面はまだ無い。
それに与吉の本業はあくまでも按摩だ。

岩壁にとっても与吉一人を食わせるくらいは何のこともない。
按摩が本業だから親分や姉さんあるいは代官所の役人にも使える。
用心棒にも按摩にも使えるので親分の釜太郎も与吉の詮索もせず、さほど疑いもせずに逗留させて食わせている。
つまりは用心棒の二人が実に怪しいのだが、それで済むくらいなのだろう。

 賭場の支度も整い、広間にも客が溜まっている。
岩壁一家の親分である釜太郎が賭場の帳場にやってきた。
「じゃこれから開くでの、頼むでみんな。膳場さんも与吉さんもよろしくな」
「ああ」と言いながら二人は奥の部屋で酒を飲んでいる。

客がどっと入ってきた。
賭場の大きさは決まっているのであふれた客は隣の広間で見物したり飲んだりだ。
賭場には一気に熱気があふれた。

中盆役が声をかけて博打が始まった。
ツボ振りが茶碗くらいの大きさの竹細工のツボにサイコロ二つを入れ、シャラシャラシャラとツボを振るとかけ声とともにバッと盆台の上に敷いてある緋色の盆布の上に伏せた。

中盆が座を見回しながら言う。
「さあさあさささ、どっちかどっちよ、丁か半か、賭けておくんなさい」
「丁!半!丁だ、半だ」カチャカチャとコマの木札が置かれていく。
「さあさあもうございませんか、よろしゅうございますかァ 丁半コマそろいました」

サイコロの出目は一と一が出た。
「ピンゾロの丁」
ため息と笑い声が交錯する。
丁半博打だから勝負が早い。
一瞬で小金持ち、一瞬で貧乏人だ。

気の早い客は負けが込んで銭が底をつき、帳場の代貸しと銭の貸し借りの相談を始めた。
見物する客もボルテージが上がる。
若い出方が盆に酒やつまみを載せて歩き回り、玄関では下足番が土間を埋めるような草履や草鞋を整理しながら動き回っている。

客は三々五々だが絶えることはなく、負けて出て行く者もいる。
負ける者が多いのはこの世界のお決まりだ。
まさに一夜乞食である。

 そんなとき、岩壁の裏口に代官所の役人が小者に提灯を持たせてやって来た。
小者を小屋で休ませると、本人は中に入っていった。
代官所の役人、名を前河義兵(以下前河)という。
下っ端だが代官所では一番古い役人だ。

こいつがまた食えない男で、古株だけに陰では今の代官よりも力を持っている。
どこの家中であれ、必ず一人はいるような腐った男だ。
廓ではタダで遊び、賄賂も受け取れば、気に入らぬ相手は罠にかけてでも追い落とす男だ。

以前の代官も不祥事で役目を解かれたが、その不祥事も元はといえばこの前河が謀って指図したものだ。
若く世間にも疎い代官を連日のように廓や料理屋に誘い出し、女をあてがい、代官自身が知らぬうちに賄賂まで受け取ったように細工をしたのだ。

それが公になって代官は罷免され切腹となり、いまの新しい代官がやってきた。
しかしこの新しい代官は前と違って年寄りで鋼のように硬い男だ。
おまけに酒も博奕も嫌いで、融通が利かない。

公儀がなぜこの男を送りこんできたのか、その原因はどうも前河にあるらしいが、前河もそれは感じており、うすうすながら警戒している。
それらも釜太郎たちは当然ながら知っている。

 賭場が一層賑やかになったころ、どこかの小僧に案内されて先ほどの座頭がやって来た。
家の前の若い者に小僧が言った。
「この人、岩壁さんのお客さんです」
「おう、そうか」
若い者のまとめ役のような男が小僧に銭を渡すと小僧は頭を下げて帰っていった。

