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ゆらゆら意識

 私に何を求めているのですか。紅葉が色づく頃に、桜がみたいと言われても、困ってしまう。そうでしょ。その上、天然がいいとは、なんと、わがままな。地球の裏側に行けというのですか。そこにここと同じような土地があると思っているとは、もうモウロクし始めたのですか。
 ワタクシ、今、とっても腹ペコなの。そう、それこそひまわりの種でも食べれるくらいに。本当におなかがすいているの。肉、肉。動物のお肉が食べたいわ。ああ、ごめんなさい私のお願いなんてききたくなかったね。
 ねえ、ねえ。私でもかなえられる、そんな願い事をしてちょうだいよ。
わがままだって、そんなひどいこと言って、ごめんなさい。わがままなのは私だったわ。願い事をえり好みなんかして、そんな、わがままな。
 ねえ、ねえ。私きっともうすぐ目が覚めるわ。お別れよ。お願い事、してくれないの。そうじゃなかったら、私、きっと、あなたのこと、すぐに、わすれて、しま、う。

 目が覚めてあなたという人のことはすっかり忘れていた。どんな人だったのか。素敵な人だったような、違うような。自問自答。
けれど、浮かんでこない。脳味噌のどこかに忘れてきてしまったようだった。

カーテンが閉まっていて、まだ部屋は暗い。開ける気力はあるか。問う。 ない。もう一度寝よう。そしてあなたに会おう。あなた、に。
 カーテンが開いたのはどれくらい前のことだったか。
 1か月。いや、半年?いや、1年。私にはカーテンを開ける力すらない。そんな私にあなたの願いをかなえる力なんてあるのか。わたしがあなたの願いをかなえようとするなんて、大それていましたか。
 自分自身に問いかける毎日。蒲団には疑問符ばかりが染み込んで、汗臭い。でも、嗅覚ってだんだん麻痺するみたい。きっと今なら、太陽の匂いの方が臭くって鼻をつまんでしまう。

そういえば、私はいつあなたに会ったんだったか。電波の狭間だったか、その表面だったか。ピリピリと身体がしびれる感覚にとらわれていた数秒のうちか、もっと長くか。

 あなたを作ったのは私なんだろうけど、そもそも、わたしは、なんで、あなたを作ろうと思ったのですか。いや、そんなことはなくてあなたは本当に存在していて、私はあなたの存在を受信している。そうだったらいい。そうだと願いたい。だってその方が素敵、すてき。

部屋の中には私1人。あとは分裂した私と私と私と……トニカクワタシダケガイル。だれも入ってこない、入ってこれない、唯一の世界。唯一にもうひとつが入り込むことなんてあるの。唯一が唯二になるなんてことがあるの。あっていいの。

蒲団の中にひとつの黒い靄が生まれる。どんよりと淀んだ空気のなかで、ひときわ汚い。それが私と添い寝している。わたしはそれが嫌で嫌で、眉をひそめるけれども、蒲団からは出れない。蒲団からはいずり出ても、黒い靄が一緒にいることをやめないことをしっているから。違う。運命で定まっている。それが身体に刻まれている。精神が読み取っている。その黒い靄は将来私と結ばれるのだという事を、しっかりと肌で感じ取る。
 包み込まれる感触に、驚いて思い至る。これはあなただったんじゃないかと。靄なら、バラバラになった私たちを一つにできる。
ああ、私は知らぬ間に、あなたと、あなた、あなたと会っていたしていた。うっかりしていました。許して、ゆるして。

 私に、できることはあるかしら。なんでも言ってちょうだい。私にできることなら、なんでもやるわ。だって、あなたと私の運命は共にある。同じ道歩くのだから。手を繋ぎましょう。手がないなら、私を包んで。空気を締め出してしまうくらいに包んで。私はあなたを呼吸する。あなたを糧にして生きますこれからわたしを生かすのはあなたです。

部屋の中で、黒い靄が大きくなっていった。天井を突き破るんじゃないかってくらいに広がって、分裂して、宙に飛び散った私たちを飲み込む。四方八方から注ぐ視界が、頭の中に流れこんできて、どんどん黒いものが頭を占めていく。しまいに目玉はひっくり返って、ひたすら痙攣する自分自身の肉を見ました。
 混濁する意識の中、あなたの温度を感じる。そっと、腕で抱き込んでみると、ふっくらとした肉の感覚が伝わってきた。少しつねってみると、脳の一部が収縮し、もう一度つねると、また、ピクンと縮こまる。ああ、やっと会えたね。

瞬きをすると視界を帰ってきた。そこに黒い靄はもういなかった。指先を見るとそこにあるのは、キモチワルイ程に白い、ふくよかな腕。つねってみると、ピクンと筋肉が縮こまる。これはなんだ。誰だ。これは、これは。コレハワタシジャナイカ。
 悟る。それじゃだめだ。お願い事なんて言ってくれるわけがない。だって私には希望がない。お願いしたいことなんて、ありません。大それるとか、そんな、そこまでも至らない。問題外です。
 ああ、でも、一つだけ。ひとつだけお願いするとしたら、あなたに、あなたに会いたい。
 会いたい。会いたい、会いたいから、今日はもう寝ます。おやすみなさい、あなた。

【終】

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