「お前さん、杖をついているが按摩さんかい。目も不自由な様子だな」
「はい、どうもお世話になります。座頭の庄吉と申します。こちらで賭場を開かれておるそうで、少しばかり遊ばせていただこうかと思いまして」
男は庄吉が手に持つ杖を見ている。
与吉と同じ仕込み杖だとすぐにわかった。

「お客さんなら大歓迎だ。オイッ奥にご案内して」
「へいっ「
庄吉に向かって若い者が言った。
「按摩さん、手を取りやしょう」

「ああ、大丈夫です。まるで見えないわけでもございませんから」
「大丈夫かい、灯りはようけ点いてるけど少し暗いとこもあるからな」
「へい、大丈夫でございます。あたしに明るいところも暗いところもさほど変わりはありませんから」

「そりゃそうだな。まあ酒の回っている者もおるで気をつけてな」
「へい、どうもご親切に」
廊下を進んでいく庄吉の耳に賭場の喧騒が聞えてくる。
庄吉は案内の若い者に言った。
「声が聞こえておりますな」
「ええ、祭りと一緒になって大賑わいです」
「ようけお客さんがおられるようで、ご繁盛ですな。玄関に入ったときから音と声が聞こえ、汗と酒の匂いもしておりました」

「そうかい、玄関で音も匂いもとはな」
「あたしのようなもんは耳と鼻はよう利きますから」
「そうか、按摩さんは博奕好きが多いと言うけど、アンタもか」
「はいい、按摩と博奕で稼がせてもらおうと思いましてな」
「そうかい、両方とも銭になるとええな」
「はいい」

賭場の隣の広間に入った。
若いもんは代貸しに近寄って何か言っている。
「按摩さん、こっちへどうぞ」
庄吉は案内されるままに座布団に座った。
すぐに酒が出てきた。
「ああ、こりゃどうも有難いことで」

代貸しが言った。
「按摩さん、少し待ってくれねえかな、何しろお客さんが多くてな」
「はいはい、よろしゅうございますよ、なんぼでもお待ちしますから」
すると代貸しは言った。

「その杖、邪魔になるで預かっとくがええかな」
仕込み杖であることは知っている。
「ああ、これは離せないもんで、申し訳ねえけど」
「でもよ按摩さん、その杖、手拭いが巻いてあるけど、それ仕込みじゃねえのかい」
「ああ、これですか、はい、仕込みにござんす。一人旅は何かとぶっそうで、これのおかげで助かったことも二度や三度ではございません。あたしの身体の一部のようなものですので申し訳ねえけど」

座の者がみな黙った。
代貸しが言った。
「仕方ねえな、まあいいや、その代わり手拭いをしっかり巻いといてな」
はいい、と言いながら庄吉は仕込みの手拭いを巻き直し始めた。
目が不自由なのに上手に巻いていく。

代貸しが隣で酒を飲んでる与吉に聞こえるように言った。
「おい、与吉よ、お前の仲間がきておいでなすったで」
与吉は庄吉が入ってきたことは知っていたが、仕込み杖を持っていると聞いておどろいてる。
襖の陰から顔だけ出して言った。
「仕込みを持っているとは珍しいことで」

若い者が庄吉に言った。
「按摩さん、こいつは与吉といってアンタと同じ按摩だがな、居合抜きが上手いらしく仕込みを持っておるのよ。いまはうちの用心棒よ」
庄吉はおどろきもせず、応えた。
「与吉さんとやら、庄吉にございます。以後よろしゅう」
与吉も応えた。
「ああ、こっちこそな、よろしくな」

与吉が続けて言った。
「アンタの居合は何流だい。おりゃ天道御影流、下から斬り上げるのが得意だ」
代貸しが言った。
「お前、そんなきっちりした流派のもんだったのかい」
「おれを見くびっちゃいけません。これでも師範格の腕ですから」
みんながおどろいたのも無理はない。

代貸しは与吉にヘエッと感心しながら庄吉に問うた。
「庄吉さんとやら、アンタもどこかの流派の人かい」
「はい、あたしのは神州大富流にございます。山奥の流派でしてさほど有名ではございませんが、胴を横から斬り裂くのがあたしの流派です」

すると与吉が言った。
「試合したらわしの勝ちでしょう」
すると庄吉も言った。
「いいや、こっちの勝ちですわ。今まで負けたことはございません」

代貸しは”こいつら本気か”と思いながら言った。
「試合かい、う~んこれは面白いでぇ 珍しいしな、仕込みを持った座頭二人の対決試合とはな、わしも聞いたことがないで。こりゃ面白いことになるで」
賭場の者も広間の者も一斉に言った。
「そりゃおもしれえ」
「賭けてやらせてみようじゃねえか」
ワ~ッと盛り上がった。

それを見て代貸しも乗った。
「どうや庄吉さんと与吉、明後日は稲荷大明神社の大祭の最後の日だ。人も一番多いし、見物人も見込める。稲荷社のそばに相撲場がある。そこなら大きな空き地がある。そこに縄張りして幔幕を張り、木戸銭取りながら賭けもやって試合をしてみんか。外でも賭けさせれば、うちもみなもあんたらも、ええ儲けになるで」

与吉は言った。
「あっしらも銭がもらえるんですよね」
「当たり前よ、二人にもええ稼ぎになるで。すごい数の見物人になるやろうな」
与吉は庄吉に尋ねた。
「庄吉さんとやら、アンタはどうだい」
庄吉はあっさりと答えた。
「ようございますよ。その話し受けます」

代貸しは喜んだ。
思いもかけぬ銭儲けだ。
「こりゃ親分も喜ぶで、よしっ明後日の昼に座頭同士の試合だ。それも両者とも居合抜き同士の試合だ。こんな試合、二度とは見れんで」
いつの間にか釜太郎が来ていた。
「ああ親分」
「おういま聞いていた。ええで、大々的にやろうじゃねえか、稼げるでこれは」
だがと釜太郎は言った。

「しかし、対決試合はええが真剣ではいくらなんでもまずかろう」
「そりゃそうですな、じゃ木刀でいきますか」
するとあちらこちらで声が上がった。
「木刀では面白くないで、真剣で斬り合ってこそ勝負というものよ」
「そりゃまあ、それが一番ええが」
と言いながら釜太郎も代貸しも与吉と庄吉をそれとなく見た。

庄吉が言った。
「あたしは真剣でようございますよ」
与吉もすぐに賛成した。
「結構ですね、あっしも真剣で構いません」
「どっちか死ぬか大怪我か、無事じゃ済まねえぞ」
与吉も庄吉も言った。
「死ぬも生きるも博奕にござんすよ」

釜太郎は言った。
「よし決まった。稲荷大明神の例大祭の最後の日に、”めくら”の龍虎相討つ居合抜きの試合じゃ、これはいける、いけるで、これは。代官所には有無は言わさん。こりゃ大興行になるで、オイッ手の空いてる者は明日は試合の準備だ」
ワァーと賭場が一気に盛り上がった。

思いもかけぬ賭けがいきなり目の前に現われた。
それも”めしい(盲目)”同士の真剣居合抜きの決闘だ。
一体どんな試合になるのか、誰にもわからない。

「木戸銭ならいま払うぞ」
という声が客の間にすでに拡がり始めていた。
釜太郎も代貸したちももう銭に目が眩み始めている。
もうどっちが勝ってどっちが負けても関係ない。
どっちがケガするか死ぬかも関係ない。
これは宿場始まって以来、最大の儲け事になると思っている。

 翌日は相撲場の空き地は決闘の試合の準備で一気に賑やかになった。
町中にも試合の高札が何本も立った。
相撲場には幔幕が張り渡され、茣蓙席ももうけられ掃除もされ、試合の準備は昼過ぎには済んだ。
そんな中、龍虎に祀り上げられた与吉と庄吉は平然としていた。

2-2(来週)に続く。


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